72 / 73
51話
しおりを挟む
「マリーベル……」
深く寝入っているマリーベルに視線を注ぎながらジェラルドは、側にあるソファに身体を沈めた。
ふう、と深い溜息が零れる。
(何故、マリーベルがあの女の生まれ変わりなんだ)
運命の皮肉さにジェラルドは苛立ちを隠せない。
普段のジェラルドとは思えない所作は、泰斗本来の気質が表立っていた。
(颯斗の覚醒が招いた結果か、或いは久保紗雪が覚醒しようとしているのか。
何方にせよ全てが動き始めた。
前世での因果が引き寄せているのか?)
久保紗雪を中心に。
「……、ジェラルド様」
侍女が躊躇いがちにジェラルドに声をかける。
「どうした?」
「レイチェル様が、到着されました」
「……、直ぐにここへ案内をしてくれ」
「畏まりました」
(叔母上も突如の事で居ても立っても居られなかったか。
当然の感情だ。
愛娘が倒れたと聞いて駆け付けない母親が何処に居るか……)
前世での常識で考えれば母親とはそう言う存在だと泰斗は思っていた。
現世での一柳泰斗の実母は常に泰斗の事を案じ心を傷めていた。
別れる時には涙を滲ませながら最後まで泰斗を引き取る事に父親との諍いが絶えなかった。
離婚後も泰斗は密かに母と会っていた。
それがいつの間にか会う回数が減り、自然と会わなくなり……。
最後に母親の姿を見たのは……。
ふっと口角が上がる。
自虐的な笑みが自然と湧き上がる。
(らしく無い感傷だな。
今更思い出して何だと言う……。
ふふふ、ああ、それが母親なんだな)
母とは子を誰よりも慈しみ、無償の愛を注ぐもの。
だがこの世界での、特に貴族社会での両親との関係は血統を重んじる傾倒が強い所為か何処か淡々としている。
(生温い親子関係よりはハッキリとしているか。
息子であろうが娘であろうが、家の繁栄に影響を及ぼす存在か、それとも使い道が無いか、ただそれだけ)
母さん……。
前世での母親は離婚して3年後に再婚した。
一柳家に縁の深い相手と。
再婚して新しい家族には、颯斗と、そして……。
「マリーベルっ」
いきなり扉が開き、部屋に入ってくるレイチェルに、ジェラルドの目が一瞬、大きく見開く。
(な、何故、叔母上が……)
一瞬、全ての時間が止まる。
ごくんと喉が鳴る。
やけにリアルに耳元に伝わってくる。
口の中が渇き、言葉がうまく紡げない。
どうして気付かなかった。
幼い頃から常に疑問に思っていた。
レイチェルの己を見つめる瞳の優しさに。
懐かしさと愛おしさを込めた視線に。
何故、自身に向けられる無償の愛に疑問を投じなかった?
何故、レイチェルがジェラルドを実の息子の様に愛しんでくれたのか。
甥に向ける感情とは到底言い難いレイチェルの慈愛。
何時も柔らかく微笑み、ジェラルドに深い愛情を注いでくれた。
娘であるマリーベルと同様に。
カタカタと唇が震える。
(ずっと側にいてくれたのか……)
自然と涙を流していた。
呆然とした姿で涙を流すジェラルドに気付いたレイチェルが、手で口元を覆う。
眦に留めどなく涙が溢れて。
「ああ、やっと気付いたのね」
感極まるレイチェルの言葉に、ジェラルドはゆっくりと歩行を進める。
「ジェラルド、いいえ。
泰斗……」
「……、母さん」
「ああ、やっと貴方に名乗る事が出来た……」
涙を滲ませジェラルドを抱き締める。
前世とは違う姿。
実の叔母と甥という関係。
だが、今の2人は……。
「母さん」
「泰斗、ずっと、私は貴方を案じていたの。
いつ、記憶が覚醒するのか。
貴方が覚醒すれば颯斗も自然と覚醒する。
貴方達は双子だから……。
