「貴方に心ときめいて」

華南

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49話

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「ジェラルドお兄様」

自分の名を呼ぶ少女にジェラルドは、一瞬、目を細める。

「マリーベル」

「先程から何度も名を呼んでもお兄様ったら上の空だから。
珍しく考え込んでいたから、何かあったのか心配になって」

心配げに自分を気遣うマリーベルに、ジェラルドは笑みを深くする。
可愛いマリーベル。
生前、妹が居なかった泰斗にとってマリーベルは従兄弟で有りながら、実の妹の様に可愛がっていた。

マリーベルもまた、先妻の息子であるクラウスよりもジェラルドを実の兄の様に慕っていた。
華やかな美貌で目を奪うマリーベル。

社交界デビューを果たしたら、一番、注目を集めるのはマリーベルだとジェラルドは信じて疑っていない。

いや、もしかしら……。

マリーベルとはまた違う性質を持つ可憐で清楚な雰囲気を纏うエレーヌも貴公子達の心を奪うので無いだろうかと内心、ジェラルドは穏やかでは無い。
ふと浮かんだ言葉に気持ちが揺らぐ。

(馬鹿な、俺とした事が……)

らしくも無い感情に苦笑が漏れる。

前世での縁で繋がれた存在。
ただそれだけ。
颯斗の様に、そして保科祥吾の様に激しい感情では、無い。
だが、漣の如く心に波紋が広がる。
まだ一度も会合を果たしては居ない。
今世での久保紗雪に。

正直、生前の気持ちの燻りに泰斗は心を持て余していた。
ジェラルドとして、この世界に転生した時に、泰斗は前世と完全に決別した。
この世に転生した時点で己はジェラルドであって、一柳泰斗では無いと。
ジェラルドとしての人生を受け入れた泰斗は既に前世の泰斗では無かった。

双子の弟である颯斗に対する激しい嫉妬と憎しみと、そして憐憫を抱く事は無かった。
既に過去の遺物だと前世を思い出してもブレる事は無かった。
最早、ジェラルドである己がここで生きる全てだと泰斗は思った。

(颯斗……)

生前の颯斗を思い出す。

一人の女に人生を狂わせ身の破滅を招いた。
心穏やかで理知的な颯斗の、性格を覆す程の激情に泰斗は身震いをした。
粗野で荒々しい己とは対極だと両親には思われていた。

だが、本来の颯斗は……。

(お前は何処までも貪欲な迄に久保紗雪を愛した。
俺にはお前のその、禍々しい迄の愛が恐ろしかった……)

そして、そんなお前が心底羨ましいとは思っていたとは……。

「エレーヌ、か……」

久保紗雪の前世の名前。
今の俺が求めれば、多分、結ばれる事が出来る。
そう、久保紗雪が俺を、ジェラルドを望めば……。

そこにジェラルドとしての感情は如何だろうか?
未だに燻っている一柳泰斗としての感情だろうか?

それともジェラルド・アルバンとして、エレーヌ・グーベルトを求めるのだろうか?

恋情としてか。

「もう、ジェラルドお兄様ったら、さっきから顰めっ面をして。
何をそんなに思い悩んでいるの?
あら、お兄様。
もしかして、意中の女性の事でも考えていたのかしら?」

くすくすと可笑しそうに笑うマリーベルの意味ありげな視線に、ジェラルドは訝しげにマリーベルを見詰める。
何をどう考えてそう言う思考に至ったのか、皆目検討がつかない。

「どうしてそんな風に思う?」

ジェラルドの問いにマリーベルは笑いを収める事なく、ジェラルドに言う。

「だってお兄様の表情が私と同じだから」

頬を染めながらジェラルドに伝える。

「マリーベル」

「私がルーファン様に注ぐ視線と同じだとお母様が言っていたの。
最初、何故お兄様が?と一瞬、考え込んで、でも、よくよくお兄様の表情を見たら心ここに在らずで、溜息を吐いて。
ぼんやりと考え込んでいると思えば、ふとした表情が、とても優しくて……」

「……」

「ああ、お兄様にも心を奪われる女性が居るのねと少し寂しい感情に陥って。
お兄様も私だけのお兄様では無いのねと思ったら、相手の女性に少し嫉妬してしまって」

「おいおい、マリーベル、それは」

「お兄様も意外に鈍感なのね。
ご自身がどんな表情をしているのか、気付かないなんて」

「……」

「お兄様は恋をしているの。
私と同じく、お兄様にも恋焦がれる方がいらっしゃるのよ」

「……」

「私、お兄様の恋を応援したいの。
だから、誰なの?
お兄様の意中の女性は?」

ずんずんとマリーベルに追い詰められて、珍しくジェラルドは言葉を失ってしまう。

(俺が恋をしている?
一柳泰斗では無く、ジェラルドとして恋を……)

まだ見ぬエレーヌに。

いや違う。

俺はずっと恋をしていたのか?
久保紗雪に……。

マリーベルの言葉にジェラルドは動揺を抑える事が出来ない。

(俺は……)

戸惑いながらも俺に微笑んで、お菓子のお礼を告げた紗雪。
野暮ったい女の、澄んだ目が眩しくて。

ああ、俺はずっとこの視線が欲しかった。
こんな風に打算で近付く女達とは違う、純粋な気持ちがずっと欲しかった。

俺は恋に落ちていた。
既に、俺は久保紗雪に心を奪われていたんだ。
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