恋心

華南

文字の大きさ
上 下
8 / 52

恋煩い その4

しおりを挟む
聡の店で茉理と出会って、一ヶ月が経った。

あの日から、茉理は毎週土曜日の夜に聡の店に来るようになった。
聡の入れる珈琲が余程気に入ったのだろう。
一杯目は本日のお勧めの珈琲を。
そして二杯目には必ずオリジナルブレンドを……。

甘いモノに目がないのか、ケーキかワッフルをセットで注文する。
二回目のブレンドの時は、味わうようにゆっくりと口に含む。

祥子さんが毎回気を利かせてか、二杯目の時には小さな焼き菓子やクッキーを添えて持っていく。
心遣いに気づいたのか、茉理は何時も遠慮がちに礼を述べ丁寧に口に運ぶ。

その時の幸せそうな顔を見つめるのが、毎回、俺の土曜日での楽しみになっていた。
カウンターで聡が珈琲を入れながら俺に囁く。

「いいのか、まだ、話しかけなくて」

俺の恋情に気づいた日から、やけに俺に尋ねてくる。
聡の問いに俺はただ「ああ…」と答えるだけ。

今はまだ早い……。

本当は直ぐにでも気持ちを伝え、俺の存在を彼女の中に刻み付けたい。
だけど彼女にはまだ時間が必要だと悟った。

この土曜日の夜に、一人、カフェで時間を過ごす。
男の存在は今の所はないようだ。
いたら週末にここに来る筈がない。

一人で時を過ごす楽しみを見出しているのは、恋愛で辛い想いを味わったかとしか考えられない。
ふと、触れると消えてしまいそうな、そんな儚げな様をたまに見せる。
微笑んでいるが、時折、何か遠くを見つめ悲しげに目を伏せる。
それが何を物語っているのかは、俺には解らない。

だが。

今、彼女に声をかけると俺から逃げてここにはもう来なくなるだろう……。

必要とする彼女の大切な「時間」を奪ってはならない。
そう思うと俺の恋情は表に出すべきでは無い……。
見つめるだけ、過ぎていく俺の恋。
想いは深まるばかりで、気持ちの押さえが効かない時がもう何度あったか、数え切れない。

彼女が欲しい……。

俺の想いを彼女に伝えたい。

そして彼女の全てに俺の存在を刻み付けたい。

君を愛している……。

一度も言葉をかわした事が無い、ただ遠くから見つめるだけなのに俺は君に愛を抱いている。
ここでの君しか知らないのに俺は君に恋焦がれている。

聡が気転を利かせて俺に彼女の名を教えようとしたが、俺は断った。
彼女の口から名を聞きたかったら。

彼女の全てを知りたいと思う。
だが、既にここで彼女の事をもう充分に知りえる事が出来る。
そう思っていた。

俺は偶然、何故、彼女が時折悲しげな表情を見せるのかを知った。

店に入ろうと駐車場に車を止めようとしていた俺は、道端で会話を見ている彼女の姿を見つけた。
彼女の表情を見ると、とても困惑しているようだった。

(何があった?)

直ぐに車から降り、気づかれないように彼女と彼女に絡む二人の男女との会話を耳に触れる。

「あら、続谷さんではないの。
どうしたの?
こんな土曜日の夜に、一人カフェに来てるなんて」

ねっとりと嫌味を含んだ女の言葉。
その言葉に彼女が曖昧に微笑んでいる。

「あら、そうそう。
塩崎係長。
今年、課長に昇進ですって。
やはり部長のお嬢さんとの結婚がかなり影響したらしいわよ。
貴女とこのまま付き合っていたら、いくら仕事が出来たとしても直ぐに課長に昇進するなんて、在り得ないもの……」

目を細めくすくす笑いながら彼女に絡む女を、側にいた男が戒めようとするが、反対に制される。

「いいのよ、彼女はっ!
優等生のように折り目正しい事を鼻にかけて、私達を見下して!
清楚で可愛いイメージを作って男達の保護欲をそそって、それを武器にして仕事していたんだから。
本当に今でも腹が立つわ。

今になって言うけどね。
貴女が係長に捨てられたと社内で広めたのは、この私よ。
貴女が目障りだったのよ。
ホント、辞めて清々したわ!」

醜いまでの嫉妬心を撒き散らし、あられもない女の姿に吐き気が込みあがる。
そしてただひたすら女の言い分を、表情を変える事なく見つめている彼女に、俺は彼女の凛とした強さを垣間見た。

「何か言ったらどうなの?
続谷さん!」

捨てるように言葉を投げかける女に彼女はきっぱりとこう、述べた。

「貴女に答える義務など、私にはありませんから。
今の話の内容に、私が貴女と会話する必要性が何一つ、存在しないので……」

そして軽く会釈して、その場を静かに立ち去った。

顔を真っ赤にして女が何かを叫ぼうとしていたが、側にいた男が呆れ果てる様にしぶしぶ言葉を噤む。

店に入った彼女は静かに何時もの場所に座った。
注文に来た祥子さんに、何も無かったの様に柔らかな笑みを零す。

後から入った俺はカウンター席で食い入るように彼女を見つめた。

彼女がここに一人で来る理由が解った途端、もう、自分の気持ちを抑える事等出来なかった。

今、彼女は心の中で深く傷つき、涙を流している。
平常を保っているが、指先をテーブルの上で強く握り締めている様が、彼女が涙を我慢している事を強く訴えている。

感情に流されること無く自分の意見を述べた強さの中に見せた、彼女の深い哀しみ。

その哀しみに触れた時、俺は時が満ちたとそう悟った。

次の週の土曜日。

俺は彼女の席に向かい、言葉をかけた……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

甘々に

緋燭
恋愛
初めてなので優しく、時に意地悪されながらゆっくり愛されます。 ハードでアブノーマルだと思います、。 子宮貫通等、リアルでは有り得ない部分も含まれているので、閲覧される場合は自己責任でお願いします。 苦手な方はブラウザバックを。 初投稿です。 小説自体初めて書きましたので、見づらい部分があるかと思いますが、温かい目で見てくださると嬉しいです。 また書きたい話があれば書こうと思いますが、とりあえずはこの作品を一旦完結にしようと思います。 ご覧頂きありがとうございます。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...