「貴方に心ときめいて」

華南

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51話

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「マリーベル……」

深く寝入っているマリーベルに視線を注ぎながらジェラルドは、側にあるソファに身体を沈めた。
ふう、と深い溜息が零れる。

(何故、マリーベルがの生まれ変わりなんだ)

運命の皮肉さにジェラルドは苛立ちを隠せない。
普段のジェラルドとは思えない所作は、泰斗本来の気質が表立っていた。

(颯斗の覚醒が招いた結果か、或いは久保紗雪が覚醒しようとしているのか。
何方にせよ全てが動き始めた。
前世での因果が引き寄せているのか?)

久保紗雪を中心に。

「……、ジェラルド様」

侍女が躊躇いがちにジェラルドに声をかける。

「どうした?」

「レイチェル様が、到着されました」

「……、直ぐにここへ案内をしてくれ」

「畏まりました」

(叔母上も突如の事で居ても立っても居られなかったか。
当然の感情だ。
愛娘が倒れたと聞いて駆け付けない母親が何処に居るか……)

前世での常識で考えれば母親とはそう言う存在だと泰斗は思っていた。

現世での一柳泰斗の実母は常に泰斗の事を案じ心を傷めていた。
別れる時には涙を滲ませながら最後まで泰斗を引き取る事に父親との諍いが絶えなかった。

離婚後も泰斗は密かに母と会っていた。
それがいつの間にか会う回数が減り、自然と会わなくなり……。

最後に母親の姿を見たのは……。

ふっと口角が上がる。
自虐的な笑みが自然と湧き上がる。

(らしく無い感傷だな。
今更思い出して何だと言う……。
ふふふ、ああ、それが母親なんだな)

母とは子を誰よりも慈しみ、無償の愛を注ぐもの。
だがこの世界での、特に貴族社会での両親との関係は血統を重んじる傾倒が強い所為か何処か淡々としている。

(生温い親子関係よりはハッキリとしているか。
息子であろうが娘であろうが、家の繁栄に影響を及ぼす存在か、それとも使い道が無いか、ただそれだけ)

母さん……。

前世での母親は離婚して3年後に再婚した。

一柳家に縁の深い相手と。

再婚して新しい家族には、颯斗と、そして……。

「マリーベルっ」

いきなり扉が開き、部屋に入ってくるレイチェルに、ジェラルドの目が一瞬、大きく見開く。

(な、何故、叔母上が……)

一瞬、全ての時間が止まる。

ごくんと喉が鳴る。
やけにリアルに耳元に伝わってくる。
口の中が渇き、言葉がうまく紡げない。

どうして気付かなかった。

幼い頃から常に疑問に思っていた。
レイチェルの己を見つめる瞳の優しさに。
懐かしさと愛おしさを込めた視線に。

何故、自身に向けられる無償の愛に疑問を投じなかった?
何故、レイチェルがジェラルドを実の息子の様に愛しんでくれたのか。
甥に向ける感情とは到底言い難いレイチェルの慈愛。
何時も柔らかく微笑み、ジェラルドに深い愛情を注いでくれた。
娘であるマリーベルと同様に。

カタカタと唇が震える。

(ずっと側にいてくれたのか……)

自然と涙を流していた。
呆然とした姿で涙を流すジェラルドに気付いたレイチェルが、手で口元を覆う。
眦に留めどなく涙が溢れて。

「ああ、

感極まるレイチェルの言葉に、ジェラルドはゆっくりと歩行を進める。

「ジェラルド、いいえ。
泰斗……」

「……、母さん」

「ああ、やっと貴方に名乗る事が出来た……」

涙を滲ませジェラルドを抱き締める。
前世とは違う姿。

実の叔母と甥という関係。

だが、今の2人は……。

「母さん」

「泰斗、ずっと、私は貴方を案じていたの。
いつ、記憶が覚醒するのか。
貴方が覚醒すれば颯斗も自然と覚醒する。
貴方達は双子だから……。

そして、マリーベルも」

「……」

「見守っていたわ。
マリーベルが前世の記憶を取り戻さない様に、ずっと見守っていた。
出来れば前世を思い出して欲しくは無かった。
前世の記憶はあの娘を苦しめる事になるから……」

「……」

「だけど運命は変える事は出来ない。
動き始めたの。
あの子も、紗雪ちゃんも覚醒しようとしているわ。
颯斗が覚醒し、そして祥吾さんも紗雪ちゃんとの会合を果たした……」

「久保紗雪を中心に目覚め出したと言うのか」

「ええ。
だから、泰斗」

「……、今度こそ同じ過ちを繰返なさい為に」

「ええ」

ふと、2人の会話が途切れる。

穏やかな吐息を零していたマリーベルが、急に魘される。

「い、いや、絶対にいやっ……」

「ま、マリーベルっ」

「ああ、駄目。
絶対に駄目……。
あの女には絶対に、渡さないっ!」

「……」

「あの人は私のモノよ……。
私の方がずっと愛していた」

頬に涙が伝っている。
無意識に涙を流し叫んでいるマリーベルを、ジェラルドとレイチェルは暗澹とした思いでマリーベルを見つめていたい。
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