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恋の罪 その15
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***
時が目まぐるしく過ぎていく。
要さんが意識を取り戻して、体調も少しずつであるが回復している。
ただ、今までの記憶に関しては依然、回復の兆しが見えない状況で……。
要さんが必死になって記憶を取り戻そうとしている姿を見ても私は彼を見守る事しか出来ない。
今、彼に必要なのは無くした記憶を取り戻す事も大切だが、体調が完全に回復する事だと思えてならない。
脳の損傷が左手の自由を奪っている。
しびれと握力の低下。
毎日のリハビリで彼がどれだけ必死になって事故で受けた病状と戦っているのか窺える。
要さんが治療に専念している日々、私も出産に向けて準備を整えていた。
安定期に入った時、要さんの転医が決まった。
自宅からの療養が可能となり、近医の整形外科に紹介状を書いてもらい、要さんは、今、マンションから病院に通っている。
要さんの退院が決まった日、私達は籍を入れた。
記憶の無い彼に最初、妻だと言った。
その言葉に嘘は無い。
要さんは散々、私との籍を入れる事に悩んでいた。
彼の病状が回復している様を窺いながら、私は少しずつ要さんに私達の事を話していった。
最初、どんな風に出会い、愛し、そして今、彼の子供を身篭っている事を……。
子供がいる事を直ぐに察した要さんは私の体の事を心配した。
病院での寝泊りを控える事。
自分の体の事を第一と考える事。
そして……。
「茉理……。
君は俺で良いのか…?
この先、俺の記憶が戻る確立は定かでは無いと医師は診断している。
身体もリハビリをしても左手の握力も、しびれも、もしかして意識障害も出て、そのまま後遺症としてずっと残るかも知れない。
そんな病状の回復が不安定な、先がはっきりと解らない俺と共に生きて……」
それ以上の言葉を彼は紡がなかった。
私が彼の唇を奪ったから。
要さんの目が大きく見開く。
そっと唇を離した私が淡く微笑む。
「私は貴方の妻よ?
そして貴方は私の伴侶で、この子の父親で……。
私達は夫婦として、家族としてずっと一緒に生きていくの」
私の言葉に要さんが戸惑い、そして涙を滲ませた。
「君にそんな言葉を言わせた俺を許してくれる…?」
要さんが泣き笑いの笑みで私に言う。
「ええ……」
「俺の不安も、これから先起こる現実も、君は俺の側で共に受け止めて生きてくれるんだね……」
要さんの言葉に頷き、彼に抱きついた。
「茉理……。
君との出会い、全ての思い出を俺は無くしている。
だが、君を想う気持ち。
この心の中から湧き上がる君への愛は俺の中で確かに息づいている」
「要さん……」
「愛している、茉理。
目覚めた時、君の姿を見て俺は一目で君に心を奪われた」
ああ、涙が溢れて止まらない……。
「君を見た時、心が歓喜で戦慄いた。
君が誰よりも欲しいと……。
君にずっと側に居て欲しいと……。
君が俺の妻で在る事にどれだけ、喜びを噛みしめたか、君に伝えたい……」
そう言って、要さんが私の唇を奪う。
最初、お互いの存在を確かめ合うように触れていった。
情熱に駆られる程、彼の想いが伝わってくる。
そっと唇が離れ要さんが耳元で囁く。
「茉理が欲しい……」
その言葉に私は目を伏せ、要さんに身体を委ねた……。
***
眩い様に彼が私の裸体を見つめ嘆息を漏らす。
「君に触れるのが、これ程、怖くて……。
そしてこれ程、喜びに心が満ち溢れている事をどう伝えればいいのだろうか…?」
そう言って、私のお腹に触れていく。
「俺達を繋ぐ存在がここに居るんだね…」
まるで神聖なモノの様に要さんが恭しく唇を落とす。
妊娠で身体も丸みを帯び、記憶を無くす前に要さんが触れた体とは既に違う。
正直、要さんに抱かれる事に恥じらいを抱いた。
だけどそれ以上に彼が欲しいと。
彼の息遣いを、体の熱さを、そして熱情を全て受け止めたい。
彼の愛を感じたい。
私の想いを、彼を愛する気持ちを伝えたい…!
