6 / 8
6話
しおりを挟む
(いっそのこと、ヘレナとイグニスの仲を取り持つ事をしたら、どうなのかしら?)
ふと、脳裏に浮かぶ。
眩いばかりの金髪に碧玉の瞳を持つヘレナ。
お父様が慈しむだけあって、可憐で美しくて愛らしい……。
鈴を転がした様な声に、庇護欲を唆る肢体を持つ可愛いヘレナ。
全てに恵まれた、私の異母妹……。
私とは真逆の、美しいヘレナ。
(ヘレナ……)
父にとって亡き母との婚姻は自らが望んだものでは無かった。
政略結婚に最初から愛情等存在しない事が常だと言え、父は母を殊の外、毛嫌いしていた。
当時、父には将来を決めた女性がいた。
その女性こそが伯爵家の令嬢で父と幼馴染であったヘレナの母親である。
相思相愛であった2人の未来に影を差したのが母の存在であった。
父は強引にヘレナの母親との仲を引き裂かれ、母と婚姻を結んだ。
母が父を望んだでの婚約であった。
父の姿を見て、母は一目で心を奪われ父に執心した。
母の、一方的な想い、だった……。
へスペロス家は格式高く古い家柄であったが、領地の経営状況は下降の一途を辿っており、財産は既に底を着いていた。
今にでも破綻寸前のへスペロス家に救いの手を差し伸べたのが、亡き母の実家であった。
商人上がりの男爵家の娘であった母が父の美貌に心を奪われ祖父に願ったのが事の発端であった。
公爵家に男爵家の、況してや身分差が余りにも違う母が、公爵家に嫁ぐ事など皆無に等しかった。
母がへスペロス家に嫁ぐ事が出来たのは全て、前当主であった祖父の手腕によるものだった。
祖父がへスペロス家に巧妙な罠を仕掛け、へスペロス家を窮地に追い込み救済の代償として母との婚姻を要求した。
母と同じく、祖父もまた、へスペロス家との繋がりを欲していた。
へスペロス家と縁戚関係を結ぶ事で事業に有益となる。
祖父にとって娘の婚姻も家の繁栄の為の道具としか思っていなかった。
(……そう考えてみると、私も母と同じ道を歩んでいるのね。
想いは違えど)
母は父に愛される事は無かった。
結婚後も父はヘレナの母との逢瀬を重ねていた。
愛されない妻の烙印を押されても、社交界で金で買った妻に座だと嘲笑う貴婦人達に囁かれても、母は父に執着した。
「貴方を愛しているの、心から……」
涙を浮かべ父に縋り訴えても、父には母の想いは届かなかった。
幼い頃、ドアの隙間から見た母の形相。
報われない愛に溺れ、泣き叫びながら父に愛を請う母。
哀しい女の惨めな姿。
最後には自ら命を絶った。
父が愛しているのはヘレナの母親とヘレナだけ……。
ヘレナの存在に気付いた母の絶望。
父と義母とヘレナの仲睦まじい姿に、母の心は壊れてしまった。
「愚かなお母様……。
愛に溺れて何も見えてなかった。
お父様に愛されると信じて疑っていなかった」
だから私はお母様と同じ轍は踏みたく無かった。
イグニスとの婚約が決まった時も淡々と受け入れた。
愛を信じようとは思わない。
母と同じく愛に溺れる事は無い。
イグニスがマルティナに心を奪われた時、何処か安堵する己が存在した。
ああ、私はこれで柵から逃れる事が出来る、と。
愛される事を望み、期待する心から解放されると。
愛に溺れ愚かになる事も、無い。
心の中で、そう、思った……。
ふと、脳裏に浮かぶ。
眩いばかりの金髪に碧玉の瞳を持つヘレナ。
お父様が慈しむだけあって、可憐で美しくて愛らしい……。
鈴を転がした様な声に、庇護欲を唆る肢体を持つ可愛いヘレナ。
全てに恵まれた、私の異母妹……。
私とは真逆の、美しいヘレナ。
(ヘレナ……)
父にとって亡き母との婚姻は自らが望んだものでは無かった。
政略結婚に最初から愛情等存在しない事が常だと言え、父は母を殊の外、毛嫌いしていた。
当時、父には将来を決めた女性がいた。
その女性こそが伯爵家の令嬢で父と幼馴染であったヘレナの母親である。
相思相愛であった2人の未来に影を差したのが母の存在であった。
父は強引にヘレナの母親との仲を引き裂かれ、母と婚姻を結んだ。
母が父を望んだでの婚約であった。
父の姿を見て、母は一目で心を奪われ父に執心した。
母の、一方的な想い、だった……。
へスペロス家は格式高く古い家柄であったが、領地の経営状況は下降の一途を辿っており、財産は既に底を着いていた。
今にでも破綻寸前のへスペロス家に救いの手を差し伸べたのが、亡き母の実家であった。
商人上がりの男爵家の娘であった母が父の美貌に心を奪われ祖父に願ったのが事の発端であった。
公爵家に男爵家の、況してや身分差が余りにも違う母が、公爵家に嫁ぐ事など皆無に等しかった。
母がへスペロス家に嫁ぐ事が出来たのは全て、前当主であった祖父の手腕によるものだった。
