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47話
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「馬鹿な男だ」
オリバーの急な訪問を予測していたジェラルドは自然と口角を上げていた。
自分の名前を告げれば即座に己の前に姿を現すとは。
それ程、あの女を愛しているのか。
久保紗雪を。
(颯斗、いや、オリバー・グーベルト。
前世の繋がりが導いた再会か……)
皮肉なものだ。
未だに前世での繋がりが断ち切れない……。
***
生前は弟の、颯斗の存在を厭うていた。
幼い頃からずっと比較されていた。
出来の良い颯斗と。
両親があの事件を境に離婚し、父親が望んでいたのは自分では無く、颯斗であった。
双子で有りながら、全てに於いて弟の颯斗は兄である泰斗よりも優秀だった。
勉強もスポーツもそしてクラスでの人気も……。
穏やかで優しくて理知的な颯斗。
そんな颯斗とは相対して泰斗は癇癪持ちで気が短く、荒々しい性格で周りの手を焼かしていた。
優しい母はそんな泰斗にも愛情を与えてくれたが、父親は……。
自分には見せない笑みを颯斗には向ける。
期待を込めた眼差し。
羨望と嫉妬が常に纏わりついていた。
(俺は父さんには何の期待も抱かせない……)
父親に好かれたい。
子供心に泰斗は父親の愛情を切望していた。
だから両親の離婚の際、自らを求められるとは思わなかった。
実際、父親が手元に欲したのは颯斗であった事は気付いていた。
だが、颯斗は母親と共に生きる道を選んだ。
父には既に愛人が存在し、母親と離婚後、再婚する事となっていた。
そんな環境で生きる事を颯斗は決して望まなかった。
母親との生活が今までとは違う生活水準である事は聡い颯斗には気付いていた。
それでも颯斗の気持ちは揺るがなかった。
自分の母親は一人だけ。
父親が選んだ女が自分の継母になる事を認める事が出来なかった。
あの女に父親がうつつを抜かして家庭が崩壊し離婚に至った。
「誰が認めるか……」
普段、感情を荒げる事が無い颯斗の静かな怒り。
それが正常である。
自分だって本当は母親と離れる事なく、出来れば家族4人で暮らしたい。
離婚なんてしないで欲しいと願っている。
だけど、何故だろう……。
この状況を、両親が離婚する事を受け入れている自分も存在している。
離婚すれば、颯斗と別れる事になる。
兄弟で有りながら泰斗は颯斗を憎んでいた。
父親の期待を、愛情を一心に受ける颯斗の存在を。
だから母親では無く、父親の側に居たいと思ったのは。
もしかして颯斗が居なくなれば、自分に目を向けてくれる。
泰斗に愛情を注いでくれる。
泰斗の存在を認めてくれる。
比較される事さえ無くなれば、自分だってきっと。
(だから俺は……)
母親と生きる道を捨てて、父親と共に生きる道を選んだ。
父親は渋っていたが、何故かあの女が俺の方が跡取りとして良いと囁いたみたいだが。
その後、あの女に息子が生まれてその意味を理解した。
結局、俺は当て馬に過ぎなかった。
自分が産んだ息子がどれだけ優秀で、俺がどれだけ出来損ないであると誇張したかった。
ただそれだけの理由、だった……。
俺が父親の元に引き取られたのは。
***
「ふふふ。
前世を、過去を嘆いても何が始まるのだろう」
ずっと、前世に、弟の存在に雁字絡みになっていた。
血の繋がりに固執して、父親の評価が全てであるとずっと心の中で燻っていて。
大人になっても何か求めていた。
心の中に蔓延る感情。
誰も本当の自分を見ようともしない。
出来上がった家庭に俺は不必要な存在だった。
優秀であろうと努力した。
元々の性格を正し、粗野である己を律して。
颯斗の様に穏やかで理性的である様に。
だけど、そんな風に生きていても誰も俺を求めない。
いや、一人だけいたな。
(ああ、だから、か……)
ふっと笑みが溢れる。
自然な笑みだ。
俺を颯斗だと勘違いして、俺に対して屈託ない感情で近付いて。
周りの女とは違う、野暮ったい地味な女。
だけど、自分に向ける視線は澄んでいて。
真っ直ぐに向ける視線が気恥ずかしくて、そして気持ちが擽ったくて。
戸惑う自分が存在していた。
初めて向けられる、純粋な気持ち。
俺には眩しかった……。
綺麗な感情で自分を見ようとする、あの女の視線が。
向けられる想いに添える程の、そんな上等な人間では無いのに。
