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2話
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ゆっくりと時計の針が逆回りし始める。
運命の時計がゆっくりと、ゆっくりと。
身体が軋んで節々に痛みが走る。
思考が朦朧となっていき身体に異変が生じる。
(ああ、またあの感覚と同じ。
逆行が始まり体内の時間が巻き戻っていく。
くるくると時計の針が逆回りして……)
そこから思考がぷつり、と切れる。
羊水に包まれた胎児の様に時の狭間に思考が沈んでいく。
ふわり、と身体が浮いている。
浮遊する異空間で私の身体はまた9歳の少女に戻っていく。
ああ、また、同じ運命を繰り返すのだろうか。
それとも新たな運命を切り開いて、最後の逆行として終止符を打つのだろうか……。
***
意識がはっきりと覚醒した時、私は自室のベッドで横たわっていた。
うっすらと部屋に光が差込んでいる。
カーテンの隙間から漏れる光に夜が明けた事に気付く。
ゆっくりと起き上がり鏡に映る姿を見て確信する。
また、9歳の頃に戻っている、と。
そして変わらず、私は、アリシア・へスペロス公爵令嬢として生を受けていると。
(今回は絶対に失敗しない。
絶対に生き抜いて見せる……)
そう、あんな惨めで惨たらしい最後を迎えるなんて真っ平御免である。
愛されてもない男に嬲られ穢され、最後には発狂して自ら命を断つなんて不条理にも程がある。
イグニスと関わらない運命をどうにか切り開かないと。
どうすればイグニスと関わらない人生を歩む事が出来る?
(イグニスの身の安全が確保されたら私との婚約なんて最初から必要の無い事。
事の発端はイグニスの母親の身分が低くてイグニスの立場が危うい事が要因だった筈。
公爵家であるへスペロス家の擁護があればイグニスの足場が強固となり身の危険を回避する事が出来ると踏んだ国王が婚約を決定した事)
そう、国王が唯一愛した女性が産んだ王子がイグニスだったのが全ての始まり。
第3王子であるイグニスは国王の寵愛を受けていた女性が産んだ王子だった。
身分の低い子爵令嬢であったイグニスの母親は元は王妃付きの侍女であった。
可憐で心優しい性質のイグニスの母親は王妃の側にて仕えていたが国王の目に止まり強引に国王の愛妾に迎えられた。
当時、第2王子を孕っていた王妃は出産を間近に控えており実家の公爵家にて里帰りをしていた。
イグニスの母親も王妃に付き添い公爵家へと向かおうとした馬車が一向に公爵領へと行く気配を感じなかった。
行く先に気付いた時には既に遅く、離宮の一室へと無理矢理連れられていた。
そこで待っていた国王に身体を求められ結ばれた。
そして王妃が第2王子を出産した一年後にイグニスはこの世に生を受けた。
早産であったイグニスは当時、病気がちで命の灯火が今にも消えそうな儚さを醸し出していた。
未熟児であった為に成人が難しいと医師に宣言されていたイグニスを母親であるルシアは無償の愛でイグニスを育んだ。ルシアの献身的な愛情の元にイグニスはすくすくと育ち成長していった。
3人の王子の中で一番、優れた才能に恵まれたイグニスは王妃とその一族にいつしか命の危機を晒される様になった。
ルシアとイグニスの命を危惧した国王は王妃一族と対立するへスペロス公爵家にて目を付けた。
ヘスへロス家を取り込めばイグニスと母親の身辺を守る事が出来る、そして王妃一族を失脚させ母親を王妃に、イグニスを王太子へと据える事が出来る。
国王の目論見とは裏腹にルシアはイグニスと2人でひっそりと生きる事を望んでいたが、望みが叶う事が難しい事も充分に理解していた。
イグニスの類稀な才能を母親としてこのまま埋没させるのは、果たして正しい事であるのか判断がつかなかった。
最も当時のイグニスは王室での派閥争いの道具として扱われる人性など決して望んでいなかった。
母であるルシアと共に王宮から離れた土地でひっそりと暮らしたい。
母親と心穏やかに、平凡な人生を歩む事が出来れば、それで幸せだと。
そう、それが幼いイグニスの望みだった……。
だがイグニスの儚い願いは叶われ事はなかった。
ある日、幼いイグニスとルシアは王妃一派の襲撃に遭い命の危険に晒された。
母親がイグニスの身を挺して守りイグニスは無傷で済んだがルシアは重症を負いその場にて倒れてしまった。
何日も昏睡状態が続き、目を覚ます気配を感じないルシアの側でイグニスは献身的に看病をした。
「母様、母様……」
(どうして母様の命が奪われてなければならない!
