「貴方に心ときめいて」

華南

文字の大きさ
上 下
68 / 73

閑話21

しおりを挟む
君を知ったのはいつだろう?

子供の頃、母親に連れられて行った家に君が居て。
俺よりも4歳年下の女の子。
一人で絵本を見ていたら、ふと、俺に気付いて、てくてくと近付いて来た。

「ねえ、にーたん。
さゆに絵本を読んでっ!」

元気一杯に俺に伝える。
にこっと満面の笑みを浮かべながら。

(うわああ、この子凄く可愛い)

年齢は3、4歳位。
くるくる変わる愛くるしい表情に目が離せない。
いつの間にか捕らわれていた。
心ごと紗雪に。

多分、あれが俺の初恋。
初めての恋を知った相手が久保紗雪と言う女性であった。

***

(あれから彼女の居場所が不明となっている)

「紗雪ちゃん……」

俺の事なんてきっと憶えていない。
子供の頃、人見知りの激しい泰斗は行く事を拒んでいたが、俺はあの日、紗雪と出会った日から母親と久保家に行く事を心秘かに楽しみとしていた。

行くと必ず笑顔で紗雪は俺を迎えてくれる。
女の兄弟がいなかった俺には紗雪は新鮮で。

いや、違う。
彼女と一緒に遊んだり会話する事が単純に嬉しかった。
異性と意識する前の、小さな想い。
見ているだけで癒される。
そんな存在がいるとは知らなかった。

(何でこんなに可愛いんだろう)

無条件に愛情を捧げたくなる。
ずっとこの笑顔を見ていたい。

はやとにーたん、と言われる度に心が擽ったくて。
真っ赤になりながら相手をする俺を母親同士は目配せして微笑んでいる。

(きっと俺が紗雪ちゃんに夢中だって気付いている。
は、恥ずかしい……)

「紗雪は本当に颯斗君が好きなのね」

揶揄う様に言う紗雪の母親の言葉に、俺は声が詰まってしまう。
恥ずかしさの余り、どう言えば良いのか動転してしまって。
普段の俺とは思えない狼狽えぶり。
だからつい、言ってしまった。

「大きくなったら紗雪ちゃんと結婚していい?」

俺の突然の発言に母親同士は同時に顔を見合わせて噴き出してしまう。
真っ赤になって言う俺が面白かったのか、くすくす笑い出す始末。

そんな俺達のやりとりを紗雪はキョトンとして見ていた。

「紗雪は颯斗君の事、好き?」

紗雪の母親の急な問いに、俺はびくんと身体を硬直させてしまう。

(な、なんて事を急に言い出すんだっ!)

ああ、穴があったら入りたい、そんな心境の俺が可笑しいのか、母はコロコロと笑いを収める事が出来ない。

(ああ、きっと泰斗が知れば俺を馬鹿にするな、きっと。
何をトチ狂った事を言っていると。
いや、もしかしたら泰斗も紗雪ちゃんに夢中になるかも知れない。
こんな可愛い女の子、泰斗だって知らない筈だ、それに)

俺達、双子は性格こそ正反対だが、女の好みは一緒だった。
泰斗は気付いていないが……。

はっと、今の状況に戻り紗雪の言葉をドキドキしながら待ち望んでいた。
多分、嫌われてはいない。
好かれていると思う。
それは確信できるが。

「うん、さゆ、はやとにーたんの事、しゅき。
きらきらした王子しゃまにーたんと同じ位」

「王子様?にーたん?」

「うん、公園でのさゆのお友達。
さゆのおーじしゃまなの」

「……」

紗雪の衝撃的な発言に暫し言葉を失ってしまった。
俺以外に紗雪の心を揺さぶっている存在がいる。
それも王子様ときた。

「あらあら、颯斗たら顔が真っ青よ」

紗雪の言葉に動揺している俺を紗雪の母親共々、苦笑を漏らしている。
既に恋敵が存在している。
それも王子様の様な男と紗雪は言っている。
これは中々手強いライバルだと、キリキリした感情が心を覆う。

(ああ、なんか頭に血が上っている。
クラクラしそうだ)

