断罪の果てに

華南

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7話

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***

(何時の間にか眠っていたのね……)

薄暗い部屋にカーテンの隙間から差し込む淡い光にアリシアはすうと目を細める。
自然と息を吐く。
静寂な空間。

誰もアリシアの事に関心を示す者等、いない。
今、仮に体調を崩し熱が出ていてもアリシアの事を心配する人など、誰一人、存在しない。

一人、ポツンといるだけ。
父親が再婚してからアリシアは家族の一員として存在しない。
へスペロス家の長女としてのアリシアは存在する。
だけどアリシアは父に認められた娘では無い。
嫌悪する女の胎から産まれた卑しい娘。
アリシアに一片の愛情すら持ち得ない。
父親にとってアリシアは政治的な駒でしか無い。

ふと、とアリシアは思う。

アリシアもイグニスと同じ。
イグニスと同じく孤独だ、と。

(ふふふ、似た者同士と言うのかしら、私とイグニスは。
いいえ、違う……)

決定的な違いが、ある。
イグニスには愛する存在がいた。
無償の愛を与えイグニスを愛しんだ母親が。
アリシアには決して手に入れる事が出来なかった母親の愛情をイグニスは注がれていた。
イグニスには母親に愛された記憶が存在している。
愛する者を喪った哀しみを知っている。

アリシアには、そんな感情すら、無い。
イグニスの純粋な感情にアリシアはほんの少し、心が揺れた。
自分には持ち得ない感情。
母親が自らの命を絶った時、アリシアは歪んだ執着に哀れを覚えた。

何かを強く望むと、母の様に哀れな最後を迎える。
だからイグニスとの関係にも何も望まなかった。

愛する意味を知らない女が、イグニスの愛を得る事など決して出来ないと、耳元で囁く己が存在して。
だから理不尽な最後に混乱と絶望と怒りを抱いた。
愛しても無い女に執着して離そうとしないイグニスの蛮行に、アリシアの精神は追い詰められた。

何故、何故、何故と頭の中で反芻される言葉。
狂乱して抵抗してイグニスから逃れようとしても、組み敷くイグニスの力は強固で。
女のアリシアの抵抗など物ともしないイグニスの圧倒的な力にアリシアは初めて、恐怖を感じた。

マルティナに注がれる視線とは違う。
初めて注がれた男の劣情。
アリシアの純潔を呆気なく奪った。

「い、いやっ!
思い出したくも無い!
悍ましい……」

ガクガクと身体に震えが走る。
あれは過去の遺物。
過去の幻影。
今の人生に必要の無い……。

「絶対に逃れてやる。
イグニスとの運命に絡まれ自らを破滅に導く事なんて、そんな愚かな人生など歩まない」

なのに、ずきり、と胸に痛みが走る。
何かが己に訴えていると、大切な何かを忘れて去っていると。
アリシアは無意識に呟いていた。

***

「……、一体、あの女は何だ!
俺は何を呟いていた……」

初めて会ったアリシアにイグニスは違和感を感じていた。
9歳の女の小賢しい淑女の礼に、イグニスは冷めた目でアリシアを見ていた。
へスペロス家の長女は母親の身分が低いにも関わらず、イグニスの婚約者として定められた事にイグニスは自虐的な笑みを浮かべていた。
噂では金にモノを言わせてアリシアの母親はへスペロス家の正妻に収まったと知り、イグニスはアリシアに嫌悪感しか抱く事が出来なかった。
欲に塗れた女の胎から産まれた卑しい娘。
イグニスを蔑すみ公爵はアリシアを婚約者として据えたのか。

(馬鹿にするにも程がある……)

所詮、イグニスにはそれだけの価値しか無いと、公爵は判断したのか。
互いの母親の身分が同列であると思いアリシアをイグニスの婚約者に据えたのかとイグニスはクッと口角を上げた。
どんな女が婚約者であってもイグニスの感情に愛など芽生える筈が無い。
母親であるルシアを喪ってイグニスの心は凍てついてしまった。
決して揺さぶられる事など無い。

なのにアリシアの無意識の涙に、イグニスの心に何かが宿った。
アリシアに近づき、そっと頬に触れて涙を拭っていた。
そして何かを呟いていた。

譫語の様に。

(俺は……)

大きくかぶりを振る。
普段のイグニスとは思えない仕草だ。

(アリシア・へスペロス)

9歳とは思えない静けさを称えた瞳にイグニスの感情が一瞬、揺れた。
その感情を己は知っている。
そう思った途端、強い痛みが胸に宿る。

(な、何だ、この胸の痛みは!
俺は一体……)

キリキリと胸の奥が熱を孕んでいる。
何かを忘れている。

俺は大切な何かを忘れている、とイグニスはそう、囁いていた……。
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