僕と母様の願いは王室から離れた土地でひっそりと生きる事。
僕は決して王太子になる事なんて望んでいない……)
どうか、母様の命を奪わないで。
母様の命が助かるのなら僕は……。
どんな運命でも受け入れる……。
イグニスの願いは叶わず、数日後、ルシアはこの世を去った。
イグニスの心に絶望と虚無が押し寄せる。
この世に神なんて存在しない……。
どうして僕は生きているんだろう……。
僕はこれから何を思い生きて行かなければ、ならない。
ああ、何故、母様は死んでしまったんだ……。
どうして母様が犠牲にならないといけない。
どうして母様が無惨な最後を迎えないといけない。
全ては王妃とその一族の、そして父親である国王の身勝手な感情が引き起こした事が全ての発端ではないか……。
イグニスの瞳に仄昏い光が宿る。
拳を強く握り締め復讐の炎が全身に駆け巡り、そして。
(決して許すものか……。
母様の命を奪った王妃も、そしてその一族も、父親で国王もこの世から抹殺してやる。
俺の、この手で……)
ああ、その為なら悪魔との契約だって、受け入れる。
そう。
この世に神なんて決して存在しないのだから……。
復讐に生きる人生を選択したイグニスは、その後、へスペロス家の令嬢であるアリシアとの婚約が成立する。
全てはここから動き出す。
へスペロス家の庭園でイグニスとアリシアは出会い、2人は数奇な運命を辿る事になる……。
運命の時計がゆっくりと、ゆっくりと。
身体が軋んで節々に痛みが走る。
思考が朦朧となっていき身体に異変が生じる。
(ああ、またあの感覚と同じ。
逆行が始まり体内の時間が巻き戻っていく。
くるくると時計の針が逆回りして……)
そこから思考がぷつり、と切れる。
羊水に包まれた胎児の様に時の狭間に思考が沈んでいく。
ふわり、と身体が浮いている。
浮遊する異空間で私の身体はまた9歳の少女に戻っていく。
ああ、また、同じ運命を繰り返すのだろうか。
それとも新たな運命を切り開いて、最後の逆行として終止符を打つのだろうか……。
***
意識がはっきりと覚醒した時、私は自室のベッドで横たわっていた。
うっすらと部屋に光が差込んでいる。
カーテンの隙間から漏れる光に夜が明けた事に気付く。
ゆっくりと起き上がり鏡に映る姿を見て確信する。
また、9歳の頃に戻っている、と。
そして変わらず、私は、アリシア・へスペロス公爵令嬢として生を受けていると。
(今回は絶対に失敗しない。
絶対に生き抜いて見せる……)
そう、あんな惨めで惨たらしい最後を迎えるなんて真っ平御免である。
愛されてもない男に嬲られ穢され、最後には発狂して自ら命を断つなんて不条理にも程がある。
イグニスと関わらない運命をどうにか切り開かないと。
どうすればイグニスと関わらない人生を歩む事が出来る?