祖父がへスペロス家に巧妙な罠を仕掛け、へスペロス家を窮地に追い込み救済の代償として母との婚姻を要求した。
母と同じく、祖父もまた、へスペロス家との繋がりを欲していた。
へスペロス家と縁戚関係を結ぶ事で事業に有益となる。
祖父にとって娘の婚姻も家の繁栄の為の道具としか思っていなかった。
(……そう考えてみると、私も母と同じ道を歩んでいるのね。
想いは違えど)
母は父に愛される事は無かった。
結婚後も父はヘレナの母との逢瀬を重ねていた。
愛されない妻の烙印を押されても、社交界で金で買った妻に座だと嘲笑う貴婦人達に囁かれても、母は父に執着した。
「貴方を愛しているの、心から……」
涙を浮かべ父に縋り訴えても、父には母の想いは届かなかった。
幼い頃、ドアの隙間から見た母の形相。
報われない愛に溺れ、泣き叫びながら父に愛を請う母。
哀しい女の惨めな姿。
最後には自ら命を絶った。
父が愛しているのはヘレナの母親とヘレナだけ……。
ヘレナの存在に気付いた母の絶望。
父と義母とヘレナの仲睦まじい姿に、母の心は壊れてしまった。
「愚かなお母様……。
愛に溺れて何も見えてなかった。
お父様に愛されると信じて疑っていなかった」
だから私はお母様と同じ轍は踏みたく無かった。
イグニスとの婚約が決まった時も淡々と受け入れた。
愛を信じようとは思わない。
母と同じく愛に溺れる事は無い。
イグニスがマルティナに心を奪われた時、何処か安堵する己が存在した。
ああ、私はこれで柵から逃れる事が出来る、と。
愛される事を望み、期待する心から解放されると。
愛に溺れ愚かになる事も、無い。
心の中で、そう、思った……。
1
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説

人生の全てを捨てた王太子妃
八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。
傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。
だけど本当は・・・
受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。
※※※幸せな話とは言い難いです※※※
タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。
※本編六話+番外編六話の全十二話。
※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。
悪役令嬢の大きな勘違い
神々廻
恋愛
この手紙を読んでらっしゃるという事は私は処刑されたと言う事でしょう。
もし......処刑されて居ないのなら、今はまだ見ないで下さいまし
封筒にそう書かれていた手紙は先日、処刑された悪女が書いたものだった。
お気に入り、感想お願いします!

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います
菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。
その隣には見知らぬ女性が立っていた。
二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。
両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。
メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。
数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。
彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。
※ハッピーエンド&純愛
他サイトでも掲載しております。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。
アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。
いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。
だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・
「いつわたしが婚約破棄すると言った?」
私に飽きたんじゃなかったんですか!?
……………………………
たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる