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閑話21
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君を知ったのはいつだろう?
子供の頃、母親に連れられて行った家に君が居て。
俺よりも4歳年下の女の子。
一人で絵本を見ていたら、ふと、俺に気付いて、てくてくと近付いて来た。
「ねえ、にーたん。
さゆに絵本を読んでっ!」
元気一杯に俺に伝える。
にこっと満面の笑みを浮かべながら。
(うわああ、この子凄く可愛い)
年齢は3、4歳位。
くるくる変わる愛くるしい表情に目が離せない。
いつの間にか捕らわれていた。
心ごと紗雪に。
多分、あれが俺の初恋。
初めての恋を知った相手が久保紗雪と言う女性であった。
***
(あれから彼女の居場所が不明となっている)
「紗雪ちゃん……」
俺の事なんてきっと憶えていない。
子供の頃、人見知りの激しい泰斗は行く事を拒んでいたが、俺はあの日、紗雪と出会った日から母親と久保家に行く事を心秘かに楽しみとしていた。
行くと必ず笑顔で紗雪は俺を迎えてくれる。
女の兄弟がいなかった俺には紗雪は新鮮で。
いや、違う。
彼女と一緒に遊んだり会話する事が単純に嬉しかった。
異性と意識する前の、小さな想い。
見ているだけで癒される。
そんな存在がいるとは知らなかった。
(何でこんなに可愛いんだろう)
無条件に愛情を捧げたくなる。
ずっとこの笑顔を見ていたい。
はやとにーたん、と言われる度に心が擽ったくて。
真っ赤になりながら相手をする俺を母親同士は目配せして微笑んでいる。
(きっと俺が紗雪ちゃんに夢中だって気付いている。
は、恥ずかしい……)
「紗雪は本当に颯斗君が好きなのね」
揶揄う様に言う紗雪の母親の言葉に、俺は声が詰まってしまう。
恥ずかしさの余り、どう言えば良いのか動転してしまって。
普段の俺とは思えない狼狽えぶり。
だからつい、言ってしまった。
「大きくなったら紗雪ちゃんと結婚していい?」
俺の突然の発言に母親同士は同時に顔を見合わせて噴き出してしまう。
真っ赤になって言う俺が面白かったのか、くすくす笑い出す始末。
そんな俺達のやりとりを紗雪はキョトンとして見ていた。
「紗雪は颯斗君の事、好き?」
紗雪の母親の急な問いに、俺はびくんと身体を硬直させてしまう。
(な、なんて事を急に言い出すんだっ!)
ああ、穴があったら入りたい、そんな心境の俺が可笑しいのか、母はコロコロと笑いを収める事が出来ない。
(ああ、きっと泰斗が知れば俺を馬鹿にするな、きっと。
何をトチ狂った事を言っていると。
いや、もしかしたら泰斗も紗雪ちゃんに夢中になるかも知れない。
こんな可愛い女の子、泰斗だって知らない筈だ、それに)
俺達、双子は性格こそ正反対だが、女の好みは一緒だった。
泰斗は気付いていないが……。
はっと、今の状況に戻り紗雪の言葉をドキドキしながら待ち望んでいた。
多分、嫌われてはいない。
好かれていると思う。
それは確信できるが。
「うん、さゆ、はやとにーたんの事、しゅき。
きらきらした王子しゃまにーたんと同じ位」
「王子様?にーたん?」
「うん、公園でのさゆのお友達。
さゆのおーじしゃまなの」
「……」
紗雪の衝撃的な発言に暫し言葉を失ってしまった。
俺以外に紗雪の心を揺さぶっている存在がいる。
それも王子様ときた。
「あらあら、颯斗たら顔が真っ青よ」
紗雪の言葉に動揺している俺を紗雪の母親共々、苦笑を漏らしている。
既に恋敵が存在している。
それも王子様の様な男と紗雪は言っている。
これは中々手強いライバルだと、キリキリした感情が心を覆う。
(ああ、なんか頭に血が上っている。
クラクラしそうだ)
前途多難の恋の始まりよねと密やかれているとは気付きもせず、俺は悶々と悩んでいた。
こんな他愛も無い、幼い頃の出来事。
幸せだった日々。
初恋の甘い感傷を初めて知ったあの日々がどれ程、自分にとって大切だったか。
だが、幸せが一瞬にして砕かれてしまった。
父親の事業が傾き始めた事がきっかけで、悲劇が起こった。
緩やかに、だがはっきりとしたカタチで、浮かび上がった時には既に遅く。
家庭が緩やかに破綻へと向かっていた事に、俺は気付いていなかった。