そして、マリーベルも」
「……」
「見守っていたわ。
マリーベルが前世の記憶を取り戻さない様に、ずっと見守っていた。
出来れば前世を思い出して欲しくは無かった。
前世の記憶はあの娘を苦しめる事になるから……」
「……」
「だけど運命は変える事は出来ない。
動き始めたの。
あの子も、紗雪ちゃんも覚醒しようとしているわ。
颯斗が覚醒し、そして祥吾さんも紗雪ちゃんとの会合を果たした……」
「久保紗雪を中心に目覚め出したと言うのか」
「ええ。
だから、泰斗」
「……、今度こそ同じ過ちを繰返なさい為に」
「ええ」
ふと、2人の会話が途切れる。
穏やかな吐息を零していたマリーベルが、急に魘される。
「い、いや、絶対にいやっ……」
「ま、マリーベルっ」
「ああ、駄目。
絶対に駄目……。
あの女には絶対に、渡さないっ!」
「……」
「あの人は私のモノよ……。
私の方がずっと愛していた」
頬に涙が伝っている。
無意識に涙を流し叫んでいるマリーベルを、ジェラルドとレイチェルは暗澹とした思いでマリーベルを見つめていたい。
深く寝入っているマリーベルに視線を注ぎながらジェラルドは、側にあるソファに身体を沈めた。
ふう、と深い溜息が零れる。
(何故、マリーベルがあの女の生まれ変わりなんだ)
運命の皮肉さにジェラルドは苛立ちを隠せない。
普段のジェラルドとは思えない所作は、泰斗本来の気質が表立っていた。
(颯斗の覚醒が招いた結果か、或いは久保紗雪が覚醒しようとしているのか。
何方にせよ全てが動き始めた。
前世での因果が引き寄せているのか?)
久保紗雪を中心に。
「……、ジェラルド様」
侍女が躊躇いがちにジェラルドに声をかける。
「どうした?」
「レイチェル様が、到着されました」
「……、直ぐにここへ案内をしてくれ」
「畏まりました」
(叔母上も突如の事で居ても立っても居られなかったか。
当然の感情だ。
愛娘が倒れたと聞いて駆け付けない母親が何処に居るか……)
前世での常識で考えれば母親とはそう言う存在だと泰斗は思っていた。
現世での一柳泰斗の実母は常に泰斗の事を案じ心を傷めていた。
別れる時には涙を滲ませながら最後まで泰斗を引き取る事に父親との諍いが絶えなかった。
離婚後も泰斗は密かに母と会っていた。
それがいつの間にか会う回数が減り、自然と会わなくなり……。
最後に母親の姿を見たのは……。
ふっと口角が上がる。
自虐的な笑みが自然と湧き上がる。
(らしく無い感傷だな。
今更思い出して何だと言う……。
ふふふ、ああ、それが母親なんだな)
母とは子を誰よりも慈しみ、無償の愛を注ぐもの。
だがこの世界での、特に貴族社会での両親との関係は血統を重んじる傾倒が強い所為か何処か淡々としている。
(生温い親子関係よりはハッキリとしているか。
息子であろうが娘であろうが、家の繁栄に影響を及ぼす存在か、それとも使い道が無いか、ただそれだけ)
母さん……。
前世での母親は離婚して3年後に再婚した。
一柳家に縁の深い相手と。
再婚して新しい家族には、颯斗と、そして……。
「マリーベルっ」
いきなり扉が開き、部屋に入ってくるレイチェルに、ジェラルドの目が一瞬、大きく見開く。
(な、何故、叔母上が……)
一瞬、全ての時間が止まる。
ごくんと喉が鳴る。
やけにリアルに耳元に伝わってくる。
口の中が渇き、言葉がうまく紡げない。
どうして気付かなかった。
幼い頃から常に疑問に思っていた。
レイチェルの己を見つめる瞳の優しさに。
懐かしさと愛おしさを込めた視線に。
何故、自身に向けられる無償の愛に疑問を投じなかった?