「茉理……」
彼の息遣いを体中に感じる。
私の体を労わりながら要さんが自分の存在を私の身体に刻んでいく。
漣が広がる様に彼の熱が私に伝わっていく。
甘い吐息がいつの間にか喘ぎへと変わっていく。
体の奥が熱い。
「はあ、ああ…ん」
もっと、刻んで欲しい。
彼が生きている実感を……。
彼に愛されている悦びを……。
貴方が側に居る幸せを私に感じさせて…!
「か、要さ…」
「ああ、茉理……。
君が愛しい…!
俺の唯一の女性…」
ゆっくりと彼が背後から入ってくる。
気遣いながら、でも確かに欲情を訴えた目で私の中に入ってくる。
一つになる悦び。
彼が今、私の中にいる。
鼓動が、彼の脈動が、細胞の全てが、私に繋がっていく。
「愛している…!
君を誰よりも愛している……」
涙交じりの声。
要さんが涙を流しながら私と繋がっている。
肌に落ちる涙の軌跡。
彼の涙を止めたくて。
私のお腹を優しく触れている手に手を添える。
「貴方がいる……。
今、貴方が私の側にいる……。
離れないで…!
もう、貴方が私の側からいなくなる事なんて考えたくない…!」
「茉理」
「貴方のこれからの苦しみも、悲しさも、そして辛さも全て私のモノ……。
貴方がこれから感じて、記憶を作っていく中で、私が常に貴方の側にいる……。
これからの貴方の生きていく証を、私が一緒に記憶に止めていく…!」
そう、これが私達の「恋心」
無くしたら、また新たに作っていけばいい。
また新しい喜びも、優しさも、そして互いを想う、愛も……。
私達は手に入れる事が出来る。
貴方が側に居るから……。
それが私の想い。
貴方への愛……。
「要さん。
貴方を愛している……」
その言葉を紡ぎながら、私は目を閉じた。
要さんが私を優しく抱きしめ、同じく目を閉じ眠りに付く……。
***
互いの存在を深く実感した日々を過ごしながら、私達は新しい命の誕生を迎えた。
初めて出会って一年が過ぎたその翌年に。
私達は父と母になり、そして家族となった……。
時が目まぐるしく過ぎていく。
要さんが意識を取り戻して、体調も少しずつであるが回復している。
ただ、今までの記憶に関しては依然、回復の兆しが見えない状況で……。
要さんが必死になって記憶を取り戻そうとしている姿を見ても私は彼を見守る事しか出来ない。
今、彼に必要なのは無くした記憶を取り戻す事も大切だが、体調が完全に回復する事だと思えてならない。
脳の損傷が左手の自由を奪っている。
しびれと握力の低下。
毎日のリハビリで彼がどれだけ必死になって事故で受けた病状と戦っているのか窺える。
要さんが治療に専念している日々、私も出産に向けて準備を整えていた。
安定期に入った時、要さんの転医が決まった。
自宅からの療養が可能となり、近医の整形外科に紹介状を書いてもらい、要さんは、今、マンションから病院に通っている。
要さんの退院が決まった日、私達は籍を入れた。
記憶の無い彼に最初、妻だと言った。
その言葉に嘘は無い。
要さんは散々、私との籍を入れる事に悩んでいた。
彼の病状が回復している様を窺いながら、私は少しずつ要さんに私達の事を話していった。
最初、どんな風に出会い、愛し、そして今、彼の子供を身篭っている事を……。
子供がいる事を直ぐに察した要さんは私の体の事を心配した。
病院での寝泊りを控える事。
自分の体の事を第一と考える事。
そして……。
「茉理……。
君は俺で良いのか…?
この先、俺の記憶が戻る確立は定かでは無いと医師は診断している。
身体もリハビリをしても左手の握力も、しびれも、もしかして意識障害も出て、そのまま後遺症としてずっと残るかも知れない。
そんな病状の回復が不安定な、先がはっきりと解らない俺と共に生きて……」
それ以上の言葉を彼は紡がなかった。
私が彼の唇を奪ったから。
要さんの目が大きく見開く。
そっと唇を離した私が淡く微笑む。
「私は貴方の妻よ?