そして紗雪との決別が迫っていた事に。
幼い俺は知る由も無かった。
子供の頃、母親に連れられて行った家に君が居て。
俺よりも4歳年下の女の子。
一人で絵本を見ていたら、ふと、俺に気付いて、てくてくと近付いて来た。
「ねえ、にーたん。
さゆに絵本を読んでっ!」
元気一杯に俺に伝える。
にこっと満面の笑みを浮かべながら。
(うわああ、この子凄く可愛い)
年齢は3、4歳位。
くるくる変わる愛くるしい表情に目が離せない。
いつの間にか捕らわれていた。
心ごと紗雪に。
多分、あれが俺の初恋。
初めての恋を知った相手が久保紗雪と言う女性であった。
***
(あれから彼女の居場所が不明となっている)
「紗雪ちゃん……」
俺の事なんてきっと憶えていない。
子供の頃、人見知りの激しい泰斗は行く事を拒んでいたが、俺はあの日、紗雪と出会った日から母親と久保家に行く事を心秘かに楽しみとしていた。
行くと必ず笑顔で紗雪は俺を迎えてくれる。
女の兄弟がいなかった俺には紗雪は新鮮で。
いや、違う。
彼女と一緒に遊んだり会話する事が単純に嬉しかった。
異性と意識する前の、小さな想い。
見ているだけで癒される。
そんな存在がいるとは知らなかった。
(何でこんなに可愛いんだろう)
無条件に愛情を捧げたくなる。
ずっとこの笑顔を見ていたい。
はやとにーたん、と言われる度に心が擽ったくて。
真っ赤になりながら相手をする俺を母親同士は目配せして微笑んでいる。
(きっと俺が紗雪ちゃんに夢中だって気付いている。
は、恥ずかしい……)
「紗雪は本当に颯斗君が好きなのね」
揶揄う様に言う紗雪の母親の言葉に、俺は声が詰まってしまう。
恥ずかしさの余り、どう言えば良いのか動転してしまって。
普段の俺とは思えない狼狽えぶり。
だからつい、言ってしまった。
「大きくなったら紗雪ちゃんと結婚していい?」
俺の突然の発言に母親同士は同時に顔を見合わせて噴き出してしまう。
真っ赤になって言う俺が面白かったのか、くすくす笑い出す始末。
そんな俺達のやりとりを紗雪はキョトンとして見ていた。
「紗雪は颯斗君の事、好き?」
紗雪の母親の急な問いに、俺はびくんと身体を硬直させてしまう。
(な、なんて事を急に言い出すんだっ!)
ああ、穴があったら入りたい、そんな心境の俺が可笑しいのか、母はコロコロと笑いを収める事が出来ない。
(ああ、きっと泰斗が知れば俺を馬鹿にするな、きっと。
何をトチ狂った事を言っていると。
いや、もしかしたら泰斗も紗雪ちゃんに夢中になるかも知れない。
こんな可愛い女の子、泰斗だって知らない筈だ、それに)
俺達、双子は性格こそ正反対だが、女の好みは一緒だった。
泰斗は気付いていないが……。
はっと、今の状況に戻り紗雪の言葉をドキドキしながら待ち望んでいた。
多分、嫌われてはいない。
好かれていると思う。
それは確信できるが。
「うん、さゆ、はやとにーたんの事、しゅき。
きらきらした王子しゃまにーたんと同じ位」
「王子様?にーたん?」
「うん、公園でのさゆのお友達。
さゆのおーじしゃまなの」
「……」
紗雪の衝撃的な発言に暫し言葉を失ってしまった。
俺以外に紗雪の心を揺さぶっている存在がいる。
それも王子様ときた。
「あらあら、颯斗たら顔が真っ青よ」
紗雪の言葉に動揺している俺を紗雪の母親共々、苦笑を漏らしている。
既に恋敵が存在している。
それも王子様の様な男と紗雪は言っている。
これは中々手強いライバルだと、キリキリした感情が心を覆う。
(ああ、なんか頭に血が上っている。
クラクラしそうだ)
前途多難の恋の始まりよねと密やかれているとは気付きもせず、俺は悶々と悩んでいた。
こんな他愛も無い、幼い頃の出来事。
幸せだった日々。
初恋の甘い感傷を初めて知ったあの日々がどれ程、自分にとって大切だったか。
だが、幸せが一瞬にして砕かれてしまった。
父親の事業が傾き始めた事がきっかけで、悲劇が起こった。
緩やかに、だがはっきりとしたカタチで、浮かび上がった時には既に遅く。
家庭が緩やかに破綻へと向かっていた事に、俺は気付いていなかった。
そして紗雪との決別が迫っていた事に。
幼い俺は知る由も無かった。
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