前途多難の恋の始まりよねと密やかれているとは気付きもせず、俺は悶々と悩んでいた。

こんな他愛も無い、幼い頃の出来事。
幸せだった日々。
初恋の甘い感傷を初めて知ったあの日々がどれ程、自分にとって大切だったか。

だが、幸せが一瞬にして砕かれてしまった。
父親の事業が傾き始めた事がきっかけで、悲劇が起こった。

緩やかに、だがはっきりとしたカタチで、浮かび上がった時には既に遅く。

家庭が緩やかに破綻へと向かっていた事に、俺は気付いていなかった。
そして紗雪との決別が迫っていた事に。

幼い俺は知る由も無かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない

高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。 王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。 最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。 あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……! 積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ! ※王太子の愛が重いです。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

18禁の乙女ゲームの悪役令嬢~恋愛フラグより抱かれるフラグが上ってどう言うことなの?

KUMA
恋愛
※最初王子とのHAPPY ENDの予定でしたが義兄弟達との快楽ENDに変更しました。※ ある日前世の記憶があるローズマリアはここが異世界ではない姉の中毒症とも言える2次元乙女ゲームの世界だと気付く。 しかも18禁のかなり高い確率で、エッチなフラグがたつと姉から嫌って程聞かされていた。 でもローズマリアは安心していた、攻略キャラクターは皆ヒロインのマリアンヌと肉体関係になると。 ローズマリアは婚約解消しようと…だが前世のローズマリアは天然タラシ(本人知らない) 攻略キャラは婚約者の王子 宰相の息子(執事に変装) 義兄(再婚)二人の騎士 実の弟(新ルートキャラ) 姉は乙女ゲーム(18禁)そしてローズマリアはBL(18禁)が好き過ぎる腐女子の処女男の子と恋愛よりBLのエッチを見るのが好きだから。 正直あんまり覚えていない、ローズマリアは婚約者意外の攻略キャラは知らずそこまで警戒しずに接した所新ルートを発掘!(婚約の顔はかろうじて) 悪役令嬢淫乱ルートになるとは知らない…

男女比がおかしい世界にオタクが放り込まれました

かたつむり
恋愛
主人公の本条 まつりはある日目覚めたら男女比が40:1の世界に転生してしまっていた。 「日本」とは似てるようで違う世界。なんてったって私の推しキャラが存在してない。生きていけるのか????私。無理じゃね? 周りの溺愛具合にちょっぴり引きつつ、なんだかんだで楽しく過ごしたが、高校に入学するとそこには前世の推しキャラそっくりの男の子。まじかよやったぜ。 ※この作品の人物および設定は完全フィクションです ※特に内容に影響が無ければサイレント編集しています。 ※一応短編にはしていますがノープランなのでどうなるかわかりません。(2021/8/16 長編に変更しました。) ※処女作ですのでご指摘等頂けると幸いです。 ※作者の好みで出来ておりますのでご都合展開しかないと思われます。ご了承下さい。

【完結】ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?

三月よる
恋愛
14歳の誕生日、ピフラは自分が乙女ゲーム「LOVE/HEART(ラブハート)」通称「ラブハ」の悪役である事に気がついた。シナリオ通りなら、ピフラは義弟ガルムの心を病ませ、ヤンデレ化した彼に殺されてしまう運命。生き残りのため、ピフラはガルムのヤンデレ化を防止すべく、彼を手塩にかけて育てる事を決意する。その後、メイドに命を狙われる事件がありながらも、良好な関係を築いてきた2人。 そして10年後。シスコンに育ったガルムに、ピフラは婚活を邪魔されていた。姉離れのためにガルムを結婚させようと、ピフラは相手のヒロインを探すことに。そんなある日、ピフラは謎の美丈夫ウォラクに出会った。彼はガルムと同じ赤い瞳をしていた。そこで「赤目」と「悪魔と黒魔法士」の秘密の相関関係を聞かされる。その秘密が過去のメイド事件と重なり、ピフラはガルムに疑心を抱き始めた。一方、ピフラを監視していたガルムは自分以外の赤目と接触したピフラを監禁して──?

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

処理中です...