まるでシンデレラの姉の様に

華南

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慧が帰った後、柊哉は母である園子の部屋へと重い足を運ばせた。
部屋に入るなり、園子が自分に冷ややかな視線を注いでいる事を感じた。

「……、母さんまで俺を非難するのはやめて下さい」

深い溜息を零しながら園子に言う柊哉に園子がくつり、と笑う。

「あら、あれ程、自信満々下に瞳ちゃんのアパートを訪ねて行った貴方が、瞳ちゃんを連れて帰る事が出来なかったなんて……。
口と行動が伴っていないなんて、貴方らしくも無い」

「その言葉、慧からも散々言われました。
それ以上、聞くに堪えられないと言えば母さんは満足ですか?」

「別に満足とは言わないけど。
でも、瞳ちゃんに会えるのを心から待ち望んでいた私たちにとって、落胆すべき事柄と思っているわよね?」

ちくちくと厭味を言う園子が、どこか自分をからかっている節が見受けられる。
渋々、瞳を連れて帰れなかった理由を伝えると、一瞬、園子の顔が強張った事を感じた。

「泣き叫ぶ義理の姉に圧倒され、瞳ちゃんを連れて帰る事が出来なかった訳ね。
さすが、鮮やかと言うか、末恐ろしいわね、彼女。
母親がホステスで相当な性悪だと報告書で知って瞳ちゃんの身が心底案じたわ。
財産を全て奪って離婚したんでしょう?
その女の娘よ。
今後、瞳ちゃんに何を強要するか考えただけでぞっとする。
早めに手を打って瞳ちゃんから引き離しなさい」

母親の言葉に柊哉はうんざりした様子で答える。

「その言葉も散々慧から言われました」

顔を顰めながら言う柊哉に園子が真剣な趣で諭す。

「何、そう露骨に嫌な顔をするの?
貴方にとってたった一人の従兄妹が危険な目に遭おうとしているのよ。
どうしてそう冷静で居られるの」

「……」

「私はね。
比沙ちゃんにも瞳ちゃんにも許されない過ちを犯したの。
もし、私が慧君の母親である久美子を櫂さんに紹介しなかったら、比沙ちゃんは櫂さんとそのまま結婚していた。

……。

比沙ちゃんの櫂さんの気持ちはずっと知っていたわ。
子供の頃からの付き合いだったから。

その比沙ちゃんの恋を潰したのは私の所為。
もし、久美子を引き合わせなかったら比沙ちゃんは家を出る事は無かった。
あんなに早くこの世を去ることなんて無かったの……。
悔やんでも悔やみきれないとはこの事を言うのよ。

だから私は責めて瞳ちゃんには幸せな人生を歩んで欲しいの。
慧君が心から瞳ちゃんを愛し望むのなら、当然手助けもするわ。

だけど、慧君が瞳ちゃんに対して抱いてる感情は本当の意味での愛ではない。
根本にあるのは比沙ちゃんに対する罪悪感。
それを瞳ちゃんを愛する事で償おうとしている。
そんな痛々しい想い、久美子も気付いているから私も辛くって」

「そのようなものですか?
慧の言葉を聞くとそのように感じる事が出来ないのですが」

抑揚の無い声で尋ねる柊哉を園子はきっとねめつける。

「もう、恋愛感情に乏しい貴方に男女間の事を言っても無駄だと何時も思うわ。
本当にあの透哉さんの息子とは思えない。
どうしてこんな男に育ったのかしら」

貴女達の異常なまでの仲の良さにうんざりしてこうなったとは、口が裂けても言えない。
子供の頃から父親が母に対して恥ずかしげも無く囁く愛の言葉が一般的だと幼い頃は思ったが、成長するに連れて周りの家庭の話を聞き、自分の家族が如何に暑苦しいまでのラヴラヴ状態なのか知り、恥かしくなったのが発端だ。
未だに隙あれば園子に口づけする透哉に、いい年した親父が……、と心の中で舌打ちしたのは何時からだろう。

そんな父を見て育った所為で柊哉は恋愛に対して、感情を持てなくなっていた。
父の様に、激しいまで心を奪われる存在に出会っていないのが柊哉の性格をそうさせている事は本人だけが気付いていないだけで、回りは柊哉が運命の相手に出会えば、父親以上に独占欲の塊と化すると信じて疑っていない。

「そろそろお暇をしても構わないでしょうか?
俺も明日は早めの出勤をしないといけないので」

逃げるように話を折る柊哉に園子が仕方ない子ね、と不満げに言葉を吐く。
これ以上何を言っても無駄だと悟った園子は、早めに瞳ちゃんをあの女から奪ってきてね、と念を押し柊哉を解放した。

自身の部屋に戻った柊哉は着替えもせず、そのままベットに突っ伏した。
几帳面な柊哉とは思えない行動だ。

「ああ、理解しがたい人物との会話がどれだけ神経をすり減らすか。
慧にしても、母にしても、そしてあの女にしても、だ」

泣きながら幸福論を語って自分に食って掛かった美夜の泣き顔が、柊哉の脳裏から消え去る事が出来ない。

何故、こんなに痛烈にあの顔を思い出すのだろうか?

あの感情を爆発した美夜の泣き顔が。

「考えても何も浮かばない。
悩むだけ無駄だ」

いつの間にか睡魔が襲う。

今まで、26年間の人生の中で柊哉は服も脱がずそのまま寝入ってしまうと言う経験をした事を、次の朝、柊哉は知ることになる。
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