そして貴方は私の伴侶で、この子の父親で……。
私達は夫婦として、家族としてずっと一緒に生きていくの」
私の言葉に要さんが戸惑い、そして涙を滲ませた。
「君にそんな言葉を言わせた俺を許してくれる…?」
要さんが泣き笑いの笑みで私に言う。
「ええ……」
「俺の不安も、これから先起こる現実も、君は俺の側で共に受け止めて生きてくれるんだね……」
要さんの言葉に頷き、彼に抱きついた。
「茉理……。
君との出会い、全ての思い出を俺は無くしている。
だが、君を想う気持ち。
この心の中から湧き上がる君への愛は俺の中で確かに息づいている」
「要さん……」
「愛している、茉理。
目覚めた時、君の姿を見て俺は一目で君に心を奪われた」
ああ、涙が溢れて止まらない……。
「君を見た時、心が歓喜で戦慄いた。
君が誰よりも欲しいと……。
君にずっと側に居て欲しいと……。
君が俺の妻で在る事にどれだけ、喜びを噛みしめたか、君に伝えたい……」
そう言って、要さんが私の唇を奪う。
最初、お互いの存在を確かめ合うように触れていった。
情熱に駆られる程、彼の想いが伝わってくる。
そっと唇が離れ要さんが耳元で囁く。
「茉理が欲しい……」
その言葉に私は目を伏せ、要さんに身体を委ねた……。
***
眩い様に彼が私の裸体を見つめ嘆息を漏らす。
「君に触れるのが、これ程、怖くて……。
そしてこれ程、喜びに心が満ち溢れている事をどう伝えればいいのだろうか…?」
そう言って、私のお腹に触れていく。
「俺達を繋ぐ存在がここに居るんだね…」
まるで神聖なモノの様に要さんが恭しく唇を落とす。
妊娠で身体も丸みを帯び、記憶を無くす前に要さんが触れた体とは既に違う。
正直、要さんに抱かれる事に恥じらいを抱いた。
だけどそれ以上に彼が欲しいと。
彼の息遣いを、体の熱さを、そして熱情を全て受け止めたい。
彼の愛を感じたい。
私の想いを、彼を愛する気持ちを伝えたい…!
「茉理……」
彼の息遣いを体中に感じる。
私の体を労わりながら要さんが自分の存在を私の身体に刻んでいく。
漣が広がる様に彼の熱が私に伝わっていく。
甘い吐息がいつの間にか喘ぎへと変わっていく。
体の奥が熱い。
「はあ、ああ…ん」
もっと、刻んで欲しい。
彼が生きている実感を……。
彼に愛されている悦びを……。
貴方が側に居る幸せを私に感じさせて…!
「か、要さ…」
「ああ、茉理……。
君が愛しい…!
俺の唯一の女性…」
ゆっくりと彼が背後から入ってくる。
気遣いながら、でも確かに欲情を訴えた目で私の中に入ってくる。
一つになる悦び。
彼が今、私の中にいる。
鼓動が、彼の脈動が、細胞の全てが、私に繋がっていく。
「愛している…!
君を誰よりも愛している……」
涙交じりの声。
要さんが涙を流しながら私と繋がっている。
肌に落ちる涙の軌跡。
彼の涙を止めたくて。
私のお腹を優しく触れている手に手を添える。
「貴方がいる……。
今、貴方が私の側にいる……。
離れないで…!
もう、貴方が私の側からいなくなる事なんて考えたくない…!」
「茉理」
「貴方のこれからの苦しみも、悲しさも、そして辛さも全て私のモノ……。
貴方がこれから感じて、記憶を作っていく中で、私が常に貴方の側にいる……。
これからの貴方の生きていく証を、私が一緒に記憶に止めていく…!」
そう、これが私達の「恋心」
無くしたら、また新たに作っていけばいい。
また新しい喜びも、優しさも、そして互いを想う、愛も……。
私達は手に入れる事が出来る。
貴方が側に居るから……。
それが私の想い。
貴方への愛……。
「要さん。
貴方を愛している……」
その言葉を紡ぎながら、私は目を閉じた。
要さんが私を優しく抱きしめ、同じく目を閉じ眠りに付く……。
***
互いの存在を深く実感した日々を過ごしながら、私達は新しい命の誕生を迎えた。
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