まるでシンデレラの姉の様に

華南

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柊哉が帰った後、美夜は溢れる涙を必死になって止めようとしていた。
もうそろそろ瞳が帰宅する。
瞳に感づかれてはならない。
あの、優しい瞳に心配をさせてはいけない。

「は、早く食事の準備に取り掛からないと」

座り込んだ身体を起き上がらそうとするが、腰に力が入らない。
柊哉の言葉が美夜の心を深く抉って身体の自由を奪っていた。

柊哉の言っている正論に。

自分の幸福論を熱く語っても現実、それが正しいとは言いがたい。
自分と瞳の絆は強いとは思っている。
互いが心を寄せ合って生きていく。

信じあえる存在など美夜にとっても、当然瞳にとっても自分しかいないと。
そう思っている。

だが、本当にそうなんだろうか?

もしかしたら瞳は自分の事を心の中で憎んでいるのでは。
憎まれて当然だと思う。
逆に何故、瞳の中にその感情が欠落しているのか。
疑わしく思う時も多々、あった。

この5年間の瞳との生活を振り返る。
何時も笑顔を絶やさない可憐な瞳。
愚痴一つ零さない、人の悪口など聞いたことも無い。
義父の実の娘だと思えるほど、よく似た性格で。

(本当に瞳には悩みなど無かったの?
赤の他人である母と私を義父と同じく快く迎えた。
母親と姉が出来て本当に嬉しいと満面な笑顔を見せて。)

瞳から学校の話も聞いたこともないし、友達を家に連れ帰る事も無かった。
ただ一つ、瞳の感情を窺える事が出来るのはピアノを弾いていた時だけ。
この時だけは瞳の感情も口調も饒舌になっていたと思った。

「ただいま~」

元気よくドアを開け、帰宅して来た瞳に美夜は直ぐに表情を正す。
涙の後を隠すように玉ねぎを刻み始める。
赤くなった目を見て一瞬、瞳が訝しげに美夜を見つめる。
感づいた美夜は慌てて瞳に弁解する。

「きょ、今日ね、夕飯、ハンバーグにしようと玉ねぎを刻んでいたら目に沁みて。
ごめんね、心配したんでしょう?」

「……、うん」

「心配する事なんてないのよ……」

「……、お姉ちゃん。
私、今日ね、バイトを見つけてきた。
週に3、4日、バイトする事にしたから。
ちゃんと学校にも許可は貰っているから心配しないで」

「ひ、瞳!」

突然、瞳が言った言葉に美夜は動揺を隠せない。
確かに自分と一緒に暮らすようになったら、最悪バイトも必要になるとは言った。
だが、本当に瞳がすばやく行動に移すとは思っていなかった。

「瞳、あんた……」

美夜が自分の事を心から案じている事を瞳は感じていた。
自分にとって、亡くなった父親と義姉である美夜だけが心から信頼できる存在だった。

瞳はずっと言わなかった。
自分が子供の頃から虐めに遭っている事を。
子供の頃から抜きんでいる瞳の容貌は同姓の嫉妬の対象でしかなかった。
クラスの男子生徒に何時も羨望の眼差しで見つめられていた。
自分の美貌が優れているとは瞳の中にはなかった。

ただ余りにも嫉妬を受け嫌がらせをされる日々が自分が特別、抜きんでいる美貌を持っている事を子供心に知った。
一度、父親にそれとなく言った言葉がどれ程、心配を掛けたのかを知った瞳は自分の事を話すことを控えていった。
自分を育てるために必死になって働く優しくて穏やかな父。
母がいないといって不自由にさせてはいけないと考え、沢山の愛情を注がれ育ててくれた。
そんな父親を悲しませたくない。

大好きな父。
たった一人の家族。

その父が選んだ義母と義姉。
義母に対して瞳は余り良い感情を持つ事が出来なかった。
子供の頃から同姓に受けていた嫌がらせと虐めで、瞳は表情を見ただけで何を思っているのか感じる事が出来ていた。

(お義母さんは私の事をどうでもいい存在だと思っている。
だけど、この女の子は。
お姉ちゃんは違う。
確かに私に対して戸惑っているけど、でも、今まで苛めた女の子達とは違う……)

生活をするにつれ瞳は美夜の事を本当の姉の様に慕うようになった。
努力家で優しくてそして綺麗な美夜。

艶やかな黒い髪、名前の様に夜に輝く星の様に綺麗な目をした。
自分に優しい言葉を掛けてくれる。
大切に思ってくれる。
喩え、それが自分に対して遠慮であっても。

だから父が亡くなった時、自分は母親の実家に行くことを躊躇った。
メモと一緒に手渡された亡くなった母の日記。
何枚かの写真に写された一人の男性。

最後まで母の心を占めていた……。

日記に書かれている内容を読んで受けた衝撃。
母の狂わしい恋情。
誰を最後まで想い、亡くなったかを知った時、瞳は涙を止めることが出来なかった……。

(私の事を本当に愛してくれたのはお父さんと、そしてお姉ちゃんだけ。
だから私の家族はお姉ちゃんだけなの。
一緒にいるために何でも出来る。
生活が苦しくてももうピアノが弾けなくても、でもお姉ちゃんと一緒にいれるのならそれでいい。
だって、私の存在を認めてくれるのはお姉ちゃんだけだもの。
誰一人、私の存在を喜んではいない。

私はお母さんの復讐の為に生まれた存在だから……)

思い浮かぶ言葉に涙が溢れる。
美夜に知られてはいけない。
この優しい義姉に心配を掛けてはいけない。

「私、お姉ちゃんと一緒にいたいから。
お姉ちゃんが私にとってたった一人の家族だから……」

そう、ただ一人の大切な。

そんな瞳に、母の復讐の相手である息子の慧の出会いが待ち構えている事に、今はまだ、気付いていなかった。
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