恋心

華南

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恋の罪 その12

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身体の変化が少しずつ実感する。
膨れ始めたお腹。
確実に命が育っている証。

毎日、お腹を擦りながらお腹の子供に話しかける。

「ねえ、貴方のパパはね。
とてもハンサムで優しくて、思いやりがあって。
素晴らしい男性なのよ……」

自然と柔らかい笑みが浮かぶ。
お腹の子供に語る時に過ぎる要さんとの出会い。
愛し、愛された日々。

何度も彼に愛され甘い吐息を零した。
愛される悦びを私は彼に出会って本当の意味で知った。

「要さん……」

毎日が淡々と過ぎ去っていく。
病室での生活も自然と慣れ始めている。

朝、起きて彼の症状を見て。
眠っている要さんに耳元で声掛けをする。

反応の無い要さんを見て、落胆し、そして彼が病状を戦っている事を実感し、自分の気持ちを奮い立たせる。
自分の心に、弱さに負けたら駄目。
そう何時も心の中で叱咤する。

窓を開け、空気の入れ替えをして、季節が変わり始めている事を肌で感じる。

「気持ちいい風。
今日もお天気で良かった。
早速、洗濯をして屋上に干してこよう」

詰所に声を掛け、茉理は洗い場に行く。
洗いあがった洗濯物をかごに取り込み、屋上へと上がって行く。
軽い運動を兼ねて、気分転換を図って屋上に上がる事が日課となっていた。

広い屋上から見つめる空。
そして視野に映る風景。

初めて要のマンションに行ったとき、要がマンションから見る朝焼けが好きだと言った言葉を思い出す。
その時、まだ茉理は要との距離を測っていた。
要の事を愛し始めていたが、過去の恋愛が自分の気持ちを臆病にさせていた。
一歩前に進んでいても、それはまだ始まったばかり。

それが要の情熱を身体に、そして心に刻まされ茉理は本当の意味での恋を知った。

愛を知った……。

「さて、また日が暮れる前に上がって。
要さんの身体が安定したら、一度、屋上に一緒に上がりたいな」

そう思いながら病室へ帰る。

病室に入ると人の気配を感じた。
窓際に佇んでいる人物を見て、茉理は一緒、その場所に留まってしまった。
目に涙が溢れる。

「か、かなめ…」

そう呼び出そうとする程、その人はとても要に似ていた。
振り返った男性が自分に近づく。
茉理を見つめ穏やかに微笑む姿に、茉理は彼が要ではない事を実感する。

「そんなに私は要によく似ていますか…?」

少し低めの耳障りの良い。
その声すら要とよく似ている。

「…貴方はもしかして」

それ以上の言葉が出なかった。
目を細めるその人に、茉理は言葉を掛ける事等出来なかった……。


「まだ、目覚めないんですね、要は」

男性の言葉に茉理が頷く。
既に一ヵ月半が経過した。

未だ目覚める兆候は見受けられない。

「主治医から要の病状を聞きました。
意識が戻るかどうかは後は時間に頼るしかないと。
病状が安定したら転医もしないといけなくなるでしょう。

ここは救命救急なのでずっとここに治癒するまで留まる事等出来ない。
そうなると今後の要の看病を貴女はどこまでお考えですか?
茉理さん」

急に問われる言葉に茉理は一瞬、戸惑ってしまう。
何時か転医しないといけない事位考えはある。
今後の看病と言えば、今はまだ身体が自由に動く。
お腹の子供が成長するにつれ、茉理の身体も今の様に動く事も出来なくなってしまう。
当然の事ながら、病室での寝泊りなど出来るはずが無い。

今だって本当は両親に止められている。
無茶をしてもし、流産でもしたら。
何かのはずみで感染して風邪でも引いたら、直ぐに身体に影響を及ぼすだろう。

それでも何時目覚めるかもしれないと言う茉理の思いに、皆、口を出すことを控えている。
必死になって要を看病する茉理の気持ちに誰一人、反対する事等出来ない。

「……」

「……、茉理さん。
今後の要の事を私に任せてはいただけませんか」

言われる言葉に茉理は大きく目を見開く。

「貴女が今、要の子供を妊娠している事も知っています。
その事も含めて、今日、私は要と貴女に会いに来ました。

茉理さん……。

出産したらその子を私に託して頂けませんか。
私の孫として迎え入れます、要と一緒に」

「…どういう事ですか?」

「貴女はお腹の子供を出産したら、今後、要と子供に一切関わらないようにして頂きたい。
貴女はまだ若い。
何時、目覚める事になるか解らない要に人生を捧げて生きるには、まだ早すぎる。
要と子供の事を忘れて、新たな人生を見つけて。
全てを忘れて生きる事が貴女の為にもなる、だから……」

「そんな事を言われる為に要さんのお見舞いにいらしたのですか?
私に要さんと別れさせる為に」

「……」

「お断りします!
私はずっと、要さんが目覚めるまで待ちます、この子と一緒に!
もう私達は夫婦なんです。
喩え未だに籍は入って無くても要さんと私は夫婦なんです。
お腹にいる父親と母親なんです。

別れる事なんて出来るはずが無い。
私は子供に伝えていかなければならないんです。
どれだけこの子の父親が素晴らしい人であるかを。
どれ程人として尊敬できる人物であるかを。

この子と一緒に要さんが私たちの元に戻る事をずっと待ち続ける。
それが私達親子の願いなんです……」

涙が自然と流れ頬を濡らす。
涙を溢れさせ訴える茉理の顔に軽い既視感を覚える。
妊娠に気付いた時、子供を出産することを反対した自分に涙を流しながら拒否した妻。
どんな障害が子供に遺伝するか解らない。
近すぎる血を受け継いだ自分の血を引く子供が正常に生まれればいい。
だが最悪、障害を持って生まれてでもしたら。

その不安を訴えたが最後まで頑なに受け入れる事が無かった。

亡き妻に良く似た女性。
確実に自分の血を受け継いだ息子が選んだ女性。

性質までもがよく似ている……。

自然と苦笑が漏れる。
どんなに説得しても最後まで自分の意思を曲げる事等無かった。

「…これから先、もっと辛い想いを貴女は抱くようになっても要の側にいるというんですね。
子供と共に」

「そうです」

「…解りました。
今日はこれで控えさせていただきます」


「……」

「また伺います」

「あの……」

病室を出ようとする要の父親に茉理が一瞬、躊躇いながら声を掛ける。

「今日は要さんを見舞って頂きありがとうございました。
お父様がお見えになって、要さん、とても喜んでいると思います」

遠慮がちに言う言葉に、穏やかな微笑が返される。
その顔に茉理は、胸の奥が痛くなる。

(本当に良く似ている……)

ちらり、と眠っている要を見つめる。

早く目覚めて要の穏やかな笑みを見たい。
この男性の様に微笑んでいる要を……。

病室に出る要の父親を玄関先まで送っていく。

その時、茉理は気付く事がなかった。
要の瞳に微かな動きがあった事を、茉理は知る由もなかった……。
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