まるでシンデレラの姉の様に

華南

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「あ、貴方は……」

自分を支える男性の腕から逃れようとするが、逆に身体を寄せられる。
一瞬、抱きしめられる形に瞳は戸惑いを隠せない。
強く自分を抱きしめる慧に、瞳は力の限り抵抗するが、慧は一向に抱擁を緩めようとはしない。

「は、離して!」

喚き始める瞳の耳元で安堵の息を吐く声が聴こえる。
慧が、自分の事を心から案じている事に瞳は気付く。

「良かった、君が無事で……」

視線が交わる。
心配げに見つめる男性の瞳の優しさに抵抗が薄れていく。
瞳は、ほんのりと頬が赤くなっていく様を感じていた。

(や、嫌だわ、私……。
な、何、頬が熱くなっているの!)

意識して頬が赤く染まっている様を気付かれたくなくて、瞳は言葉を詰まらせながら礼を述べる。

「あ、ありがとうございました。
お蔭様で難を逃れる事が出来ました」

俯く顔が赤く染まっている。
耳まで真っ赤に染めながら礼を述べる瞳に、慧が零れんばかりの笑みを浮かべる。
その笑顔に瞳の心が揺さぶられる。

(ああ、あの写真の笑みにそっくり。
きっと、この男性は……)

自分の勘が正しければ、この男性はあの写真の男性の息子に違いない。
日記に書いていた母の婚約者を奪った女性の息子。

確か名前は。

松室慧……。


(偶然の出会いを彼は装っているけど、きっと私の存在を知っている……。
どうして私に接触してきたんだろう。
何を含んでいるのかしら?

こんな偶然、絶対におかしい……。
でも……)

慧のあの真摯な目が瞳を捕らえて離さない……。

(人の好意を疑ってはいけない。
私を必死になって助け、心配する様はとても演技とは思えない。
あんなに心配げに私を見つめる瞳の熱さを疑っては)

じっと自分を見つめる瞳の視線に慧は気付き、蕩けるような笑みを称える。
世の女性を虜にする慧の微笑みに、瞳の頬がまた熱くなっていく。
頬を真っ赤に染めぶしつけに見つめる瞳の初心な反応に、慧は膨れ上がる欲望を抑える事が出来ない。
このまま抱きしめたいと思う感情をどうにか鎮めようと躍起になっていた。

平静を装っているが己の欲望と必死になって戦っていると柊哉が知れば、どんな言葉が飛び交うか……。

柊哉が自分の瞳に対する執着にうんざりとした感情を持っている事位、最初から気付いている。
あの恋愛感情が欠落している柊哉に純愛の素晴らしさを熱く語った事があるが、何時も返ってくる反応に、何時しか慧は柊哉に対して諦めに近い感情を抱き始めた。

「あの、もう家に帰らなくては……。
家族が心配するので帰ります。
助けて頂いて本当にありがとうございました」

深々とお礼を述べこの場を離れようとする瞳の腕を慧が掴む。
腕を捕らえられた事で先ほどの恐怖が一瞬、体中に駆け巡る。
怯える瞳に慧は優しく諭すように声を掛ける。

「家まで近いの?
あの男以外に、君を待ち伏せしている男がいるかも知れない。
僕が家まで送るよ」

慧の言葉に、瞳の目が見開く。
確かにあの男だけでは無いかも知れない。
また待ち構えられて、乱暴でもされたら……。

「……」

先ほどの男の顔が瞳の脳裏に過ぎる。
厭らしい笑みを浮かべ自分に触れようとした……。
思い出した途端、恐怖が体中に駆け巡る。
がたがた震えだす瞳に慧がそっと肩に触れる。

「大丈夫だから。
僕が側にいるから心配は要らない」

「……、で、でも……」

「……、僕はあの男とは違う。
君に危害を加える事は決してしない。
信じて欲しい」

真摯に見つめる慧に、瞳は自然とこくりと頷いていた。
瞳が自分の言葉を信じてくれた事に慧はほっと溜息を付いた。

***


「……、遅いわね、瞳。
何かあったのかしら?」

時計を見ると既に10時になろうとしていた。

「ただいま……」

不意にかちゃりとドアの開く音がした。

「お帰りなさい、瞳。
遅いから心配……」

「君が彼女のお義姉さん?」

一人帰宅したと思い、玄関に迎え出た美夜は男性と伴って帰宅した瞳に驚きを隠せない。
自分に向ける男の剣呑な視線。
はっきりと自分に対して怒りを感じる……。

「あ、貴方は一体?」

「彼女が今日、どんな目に遭っていたか君は何も知らないで、のんきに家で寛いでいたのか?
最低だな、君と言う女は」

「!」

急に自分を批判する男の言葉に美夜は憤りを感じたが、それ以上に瞳が危険に巻き込まれていた事に心配が隠せない。
瞳に詰め寄って聞こうとするが、慧によって遮られる。
そんな慧に瞳が反論する。

「お姉ちゃんの事、悪く言わないで!
何も知らない癖に、どうしてそんな言葉を言うの!」

「ひ、瞳……」

何時もとは違う瞳の剣幕に美夜は言葉を失ってしまう。
綺麗で可憐で、何一つ口答えをした事の無い瞳が声を荒立てて言葉を投げかけている。
それも自分を庇って。

「ここまで見送って下さって、本当に有難うございました。
助けて頂いて心から感謝しています。
だけど、貴方の姉に対する暴言を私は許すことなど出来ません。
姉に謝罪してください!」

自分の意見をあくまでも押し通そうとする瞳に美夜は唖然としながら見ていた。

それと同時に、瞳がどれだけ自分を実の姉の様に慕っているかを美夜は改めて実感した。
不意に目頭が熱くなった。

美夜に相反して慧は、瞳に反論された事にショックを隠せない。
それも美夜を庇って自分に批判している。
謝罪を求めている。

「瞳……」

呻くように言葉が漏れる。
瞳にとって、自分は美夜よりも劣る存在だと言う事をまざまざと思い知らされた慧は、益々、美夜に対して嫉妬の炎を募らせるのであった……。
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