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夜中、自分を起こす母の声で目覚める。
「どうかしたの?」
目を擦りながら母の顔を見つめる。
その顔が嬉々としているのが、夜目でも解る。
まさか……、と心に過ぎった考えに身震いする。
(お願い。
今、考えた事が現実ではないように)
心の中で祈る言葉に一瞬、自分がどれだけこの家に馴染んでいるのか解った。
最初、自分の存在はただこの家に寄生する。
それだけの筈だった……。
だけどこの4年間の間で私は今まで味わった事の無い「平穏」を知った。
穏やかで優しい義父。
自分の事を本当の姉の様に慕う綺麗で可愛い義妹。
今まで知らなかった幸せ。
マトモな環境。
朝、起きて家族団欒で朝ごはんを食べて、学校に行って。
真面目に勉学に励んで、友達とのたわいの無い会話をし、帰宅したら、母が家に居て、夕ご飯が準備されていて……。
ずっと心の底から望んでいた生活。
平凡で、でも愛しい。
そんな幸せをこの母は潰そうとしている。
「……、まさか、ここから出て行くつもりなの?」
自然と声が低くなる。
普段の私とは思えない言動に母が厭らしく口角を上げる。
ねっとりと笑う独特な表情に、自分の考えが現実なんだと悟った。
「何時までも家族ごっこなんて性に合うわけないでしょう?
この私が。
今まで、何故、あんな冴えない男の妻に納まっていたか、あんたには解るでしょう?」
吐き捨てるように私の耳元で囁く言葉に、私は心の中で舌打ちをしていた。
知りたくも無いと思う。
でも、咄嗟に浮かぶ考えがこの母と同じ血が流れていると訴えている。
どう足掻いても私は所詮、この母と同じ穴のムジナなんだ……。
「……」
「よくこの4年間、私は我慢してきたと我ながら感心するわ。
貞淑な妻を演じるのにどれだけ骨を折ったか、あんたには解るでしょう?
あんただってよくもまあ、優等生な学生を演じて。
登校拒否を繰り返し、根暗で生意気で可愛げのないあんたが今では成績優秀な生徒ですって。
担任にあんたの事を褒められた時、私は腹の中で笑いを堪えるのに必死だった。
私の血を引くあんたが、普通に育つとは。
何時かあんたも本性に目覚めて、男を誑かす様になるのさ。
この私の様に……」
「やめて!」
「ふふん。
否定してもどうにもならないのよ。
さああ、早く着替えて出て行くのよ。
上手い具合にあのお人よしは今日は帰ってこない。
瞳もぐっすり眠っている。
それにもう、私はあの男の妻でもないんだから……」
最後の母の言葉に目を見開く。
唇が震える。
考えたくも無い言葉が唇から出そうになっている。
「……、ま、まさか離婚したの?」
私の言葉に母が目を細める。
「勝手に離婚届を出したのよ。
この家の財産は全て、私の新しい生活の為に頂いたわ。
株を売っぱらって貯金を店を開くための資金に回したの。
最初、あの男と籍を入れる時、婚姻届と一緒に離婚届も書かせたの。
もし、あんたの身に何かあった時、私はあんたの尻拭いはしたくないからやばくなる前に離婚するのが前提だと言ったら書いてくれたわ。
ホント、お人よしにも程がある。
だから会社が傾いていくんだよ、馬鹿が……」
散々義父をコケにする母に、私は一片の愛情も感じない。
どうしてこうも勝手な考えを持って生きることが出来るんだろう。
人のモノをいとも簡単に奪い去り我が物にする。
それが当たり前と言う傲慢な考え。
人として欠落している母に不意に涙が出そうになる。
「さああ、ぐずぐずしないのよ。
ほら、さっさと着替えて出て行くよ。
新しい場所で新しい生活が待っている。
ああ、やっとあの煌びやかな生活に戻るのよ。
今度は私が雇う側。
ふふふ、上手くやるわ。
店の売り上げを伸ばすために、ホステスを見繕って。
あんたにも協力して貰うわよ。
帳簿は任せたから。
金の管理はきっちりして貰うから」
今後の人生が既に決められている。
この母について行ったら、今度は私が食い物にされてしまう。
娘と言っても母の目にはそう映っていない。
利用できるかどうか。
私の存在意義はそれだけ……。
このまま一緒に行くべきなのだろうか?