何故か、あの女の存在が俺の中に居付いていたんだ。
オリバーの急な訪問を予測していたジェラルドは自然と口角を上げていた。
自分の名前を告げれば即座に己の前に姿を現すとは。
それ程、あの女を愛しているのか。
久保紗雪を。
(颯斗、いや、オリバー・グーベルト。
前世の繋がりが導いた再会か……)
皮肉なものだ。
未だに前世での繋がりが断ち切れない……。
***
生前は弟の、颯斗の存在を厭うていた。
幼い頃からずっと比較されていた。
出来の良い颯斗と。
両親があの事件を境に離婚し、父親が望んでいたのは自分では無く、颯斗であった。
双子で有りながら、全てに於いて弟の颯斗は兄である泰斗よりも優秀だった。
勉強もスポーツもそしてクラスでの人気も……。
穏やかで優しくて理知的な颯斗。
そんな颯斗とは相対して泰斗は癇癪持ちで気が短く、荒々しい性格で周りの手を焼かしていた。
優しい母はそんな泰斗にも愛情を与えてくれたが、父親は……。
自分には見せない笑みを颯斗には向ける。
期待を込めた眼差し。
羨望と嫉妬が常に纏わりついていた。
(俺は父さんには何の期待も抱かせない……)
父親に好かれたい。
子供心に泰斗は父親の愛情を切望していた。
だから両親の離婚の際、自らを求められるとは思わなかった。
実際、父親が手元に欲したのは颯斗であった事は気付いていた。
だが、颯斗は母親と共に生きる道を選んだ。
父には既に愛人が存在し、母親と離婚後、再婚する事となっていた。
そんな環境で生きる事を颯斗は決して望まなかった。
母親との生活が今までとは違う生活水準である事は聡い颯斗には気付いていた。
それでも颯斗の気持ちは揺るがなかった。
自分の母親は一人だけ。
父親が選んだ女が自分の継母になる事を認める事が出来なかった。
あの女に父親がうつつを抜かして家庭が崩壊し離婚に至った。
「誰が認めるか……」
普段、感情を荒げる事が無い颯斗の静かな怒り。
それが正常である。
自分だって本当は母親と離れる事なく、出来れば家族4人で暮らしたい。
離婚なんてしないで欲しいと願っている。
だけど、何故だろう……。
この状況を、両親が離婚する事を受け入れている自分も存在している。
離婚すれば、颯斗と別れる事になる。
兄弟で有りながら泰斗は颯斗を憎んでいた。
父親の期待を、愛情を一心に受ける颯斗の存在を。
だから母親では無く、父親の側に居たいと思ったのは。
もしかして颯斗が居なくなれば、自分に目を向けてくれる。
泰斗に愛情を注いでくれる。
泰斗の存在を認めてくれる。
比較される事さえ無くなれば、自分だってきっと。
(だから俺は……)
母親と生きる道を捨てて、父親と共に生きる道を選んだ。
父親は渋っていたが、何故かあの女が俺の方が跡取りとして良いと囁いたみたいだが。
その後、あの女に息子が生まれてその意味を理解した。
結局、俺は当て馬に過ぎなかった。
自分が産んだ息子がどれだけ優秀で、俺がどれだけ出来損ないであると誇張したかった。
ただそれだけの理由、だった……。
俺が父親の元に引き取られたのは。
***
「ふふふ。
前世を、過去を嘆いても何が始まるのだろう」
ずっと、前世に、弟の存在に雁字絡みになっていた。
血の繋がりに固執して、父親の評価が全てであるとずっと心の中で燻っていて。
大人になっても何か求めていた。
心の中に蔓延る感情。
誰も本当の自分を見ようともしない。
出来上がった家庭に俺は不必要な存在だった。
優秀であろうと努力した。
元々の性格を正し、粗野である己を律して。
颯斗の様に穏やかで理性的である様に。
だけど、そんな風に生きていても誰も俺を求めない。
いや、一人だけいたな。
(ああ、だから、か……)
ふっと笑みが溢れる。
自然な笑みだ。
俺を颯斗だと勘違いして、俺に対して屈託ない感情で近付いて。
周りの女とは違う、野暮ったい地味な女。
だけど、自分に向ける視線は澄んでいて。
真っ直ぐに向ける視線が気恥ずかしくて、そして気持ちが擽ったくて。
戸惑う自分が存在していた。
初めて向けられる、純粋な気持ち。
俺には眩しかった……。
綺麗な感情で自分を見ようとする、あの女の視線が。
向けられる想いに添える程の、そんな上等な人間では無いのに。
何故か、あの女の存在が俺の中に居付いていたんだ。
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