(イグニスの身の安全が確保されたら私との婚約なんて最初から必要の無い事。
事の発端はイグニスの母親の身分が低くてイグニスの立場が危うい事が要因だった筈。
公爵家であるへスペロス家の擁護があればイグニスの足場が強固となり身の危険を回避する事が出来ると踏んだ国王が婚約を決定した事)
そう、国王が唯一愛した女性が産んだ王子がイグニスだったのが全ての始まり。
第3王子であるイグニスは国王の寵愛を受けていた女性が産んだ王子だった。
身分の低い子爵令嬢であったイグニスの母親は元は王妃付きの侍女であった。
可憐で心優しい性質のイグニスの母親は王妃の側にて仕えていたが国王の目に止まり強引に国王の愛妾に迎えられた。
当時、第2王子を孕っていた王妃は出産を間近に控えており実家の公爵家にて里帰りをしていた。
イグニスの母親も王妃に付き添い公爵家へと向かおうとした馬車が一向に公爵領へと行く気配を感じなかった。
行く先に気付いた時には既に遅く、離宮の一室へと無理矢理連れられていた。
そこで待っていた国王に身体を求められ結ばれた。
そして王妃が第2王子を出産した一年後にイグニスはこの世に生を受けた。
早産であったイグニスは当時、病気がちで命の灯火が今にも消えそうな儚さを醸し出していた。
未熟児であった為に成人が難しいと医師に宣言されていたイグニスを母親であるルシアは無償の愛でイグニスを育んだ。ルシアの献身的な愛情の元にイグニスはすくすくと育ち成長していった。
3人の王子の中で一番、優れた才能に恵まれたイグニスは王妃とその一族にいつしか命の危機を晒される様になった。
ルシアとイグニスの命を危惧した国王は王妃一族と対立するへスペロス公爵家にて目を付けた。
ヘスへロス家を取り込めばイグニスと母親の身辺を守る事が出来る、そして王妃一族を失脚させ母親を王妃に、イグニスを王太子へと据える事が出来る。
国王の目論見とは裏腹にルシアはイグニスと2人でひっそりと生きる事を望んでいたが、望みが叶う事が難しい事も充分に理解していた。
イグニスの類稀な才能を母親としてこのまま埋没させるのは、果たして正しい事であるのか判断がつかなかった。
最も当時のイグニスは王室での派閥争いの道具として扱われる人性など決して望んでいなかった。
母であるルシアと共に王宮から離れた土地でひっそりと暮らしたい。
母親と心穏やかに、平凡な人生を歩む事が出来れば、それで幸せだと。
そう、それが幼いイグニスの望みだった……。
だがイグニスの儚い願いは叶われ事はなかった。
ある日、幼いイグニスとルシアは王妃一派の襲撃に遭い命の危険に晒された。
母親がイグニスの身を挺して守りイグニスは無傷で済んだがルシアは重症を負いその場にて倒れてしまった。
何日も昏睡状態が続き、目を覚ます気配を感じないルシアの側でイグニスは献身的に看病をした。
「母様、母様……」
(どうして母様の命が奪われてなければならない!
僕と母様の願いは王室から離れた土地でひっそりと生きる事。
僕は決して王太子になる事なんて望んでいない……)
どうか、母様の命を奪わないで。
母様の命が助かるのなら僕は……。
どんな運命でも受け入れる……。
イグニスの願いは叶わず、数日後、ルシアはこの世を去った。
イグニスの心に絶望と虚無が押し寄せる。
この世に神なんて存在しない……。
どうして僕は生きているんだろう……。
僕はこれから何を思い生きて行かなければ、ならない。
ああ、何故、母様は死んでしまったんだ……。
どうして母様が犠牲にならないといけない。
どうして母様が無惨な最後を迎えないといけない。
全ては王妃とその一族の、そして父親である国王の身勝手な感情が引き起こした事が全ての発端ではないか……。
イグニスの瞳に仄昏い光が宿る。
拳を強く握り締め復讐の炎が全身に駆け巡り、そして。
(決して許すものか……。
母様の命を奪った王妃も、そしてその一族も、父親で国王もこの世から抹殺してやる。
俺の、この手で……)
ああ、その為なら悪魔との契約だって、受け入れる。
そう。
この世に神なんて決して存在しないのだから……。
復讐に生きる人生を選択したイグニスは、その後、へスペロス家の令嬢であるアリシアとの婚約が成立する。
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