離婚をしたと言った。
もう自分にはこの家にいる権利など無い。
だけど……。
一瞬、義父のあの穏やかで優しい笑みが浮かんだ。
お人よしだと馬鹿にする母の言葉通り、義父は本当に慈愛に満ちていた。
困っている人に手を差し伸べ、従業員の借金を知れば無担保でお金を貸す。
そんな義父に私は人として大切な事を学んだ。
出来ればずっと側に居たい。
許されるのなら……。
躊躇う私に母が、一瞬くつりと笑う。
「あんた、まさかあのお人よしに情が移ったと言う訳?
平凡な人生をあんたは望むの?
こんな刺激の無い、面白みの無い生活を!」
「……、そんな事を言わないで」
「美夜」
「平凡で何が悪いの?
お人よしで何が悪いの!
この生活が何処が悪いって言うの!」
「美夜?」
「私は行かない!
このままずっとこの家にいる。
お母さんが離婚したって、私はついて行かない。
お義父さんもきっと許してくれる。
私がこの家に留まる事を。
あの人はそんな人だから……」
「……、あのお人よしに惚れてるって訳?
ああ、あんたも一人前の女だね。
一端の口で言ってもあんたは女の顔をして私に言ってる。
ははん、私がこの家を出て行く事を心から喜んでいるんだろう?
あの男を私から奪える事が出来るんだからさっ!」
母の言っている言葉に言葉が出ない。
ああ、なんて低俗なんだろう……。
娘に対してそんな言葉がよくも出る。
つと涙が出た。
どうしてこんな人を後妻に迎えたの?
どうしてこんな女の娘を実の娘の様に愛情を注いでくれるの?
「ああ、そうかい。
残って苦労を味わえばいいさ……。
この先、この家にあるのは何千万と言う借金だけ。
財産なんて何もありゃしない。
それでもあんたは残るんだね」
「……」
「馬鹿な美夜。
ホント、もっと賢いと思ったら馬鹿な娘……」
げらげらと笑いながら部屋を出て行く。
ぱたんと閉まるドアの音。
これが母との最後になると思っていた。
数年後、再会するまでは。
この先、母が言う様にこの家に不幸が襲ってくる。
だけど、どうしてだろう…。
それでも母についていかなかった自分を愚かとは思わない。
何か、大切なものを守ったとこの時そう思った。
この先、哀しい別れがやってくる……。
そう遠くない無い未来に。
あの穏やかで優しい義父との別れが近づいている事を今の私は知る由も無かった。
「どうかしたの?」
目を擦りながら母の顔を見つめる。
その顔が嬉々としているのが、夜目でも解る。
まさか……、と心に過ぎった考えに身震いする。
(お願い。
今、考えた事が現実ではないように)
心の中で祈る言葉に一瞬、自分がどれだけこの家に馴染んでいるのか解った。
最初、自分の存在はただこの家に寄生する。
それだけの筈だった……。
だけどこの4年間の間で私は今まで味わった事の無い「平穏」を知った。
穏やかで優しい義父。
自分の事を本当の姉の様に慕う綺麗で可愛い義妹。
今まで知らなかった幸せ。
マトモな環境。
朝、起きて家族団欒で朝ごはんを食べて、学校に行って。
真面目に勉学に励んで、友達とのたわいの無い会話をし、帰宅したら、母が家に居て、夕ご飯が準備されていて……。
ずっと心の底から望んでいた生活。
平凡で、でも愛しい。
そんな幸せをこの母は潰そうとしている。
「……、まさか、ここから出て行くつもりなの?」
自然と声が低くなる。
普段の私とは思えない言動に母が厭らしく口角を上げる。
ねっとりと笑う独特な表情に、自分の考えが現実なんだと悟った。
「何時までも家族ごっこなんて性に合うわけないでしょう?
この私が。
今まで、何故、あんな冴えない男の妻に納まっていたか、あんたには解るでしょう?」
吐き捨てるように私の耳元で囁く言葉に、私は心の中で舌打ちをしていた。
知りたくも無いと思う。
でも、咄嗟に浮かぶ考えがこの母と同じ血が流れていると訴えている。
どう足掻いても私は所詮、この母と同じ穴のムジナなんだ……。
「……」
「よくこの4年間、私は我慢してきたと我ながら感心するわ。
貞淑な妻を演じるのにどれだけ骨を折ったか、あんたには解るでしょう?