何故、レイチェルがジェラルドを実の息子の様に愛しんでくれたのか。
甥に向ける感情とは到底言い難いレイチェルの慈愛。
何時も柔らかく微笑み、ジェラルドに深い愛情を注いでくれた。
娘であるマリーベルと同様に。
カタカタと唇が震える。
(ずっと側にいてくれたのか……)
自然と涙を流していた。
呆然とした姿で涙を流すジェラルドに気付いたレイチェルが、手で口元を覆う。
眦に留めどなく涙が溢れて。
「ああ、やっと気付いたのね」
感極まるレイチェルの言葉に、ジェラルドはゆっくりと歩行を進める。
「ジェラルド、いいえ。
泰斗……」
「……、母さん」
「ああ、やっと貴方に名乗る事が出来た……」
涙を滲ませジェラルドを抱き締める。
前世とは違う姿。
実の叔母と甥という関係。
だが、今の2人は……。
「母さん」
「泰斗、ずっと、私は貴方を案じていたの。
いつ、記憶が覚醒するのか。
貴方が覚醒すれば颯斗も自然と覚醒する。
貴方達は双子だから……。
そして、マリーベルも」
「……」
「見守っていたわ。
マリーベルが前世の記憶を取り戻さない様に、ずっと見守っていた。
出来れば前世を思い出して欲しくは無かった。
前世の記憶はあの娘を苦しめる事になるから……」
「……」
「だけど運命は変える事は出来ない。
動き始めたの。
あの子も、紗雪ちゃんも覚醒しようとしているわ。
颯斗が覚醒し、そして祥吾さんも紗雪ちゃんとの会合を果たした……」
「久保紗雪を中心に目覚め出したと言うのか」
「ええ。
だから、泰斗」
「……、今度こそ同じ過ちを繰返なさい為に」
「ええ」
ふと、2人の会話が途切れる。
穏やかな吐息を零していたマリーベルが、急に魘される。
「い、いや、絶対にいやっ……」
「ま、マリーベルっ」
「ああ、駄目。
絶対に駄目……。
あの女には絶対に、渡さないっ!」
「……」
「あの人は私のモノよ……。
私の方がずっと愛していた」
頬に涙が伝っている。
無意識に涙を流し叫んでいるマリーベルを、ジェラルドとレイチェルは暗澹とした思いでマリーベルを見つめていたい。
0
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
完全無欠なライバル令嬢に転生できたので男を手玉に取りたいと思います
藍原美音
恋愛
ルリアーノ・アルランデはある日、自分が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界に転生していると気付いた。しかしルリアーノはヒロインではなくライバル令嬢だ。ストーリーがたとえハッピーエンドになろうがバッドエンドになろうがルリアーノは断罪エンドを迎えることになっている。
「まあ、そんなことはどうでもいいわ」
しかし普通だったら断罪エンドを回避しようと奮闘するところだが、退屈だった人生に辟易していたルリアーノはとある面白いことを思い付く。
「折角絶世の美女に転生できたことだし、思いっきり楽しんでもいいわよね? とりあえず攻略対象達でも手玉に取ってみようかしら」
そして最後は華麗に散ってみせる──と思っていたルリアーノだが、いつまで経っても断罪される気配がない。
それどころか段々攻略対象達の愛がエスカレートしていって──。
「待って、ここまでは望んでない!!」
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
男女比がおかしい世界にオタクが放り込まれました
かたつむり
恋愛
主人公の本条 まつりはある日目覚めたら男女比が40:1の世界に転生してしまっていた。
「日本」とは似てるようで違う世界。なんてったって私の推しキャラが存在してない。生きていけるのか????私。無理じゃね?
周りの溺愛具合にちょっぴり引きつつ、なんだかんだで楽しく過ごしたが、高校に入学するとそこには前世の推しキャラそっくりの男の子。まじかよやったぜ。
※この作品の人物および設定は完全フィクションです
※特に内容に影響が無ければサイレント編集しています。
※一応短編にはしていますがノープランなのでどうなるかわかりません。(2021/8/16 長編に変更しました。)
※処女作ですのでご指摘等頂けると幸いです。
※作者の好みで出来ておりますのでご都合展開しかないと思われます。ご了承下さい。
悪役令嬢なのに王子の慰み者になってしまい、断罪が行われません
青の雀
恋愛
公爵令嬢エリーゼは、王立学園の3年生、あるとき不注意からか階段から転落してしまい、前世やりこんでいた乙女ゲームの中に転生してしまったことに気づく
でも、実際はヒロインから突き落とされてしまったのだ。その現場をたまたま見ていた婚約者の王子から溺愛されるようになり、ついにはカラダの関係にまで発展してしまう
この乙女ゲームは、悪役令嬢はバッドエンドの道しかなく、最後は必ずギロチンで絶命するのだが、王子様の慰み者になってから、どんどんストーリーが変わっていくのは、いいことなはずなのに、エリーゼは、いつか処刑される運命だと諦めて……、その表情が王子の心を煽り、王子はますますエリーゼに執着して、溺愛していく
そしてなぜかヒロインも姿を消していく
ほとんどエッチシーンばかりになるかも?
女性の少ない異世界に生まれ変わったら
Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。
目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!?
なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!!
ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!!
そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!?
これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる