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恋煩い その3
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「おい、要?」
その場に立ち竦む要に聡が訝しげに名を呼ぶ。
聡の呼びかけに気づいた要は、ひと時の間、茉理に強く心を奪われていた事に狼狽える。
頬に手を当てるとほんのり熱を帯びている。
ごくり、と自然に喉が鳴る。
口が乾いて上手く言葉が回らない。
(一体、俺はどうしたんだ……?)
彼女の一挙一動に目が離せない。
ああ、あの優しい笑みを自分だけに向けてくれたら。
あの可憐な声で自分に語りかけてくれたら。
触れたらどんな反応が返ってくる?
あの華奢で壊れそうな肢体を抱きしめたらどんな顔をする…?
どんな顔で俺に絡むか知りたい。
ああ、彼女が欲しい……。
無意識に浮かぶ言葉に、要は心の中で苦笑を漏らす。
(一体、俺は何を考えているんだ?
今日、初めて見た名も知らない女性にこんな感情を示すなんて!
馬鹿げている。
仕事で忙殺している所為で思考がまともに動いていないらしい……。
しかし、綺麗な仕草だ。
綺麗なマナーでワッフルを口に運んでいる。
きっときちんとした家庭で育ったに違いない。
それに本に当てている椿の花を刺繍した繊細なカバー。
既製品ではないな、あれは。
彼女が本用に作ったに違いない。
本を愛おしく見つめる視線がそれを雄弁に物語っている。
目が離せない。
本当に俺はどうしたんだ?
ま、まさか彼女に一目惚れしたって言う訳か?
この年になって初めて味わった感情が、まさか、な。
ふふふ、余りに滑稽過ぎる。
30男が今更、恋に動揺して、感情を持て余すなんて滑稽にも程がある……)
「……、要?」
「…ああ、済まない。
ちょっと考え事に耽っていた」
「立ちながら何考えに耽る?
もしかしてあの席の女性に見とれていたか?」
「…そうかもな。
聡の言う通り、可愛らしい女性だ。
あの、控えめでふわりとした優しい雰囲気がいい……」
考え深げに言う要に聡がくつくとと笑う。
「ふふふ、そういう事か。
まあ、そうゆう事で済ませておこうか。
要、カウンター席が空いている。
何時ものブレンドで構わないか?」
何かを含んだような聡の言葉に、要は苦笑を漏らしながら「ああ」と短く答え、椅子に座る。
丁度、斜め後ろに茉理が座っているボックス席が視界に入る。
目に焼きつく茉理の淡い微笑み。
目を軽く伏せながら本に目を落とす茉理の姿をちらりと振り向き、聡が入れた珈琲を口に含みながら要は熱い瞳で見入っている。
その姿に聡が苦笑を漏らす。
(ああ、思った通り彼女に心を奪われたか……。
さて、今後のこいつの動向が見ものだな。
きっと、彼女を手に入れる為に、あらゆる手段を駆使して実行するに決まっている。
あの目が既にそれを語っている。
あれは恋に身を焦がす男の目だ。
ふふふ、数年前の俺と同じ目をあいつがするとは!
全く、苦い笑いが込みあがってくる。
まるで俺の二の舞ではないか!)
さて、俺はどんな風に動いたらいいのかな…、と聡は考えながら新たなサイフォンで珈琲を沸かす。
こぽこぽと音を立て深い薫りが店中に広がっていく。
うっとりと薫りに酔いしれながら茉理は珈琲を口に含む。
一瞬にして口内に広がる、まろやかですっきりとした味わいに嘆息が漏れる。
「美味しい……」と素直に声を上げる茉理に要は目を細める。
普段の要とは思えない惚けた姿に、聡は諦めに似た感情を持ち始めていた。
(やれやれ。
恋に溺れ始めている男の間抜けな姿ほど耐え難いモノは無いと思っていたが、隣でそれを実演されると何とも言いがたい心境に陥る。
それも、「あの」要が、だ。
感情に捕らわれる事無く、何時も冷静な判断で全てをこなしているこいつが、だ……。
はああ、これは早めに手を打たないと厄介な事になりそうだ。」
隣で洗物をしている祥子に聡が目配せをする。
聡と同じく普段の要とは思えないそぶりに、祥子も笑いを堪えるのに必死だった。
(済まないが、あの席の女性が帰る時、会計をしてくれないか?
さりげなくメンバーズカードの案内を行って、彼女の名前を分かるようにしてくれ)
ぼそぼそと会話する二人は、茉理に見惚れている要には全く聴こえない。
(ええ、私も実はそう考えていたの。
あの、要さんがあんな態度を示すなんて初めてですから、きっと躍起になって彼女を素性を調べ、墜落していくに決まっているわ。
本当に、何、あの情熱的な目。
見ていて気恥ずかしいと言うか、もどかしいと言うか、何とも形容し難いわ)
同時に深いため息が零れる。
想いが通じ合うまで、この姿を見ないといけないのか……。
だが、実際は二人とも数年前の自分達も同じ姿を要に見せ付けていた、と言う考えには至らないらしい。
恋は本当に盲目。
過ぎ去ると実に甘い雰囲気を隠す事無く周りに撒き散らしていたのかと…。
相思相愛の中になり、今はしっとりと愛を深めている聡と祥子は、互いを見つめふっと笑みを零す。
要の恋情が実を結ぶ事を互いが願う。
この親友の「初めての恋」の反応に苦笑しつつ、聡はまた新たなカップに珈琲を注ぎ、そっと要の前に差し出した……。
その場に立ち竦む要に聡が訝しげに名を呼ぶ。
聡の呼びかけに気づいた要は、ひと時の間、茉理に強く心を奪われていた事に狼狽える。
頬に手を当てるとほんのり熱を帯びている。
ごくり、と自然に喉が鳴る。
口が乾いて上手く言葉が回らない。
(一体、俺はどうしたんだ……?)