あんただってよくもまあ、優等生な学生を演じて。
登校拒否を繰り返し、根暗で生意気で可愛げのないあんたが今では成績優秀な生徒ですって。
担任にあんたの事を褒められた時、私は腹の中で笑いを堪えるのに必死だった。
私の血を引くあんたが、普通に育つとは。
何時かあんたも本性に目覚めて、男を誑かす様になるのさ。
この私の様に……」
「やめて!」
「ふふん。
否定してもどうにもならないのよ。
さああ、早く着替えて出て行くのよ。
上手い具合にあのお人よしは今日は帰ってこない。
瞳もぐっすり眠っている。
それにもう、私はあの男の妻でもないんだから……」
最後の母の言葉に目を見開く。
唇が震える。
考えたくも無い言葉が唇から出そうになっている。
「……、ま、まさか離婚したの?」
私の言葉に母が目を細める。
「勝手に離婚届を出したのよ。
この家の財産は全て、私の新しい生活の為に頂いたわ。
株を売っぱらって貯金を店を開くための資金に回したの。
最初、あの男と籍を入れる時、婚姻届と一緒に離婚届も書かせたの。
もし、あんたの身に何かあった時、私はあんたの尻拭いはしたくないからやばくなる前に離婚するのが前提だと言ったら書いてくれたわ。
ホント、お人よしにも程がある。
だから会社が傾いていくんだよ、馬鹿が……」
散々義父をコケにする母に、私は一片の愛情も感じない。
どうしてこうも勝手な考えを持って生きることが出来るんだろう。
人のモノをいとも簡単に奪い去り我が物にする。
それが当たり前と言う傲慢な考え。
人として欠落している母に不意に涙が出そうになる。
「さああ、ぐずぐずしないのよ。
ほら、さっさと着替えて出て行くよ。
新しい場所で新しい生活が待っている。
ああ、やっとあの煌びやかな生活に戻るのよ。
今度は私が雇う側。
ふふふ、上手くやるわ。
店の売り上げを伸ばすために、ホステスを見繕って。
あんたにも協力して貰うわよ。
帳簿は任せたから。
金の管理はきっちりして貰うから」
今後の人生が既に決められている。
この母について行ったら、今度は私が食い物にされてしまう。
娘と言っても母の目にはそう映っていない。
利用できるかどうか。
私の存在意義はそれだけ……。
このまま一緒に行くべきなのだろうか?
離婚をしたと言った。
もう自分にはこの家にいる権利など無い。
だけど……。
一瞬、義父のあの穏やかで優しい笑みが浮かんだ。
お人よしだと馬鹿にする母の言葉通り、義父は本当に慈愛に満ちていた。
困っている人に手を差し伸べ、従業員の借金を知れば無担保でお金を貸す。
そんな義父に私は人として大切な事を学んだ。
出来ればずっと側に居たい。
許されるのなら……。
躊躇う私に母が、一瞬くつりと笑う。
「あんた、まさかあのお人よしに情が移ったと言う訳?
平凡な人生をあんたは望むの?
こんな刺激の無い、面白みの無い生活を!」
「……、そんな事を言わないで」
「美夜」
「平凡で何が悪いの?
お人よしで何が悪いの!
この生活が何処が悪いって言うの!」
「美夜?」
「私は行かない!
このままずっとこの家にいる。
お母さんが離婚したって、私はついて行かない。
お義父さんもきっと許してくれる。
私がこの家に留まる事を。
あの人はそんな人だから……」
「……、あのお人よしに惚れてるって訳?
ああ、あんたも一人前の女だね。
一端の口で言ってもあんたは女の顔をして私に言ってる。
ははん、私がこの家を出て行く事を心から喜んでいるんだろう?
あの男を私から奪える事が出来るんだからさっ!」
母の言っている言葉に言葉が出ない。
ああ、なんて低俗なんだろう……。
娘に対してそんな言葉がよくも出る。
つと涙が出た。
どうしてこんな人を後妻に迎えたの?
どうしてこんな女の娘を実の娘の様に愛情を注いでくれるの?
「ああ、そうかい。
残って苦労を味わえばいいさ……。
この先、この家にあるのは何千万と言う借金だけ。
財産なんて何もありゃしない。
それでもあんたは残るんだね」
「……」
「馬鹿な美夜。
ホント、もっと賢いと思ったら馬鹿な娘……」
げらげらと笑いながら部屋を出て行く。
ぱたんと閉まるドアの音。
これが母との最後になると思っていた。
数年後、再会するまでは。
この先、母が言う様にこの家に不幸が襲ってくる。
だけど、どうしてだろう…。
それでも母についていかなかった自分を愚かとは思わない。
何か、大切なものを守ったとこの時そう思った。
この先、哀しい別れがやってくる……。
そう遠くない無い未来に。
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