「貴方に心ときめいて」

華南

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30話

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(え、ど、どうしてルーファンとキスしているの?
こんな事って「貴方に心ときめいて」のルーファンルートの展開であったかしら。
スチルは無かったし、今の様な庭園での出会いも、当然、無かった。
一応、ルーファンとのスチルも全てコンプリートしたけど、キスシーンは無かったし、恋愛モードに入ってもキスシーンを匂わすストーリーは無かった。
だって、ルーファンとの恋愛って綺麗過ぎて。
あんまり生々しくは無かったのよねって、紗雪ったら。
こんな状況でルーファンを攻略した時を思い出そうとしているなんて)

いや、冷静に分析なんかしている場合では無い。
私は今、プレイヤーでは無くこの世界の住人なんだから。

そう、エレーヌ・グーベルト伯爵令嬢なんだから。

だからこの展開は非常にマズい。

「う、んん、や、やあ……」

ルーファンとのキスの合間に零れる抵抗の言葉。
そんな私の言葉さえ飲み込もうとするルーファンの激しい口付けに、私はかぶりを振って逃れようとするが腰と後頭部に回された手で固定され逃れる事が出来ない。

(こんなに情熱的な人だったの?
ルーファンって……)

含まれる様に唇を啄まれ緩まった唇の一瞬の隙をついて、私の口内に舌を入れる。
逃れる舌を捕らえ絡ませるルーファンに、私の混乱はピークに達する。

(ファ、ファーストキスなのに……。
エレーヌにとっても)

と、浮かんだ言葉に違和感を感じる。

(え、わ、私、こんなキスに記憶が、ある……)

生前の紗雪は恋愛とは縁遠い、干物女だった筈。
当然、SEXも経験、無い……。

無い筈なのに、なのに、こんな……。

どれ位の時間が経ったのだろう。
長いとも短いとも思えるルーファンとのキス。

唇が離れた時に私はぼんやりとした目でルーファンを見る。

ぼやけた視界でルーファンの表情が分からない。
だけど瞳の色の違いに感情が揺さぶられる。

印象の強い、アクアマリンの瞳。

どうして菫色の瞳では無いの?

(私、何かを忘れている……)

ふっと意識が薄れていく。
ふわりと身体の力が抜けて意識が遠のく。
倒れる私を抱きとめるルーファンが私に何かを囁いていたが、意識を失った私にはルーファンの言葉を聞き逃してしまった。

***

ふわり、ふわり。
ふわふわと浮遊する身体。

以前もこんな事があった。

誰かが私を抱き上げて、そっとベッドに横たえて。

涙を流している眦に口付けて私を慰めていた。
今から私は結ばれる。

初めてを奪われる。

そう、捧げるのでは無く、奪われる。

私が好きなのは一柳さんなのに。
なのに私は彼に告白する事なく、今から一柳さんでは無い男性と結ばれようとしている。

「紗雪……」

貴方に呼ばれたく無い。
私は一柳さんに名前を呼ばれたかった。

貴方なんて嫌い。
大っ嫌い……。

どうして私を望むの?

どうして私の全てを奪おうとするの……。

もう充分に私から奪ったじゃ無いの?
これ以上私の何を望むの?

そんな目で私を見ないで。
憐む様な目で私を見ないで。

どうして私をそっとしておいてくれないの?

私は……。

***

「ここは……」

薄らと涙の軌跡が頬に残っている。

私、夢を見て泣いていた。
とても苦しい夢。

一柳さんでは無い、男の人の夢を見ていた……。


「お目覚めですか、エレーヌ様」

「マリーナ?」

「散策中に急に目眩を起こしたエレーヌ様を、ルーファン様が助けて下さった事を覚えてますか?」

急に告げられるマリーナの言葉に、私は言葉を詰まらせてしまう。

あの、月下美人の花々が咲き綻ぶ庭園で私はルーファンと……。

そっと唇に指を這わす。

ルーファンとキスした。

エレーヌとは初対面のルーファンが何故、キスを……。

(ルーファンが分からない。
エレーヌの事なんて知らない癖に、何故、突然唇を奪ったの?)

第2王子ルーファン……。

この世界で、エレーヌにとってどんな存在なの?
ルーファンは。

急にぶるりと身体が震える。

(何かを忘れている。
大切な何かを私は忘れている……)

その鍵を握っているのはルーファンなの?

「私は、一体、何があってこの世界に転生したの?」

呟く言葉に私はルーファンが私に告げた言葉を思い出す。

微かに聞こえた言葉に私は幻聴では無いかと疑ってしまう。
きっとそうに違いない。

だってルーファンは私の事を、と呼ぶなんて、有り得ない事だから……。
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