恋心

華南

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恋の罪 その5

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広い敷地内を車が走行する。
門から中に入り既に10分が経過している。

(どれだけ広い庭なんだ、この家は。
流石、関東でも屈指の名家であるな……)

庭に咲き誇る桜の花がこの庭の美しさに彩を備えている。
見事な配置に草木が植えられ、日の光によって庭の趣が変わっていく。

余りの美しさに要が嘆息を漏らしていると玄関に車が停車した。

「着きましたよ、義兄さん」

「……」

「父が書斎で貴方を待ちわびています。
直ぐにご案内します」

車を降りて連れられる書斎にて、要は実父に会おうとしている。
握る指先の力が強くなる。

「父さん、只今戻りました」

少しの間、沈黙がドア先で流れる。

「入りなさい」と穏やかな声が要の鼓膜を掠める。

少し低音で耳障りの良い。
俺は声も実父に似たのか、と要は自称気味に笑った。

中に入り、書斎の窓際で庭を見つめている実父に要はごくり、と喉が鳴る。

視線が交わる。

声が出ない。

義弟に会った時も自分に似ていると感じた。

だが、今目の前にいる人物はどう表現したらいいのだろうか?

(こんなに似ていたのか、俺は……)

19歳で母親になった要の母。
実父は同級生だと言っていた。

「……、目元は母親に似たな」

懐かしむように要を見つめる。
愛しさを漂わせる瞳に要は言いようも無い感情に囚われる。

「正直、貴方に会って驚きを僕は隠せません。
母が生前、ずっと僕が貴方に似ていると言っていました。
姿形だけではなく、性格も」

鋭さを秘めた要の口調に、くすり、と笑う。
楽しそうに笑う姿に、要の怒りが湧き上がる。

「どうして貴方は母を弄んだのですか?
貴方は本当に母を心から愛していたのですか?」

要の問いに、少し間を置き口を開く。

「お前は何処まで母親から私の事を聞いている?」

「貴方と母が高校時代の同級生であった事。
そして貴方が強引に関係を結んで交際が始まり、愛し合う様になったと伺っています」

感情を押し殺し答える要に、父親は遠い目で空を見つめる。

「……、最初、私はお前の母親に一切の感情を持ち合わせていなった。
ただ、欲しいと思った。
今まで押し込めていた感情がお前の母親と出会い、均衡を崩した。
全てを奪いたいと思った。

何故、そんな感情に囚われるのか。
ずっと答えを見つけていた……」

聞かされる言葉に要は体が震える。

「私には婚約者がいた。
既に決まっていた事柄で、私は格段、何とも思っていなかった。
ただ、彼女に出会って心強く惹かれた。
彼女の顔が亡き母にとても似ていた」

「……」

「お前の母親は私とはまるで間逆な性格だった。
心に正直で意志が強く、そして小さな幸せを求む、そんな優しい女だった。
私が望んでも決して手に入れる事の出来ない幸せを」

「……」

「お前の母親に最初、あった感情は嫉妬だった。
受けるべき愛情を母親から与えられなかった私は、お前の母親をとても憎んだ。
お前の母親を自分の支配下に置きたい、そう望んだ私は……」

それ以上の言葉を要は正気を持って聞く事など出来なかった。
余りにも狂気に孕んだ内容。
この男の心の闇に要は吐きそうになっていた。

「貴方は狂っている。
どうしてそんな残虐な事を出来る?
母をどれだけ苦しめたのですか、貴方は!

赦される事では無い……。
喩え直接的に関わっていないとしても、貴方が母を求めた所為で祖母は!」

(母さん、貴女はこの事実を知ってもなお、あの男を愛したのですか?
貴女の人生が狂わされて、身も心もズタズタにされても貴女はあの男を!)

明るく優しい母だった。
何時も要を慈しみ、溢れんばかりの愛情を与えられた。

涙が滲む。
こんな忌まわしい男の血を引いた自分を母は産んで幸せだったと朗らかに言っていた。

「お父様、お茶をお持ちしました」

控えめな声で言葉を掛け、ドアをノックする。

「ああ、瑞江。
入りなさい」

入ってきた義妹に要は、声が出なかった。
流れるように艶やかな漆黒の髪。
薄紅の唇に、憂いを含んだ黒曜石の瞳。
控えめな微笑み。

自分を見つめ柔らかく微笑む瑞江に要は衝撃を押さえられない……。

「ど、どうゆう事だ、これは……」

要の脳裏に玲の言葉が甦る。

自分の体に流れる不可思議な運命を貴方は感じるだろう、と……。

体中の血が引いていく。
流れる汗を止める事が出来ない。
無意識に頭を振る。

「違う、違う!
俺は北澤要だ。
こんな歪んだ男の息子では無い。
俺は!」

(ああ、何故、あんなにも茉理に心惹かれたのは、この男の血によるものだと言いたいのだろうか?
違う、俺が茉理を愛したのは、茉理だからだ。
姿、形に惑わされたのでは、無い!)

目の前の女がゆっくりと要に近づいてくる。

要の驚愕が更に強くなる。

「初めまして、貴方の義妹の瑞江です……」

あの優しい声で自分に語る。
目の前にいる瑞江は、茉理に瓜二つの顔だった……。
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