恋心

華南

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恋の嵐 その4

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(年甲斐も無く何を泣いている、俺は……)

無意識に涙を流していた事に気づいた功起が苦笑を漏らす。


「しかし、敷島が言っていた通り旨い珈琲だ。
病み付きになりそうな味だな、これは」

素直な感想に功起がふと笑う。

店の雰囲気も落ち着いていてなかなかのモノだ。
いい場所を教えてもらったと、功起は明日、敷島に礼を述べようと思っていた。

(……、もし、今も茉理と付き合っていたら、茉理もきっと気に入ったはずだ)

浮かんだ言葉にまた、功起が苦笑を漏らす。
今更、と何度も心の中で反芻する。

久々に訪れた穏やかな時間に、功起は時が経つのを忘れていた。
そろそろ閉店の時間だと言うのを周りの客が居なくなった事でやっと気づいた。

「とても美味しかったです。
また、来ます」

会計の時、感想を述べる功起に祥子が笑みを浮かべる。

「ありがとうございました」

功起が店を出た後、祥子は功起が座っていたテーブルのコップを片付けていると、シガレットケースが置いてある事に気づく。

(先ほどのお客さんの忘れ物だわ。
どうしよう……)

思案に暮れながらカップを洗い場に持ち込む祥子に、聡が気に掛ける。

「どうかしたのか?」

「ええ。
さっきのお客さんがシガレットケースを忘れて帰られて。
追いかけようとしてもエンジンの音が遠さかるのが聴こえたので、間に合わなくて」

「会計の時、また来るって言ったのだろう?」

「ええ」

「気づいて直ぐにでも連絡がくるって。
そう、気に病むな」

「そうね」

「それよりも、要の事が気になる。
冗談で言った言葉を流さなかった要が……」

「あなた?」

「いや。
なかなか茉理さんの両親が認めない事に、悩んでいるのだろうな」

「……、でも、大丈夫よ、きっと。
私達の様に、要さんも茉理さんと共に人生を歩むようになるわ」

ふと、重なる手に聡が微笑む。
祥子と共に人生を歩む事に何度も考え悩んだ。
祥子の心の中には未だに亡くなった前夫の存在が大きく締めている。
それは決して無くなる事ではない。
いや、むしろ彼の存在があったこそ、今、祥子と共に歩んでいってると聡は思っている。
桃子の事もそうだ。
誰よりも愛しい……。
今では聡の娘だ。
たとえ血が繋がらなくても桃子の父親は自分だけだと自負している。

(茉理さんの両親の心情を考えると要も大きくは出る事が出来まい。
それだけ深く茉理さんを愛しているから、か……)

早く認められて添い遂げて欲しい、と聡から心の底から願った。

マンションに帰宅した要は茉理に連絡を入れた。

何コール目かに茉理の優しい声が鼓膜を捕らえる。

「茉理、今、大丈夫か?」

母親との会話の余韻に浸っていた茉理は要の連絡を心から喜んでいた。
話したいと思っていた矢先の連絡である。
知らずに声が弾む。

「ええ。
私も要さんとお話がしたかったの」

「……、そうか。
俺も茉理の声が聴きたかった」

「要さん?」

「茉理。
前から言っている話、真剣に考えてくれないか?」

「一緒に暮らすことですか?」

茉理と身体を重ねた日から、要は茉理に自分のマンションに引っ越す事を何度も強請っていた。
要の強引とも言える要望は茉理にとって喜ばしいと思う反面、正直、戸惑っていた。
両親にもまだ言えていない要との恋愛だ。
先に両親に要との交際を報告して、そして一緒に暮らしたい。

躊躇う茉理の心情を痛い程、解っている。

だが、また何時、茉理の中に自分以外の存在が宿ったら…。
茉理の心を、身体をやっと自分のモノに出来たと言っても、それは永遠に続くとは限らない…。
いや、自分の気持ちが変わる事など決して、無い。

自分以上に茉理を愛する存在が居るとは到底思えない。

だが、不安が何時も心の中を翳めている。

恋がこんな不安を自分の中に投じるとは思ってもいなかった。
愛すれば愛する程、相反して不安が募っていく。

だから何時も茉理の存在を感じていたい。
何時も茉理との繋がりを感じたい。
深く愛して、その全てに己を刻んで。
俺の全てに溺れさせたい。

既に狂気とも言える想い。

茉理がもし俺の目の前から居なくなったら。
俺はもう息をする事すら出来ないであろう……。

「もう限界なんだ。
茉理の魅力を知った男が茉理に手を出したらと思うと居ても経っても居られない。
嫉妬で狂いそうだ」

俺の言葉に茉理が苦笑を漏らす。

「そんな事は無いですよ。
前から言ってますがモテた事なんて無いし、告白された事も無いので心配ご無用です。
それに……。
要さん以上に素敵な男性が私の前に現れるとは思っていませんので。
私の想いを疑っているのですか?
私がどれだけ要さんの事を愛しているか!
信じて戴けないの?」

「茉理」

「もう少し一緒に暮らす事は待って下さい。
その、両親との事もあるし、仕事の事も考えたいので。
今後の事も含めてもう少し時間を戴けませんか」

「そうだな。
茉理の立場をもっと尊重しないといけないのに、俺の要望を叩きつけても茉理を困らす事だと解っていても、俺は我がままを言ってしまう。
それだけ不安なんだな、俺は……」

「不安なら私にもあります。
その、要さんが沢山のチョコレートを持ち帰った時、正直、嫉妬しました。
待ち合わせの時には、その、言えませんでしたが」

「茉理」

「要さんの魅力を知っている女性が沢山居る事は解っているし、要さんがモテる事も当然だと思っています。
職場で何時も素敵な女性に囲まれていると思うと、心が痛む時もあります。
私だって、何故、要さんが私と交際しているのか、それも結婚を前提に真剣に考えてくれてるのか。
それ程の存在とは思えないって、何度も何度も心の中で悩んでいます。
だけど……」

「……」

「だけど、それ以上に要さんの事が好きだから。
愛しているから、そんな悩みに心を痛めるんだって思っている」

「茉理っ」

「だからお互い様ですね。
こうやって気持ちが通じ合っても悩む事はお互いにあるんだって。
今日、要さんのお話を聞いて、少し気持ちが晴れました。
要さんは私にとって、何時も大人で、穏やかで優しくて。
だから今日みたいな要さんの言葉を聞くと少し安心しました。
こんな事を本当は思ってはいけないのに、だけど」

「俺はそんなに大人ではないよ。
何時も茉理の前では虚勢を張っているだけだ。
年数を重ねただけのただの男だよ、俺は」

「もう、要さんったら」

「……、ー茉理と話せて嬉しかった。
明日、もし、早めに終わりそうなら食事に行かないか?」

「ええ!
わああ、残業しないように頑張らないと」

「俺も早めに切り上げる。
何が食べたいか考えていて」

「ええ、要さん」

「では、お休み」

「おやすみなさい」

「……、愛している、茉理」

切る前に囁く言葉に、茉理は頬を染め「私も」と言いながらボタンを押す。
会話を終えた要の顔に柔らかい微笑が宿る。

窓を見ると、先ほどの厚い雪雲がいつの間にか消え去っている。
明日は少しは暖かくなるだろうか……、と考えながら要は部屋の明かりを消した。
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