彼女の一挙一動に目が離せない。
ああ、あの優しい笑みを自分だけに向けてくれたら。
あの可憐な声で自分に語りかけてくれたら。
触れたらどんな反応が返ってくる?
あの華奢で壊れそうな肢体を抱きしめたらどんな顔をする…?
どんな顔で俺に絡むか知りたい。
ああ、彼女が欲しい……。
無意識に浮かぶ言葉に、要は心の中で苦笑を漏らす。
(一体、俺は何を考えているんだ?
今日、初めて見た名も知らない女性にこんな感情を示すなんて!
馬鹿げている。
仕事で忙殺している所為で思考がまともに動いていないらしい……。
しかし、綺麗な仕草だ。
綺麗なマナーでワッフルを口に運んでいる。
きっときちんとした家庭で育ったに違いない。
それに本に当てている椿の花を刺繍した繊細なカバー。
既製品ではないな、あれは。
彼女が本用に作ったに違いない。
本を愛おしく見つめる視線がそれを雄弁に物語っている。
目が離せない。
本当に俺はどうしたんだ?
ま、まさか彼女に一目惚れしたって言う訳か?
この年になって初めて味わった感情が、まさか、な。
ふふふ、余りに滑稽過ぎる。
30男が今更、恋に動揺して、感情を持て余すなんて滑稽にも程がある……)
「……、要?」
「…ああ、済まない。
ちょっと考え事に耽っていた」
「立ちながら何考えに耽る?
もしかしてあの席の女性に見とれていたか?」
「…そうかもな。
聡の言う通り、可愛らしい女性だ。
あの、控えめでふわりとした優しい雰囲気がいい……」
考え深げに言う要に聡がくつくとと笑う。
「ふふふ、そういう事か。
まあ、そうゆう事で済ませておこうか。
要、カウンター席が空いている。
何時ものブレンドで構わないか?」
何かを含んだような聡の言葉に、要は苦笑を漏らしながら「ああ」と短く答え、椅子に座る。
丁度、斜め後ろに茉理が座っているボックス席が視界に入る。
目に焼きつく茉理の淡い微笑み。
目を軽く伏せながら本に目を落とす茉理の姿をちらりと振り向き、聡が入れた珈琲を口に含みながら要は熱い瞳で見入っている。
その姿に聡が苦笑を漏らす。
(ああ、思った通り彼女に心を奪われたか……。
さて、今後のこいつの動向が見ものだな。
きっと、彼女を手に入れる為に、あらゆる手段を駆使して実行するに決まっている。
あの目が既にそれを語っている。
あれは恋に身を焦がす男の目だ。
ふふふ、数年前の俺と同じ目をあいつがするとは!
全く、苦い笑いが込みあがってくる。
まるで俺の二の舞ではないか!)
さて、俺はどんな風に動いたらいいのかな…、と聡は考えながら新たなサイフォンで珈琲を沸かす。
こぽこぽと音を立て深い薫りが店中に広がっていく。
うっとりと薫りに酔いしれながら茉理は珈琲を口に含む。
一瞬にして口内に広がる、まろやかですっきりとした味わいに嘆息が漏れる。
「美味しい……」と素直に声を上げる茉理に要は目を細める。
普段の要とは思えない惚けた姿に、聡は諦めに似た感情を持ち始めていた。
(やれやれ。
恋に溺れ始めている男の間抜けな姿ほど耐え難いモノは無いと思っていたが、隣でそれを実演されると何とも言いがたい心境に陥る。
それも、「あの」要が、だ。
感情に捕らわれる事無く、何時も冷静な判断で全てをこなしているこいつが、だ……。
はああ、これは早めに手を打たないと厄介な事になりそうだ。」
隣で洗物をしている祥子に聡が目配せをする。
聡と同じく普段の要とは思えないそぶりに、祥子も笑いを堪えるのに必死だった。
(済まないが、あの席の女性が帰る時、会計をしてくれないか?
さりげなくメンバーズカードの案内を行って、彼女の名前を分かるようにしてくれ)
ぼそぼそと会話する二人は、茉理に見惚れている要には全く聴こえない。
(ええ、私も実はそう考えていたの。
あの、要さんがあんな態度を示すなんて初めてですから、きっと躍起になって彼女を素性を調べ、墜落していくに決まっているわ。
本当に、何、あの情熱的な目。
見ていて気恥ずかしいと言うか、もどかしいと言うか、何とも形容し難いわ)
同時に深いため息が零れる。
想いが通じ合うまで、この姿を見ないといけないのか……。
だが、実際は二人とも数年前の自分達も同じ姿を要に見せ付けていた、と言う考えには至らないらしい。
恋は本当に盲目。
過ぎ去ると実に甘い雰囲気を隠す事無く周りに撒き散らしていたのかと…。
相思相愛の中になり、今はしっとりと愛を深めている聡と祥子は、互いを見つめふっと笑みを零す。
要の恋情が実を結ぶ事を互いが願う。
この親友の「初めての恋」の反応に苦笑しつつ、聡はまた新たなカップに珈琲を注ぎ、そっと要の前に差し出した……。
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