「貴方に心ときめいて」

華南

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19話

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***


(素敵な誕生日だった。
途中で体調を崩したのが難点だったけど、でも……)

エレーヌでは考えられない展開で驚くばかりだったけど、王太子ラルフとのダンスと言うプレミアものの体験をさせて貰ったし。
多分、スチルにしたらヒロインリリアンヌにも負けず劣らずと言った……。

ただし、麗しの悪役令嬢、マリーベルには到底、敵わないけど。

(マリーベルかあ……。
確かに物凄い美女なのよね。
15歳で美女と言う喩えはどうかと思うけど、でも、リリアンヌとはまた違う次元の美麗な少女で。

匂い立つ様な美しさ。
王妃候補として幼い頃から英才教育をされているだけあって、洗練された美少女、いや、佳人と言う言葉が相応しい。

ただし、それは王道の「貴方に心ときめいて」での設定であるけど。

モブキャラであるエレーヌがヒロイン並みの美しさを潜ませていたと言う、とんでもない設定が織り込めれているのだから、ここはもう私が知っている「貴方に心ときめいて」の世界では無い)

だとしたら、マリーベルはどんな少女なのかしら。
そして、ヒロイン、リリアンヌは……。

王道から逸れた展開になっているから、リリアンヌだって、この世界ではヒロインとして成り立っていない可能性だってある。

そして、もしかしたらこの世界には居ないかも知れない。
そうなればマリーベルだって。

(まさか、私がリリアンヌの立場になって、逆ハー展開の物語を紡ぐとは考えたく無い。
いや、余りに荷が重い。
私は普通の、本当に普通の平々凡々な人生を歩みたいの。
こう、キラキラとした、人の嫉妬を煽る様な恋愛では無く静かな愛を育みたい。
一番の理想は、紗雪としては一柳さんだけど。

エレーヌとしては……)

ふっと過るのは、オリバーの端正な横顔。

決して、甘やかで蕩ける様な感傷を与える人では無い。

だけど、静かに、ただそこに居るだけで満たされる。
そんな優しい人。

豪奢で華美で神々しい。
そんな主要キャラは側から見ると胸一杯になるけど、現実、恋愛になれば息苦しい。
美の権化は鑑賞するには良いけど、実際の生活の中では、こう拝む様な。
毎日が緊張の連続で、正直、どう話したら良いのか分からない。

良い例が王太子ラルフの出現。

急に目の前に現れてのエレーヌの失態。
ラルフの前で倒れるとは……。

だって、雲の上の存在と一般庶民が対等に話して良い筈が無い。

(だ、駄目だ紗雪。
貧乏気質が中々抜けない。
別にグーベルト家が貧乏とかでは無い。
どちらかと言うと裕福な方だと自負している。
実際そうだし。
ただ、29年間の貧乏が身に付いている所為か、中々、こう、煌びやかな世界は目眩を起こしそうで。
王妃付き侍女の件だって、この気質で果たして務まるのだろうか。
伯爵令嬢らしからぬ性質だわ。
まあ、グーベルト家での評判は何故かすこぶる良いみたい。
トゲトゲしくて高飛車で、高慢な性格では無いお嬢様は、グーベルト家自慢の令嬢だって言ってくれるけど。
とても有難いお言葉だわ。
うん、案外、この性格も貴族世界では浮いていても、ここでは歓迎されているから、良しと思っている。
だけど、この性格が災いして、王宮で勤めていて他の侍女達の虐めにあったら、到底、太刀打ち出来ない。
変にメンタルが弱いから。
打たれ強いのは貧乏だけで、人間関係となると正直勘弁して欲しい。
早々に王都から退却して、グーベルト家での生活に戻る……)

果たして戻れるかしら。

オリバー兄様が、もし、その時点で領主になっていたら。
妻を娶っていたら。

私の居場所なんて、絶対に、無い……。

幾ら溺愛している妹だとしても、妻の立場を考えると、そう妹を表立って溺愛するのを控えるだろう。
オリバー兄様の立場での結婚は己の感情云々よりも、まず、グーベルト家の繁栄を重んじるから。

(やっぱり一番は王妃付き侍女として、まず、第一歩を踏み出す事。
色々、悩ましい事もあるけど、前に進んで実際に経験する事。
もしかしたら、気になるに出会えるかも。

もし、出会う事があるとしたら……)

ふと、仄かに薫るフレグランスにはたと、気付く。
昨日、間近でこの薫りに包まれて。

「エレーヌ……」

急な登場なんて……。
なんて心臓に悪いのかしら。

何故、朝から燦々と輝く太陽の如く、神々しいの!
白シャツと黒のトラウザーズと言う装いでも、目に眩しい。

キラキラと輝く笑みを浮かべて近寄って来る。

昨日は誕生日と言う特別な日であった為、普段とは違う自分で臨んだけど、今は……。

「おはよう、エレーヌ。
昨日は無理にダンスを誘って、済まなかった」

ラルフの言葉に、エレーヌは口を噤んでしまう。

(こんなラルフなんて知らない。
こんなに朝早く起きて、ハーブ畑でエレーヌと会っているラルフなんて。
そして謝罪の言葉を言うラルフなんて、なんだか調子が狂ってしまう。
だって、公式のラルフは……)

「どうした?
まだ体調が思わしく無いのか?
無理をしてこのハーブ類に水遣りをするのは控えた方が良い。
さあ」

ふんわりと身体が浮遊する。

え、
えええええ!

な、何、この展開は!

(お、お姫様抱っこされている。
も、モブキャラであるエレーヌが、次期国王となるラルフにお姫様抱っこ!
ああ、気絶したい。
こんなの無理!
こんな間近で、このキラキラキャラを拝めるなんて……)

「エレーヌ……」

耳元で反則だよ、ラルフ!
超絶美ボイスで、そんな蕩ける様な目で見詰めて。

ドキドキが止まらないよ。
こんなの、あってはいけないのに。

なのにときめいてしまう。
異様に鳴り響く心臓の音。

(ああ、神様。
これは何かの罰ゲームですか?
私が一体、何をしたの……)

ダラダラと冷や汗が止まらない。
背中が冷え冷えとしながらも、相反して、顔は羞恥で真っ赤っか。
林檎の様に熟れた頬。
熱を持っているのが分かる。

「あの……」

言葉が出ない。
こんなの、私……。

「エレーヌ……」

ラルフの身体から漂うにフレグランスに包まれて、クラクラする思考の中で、私はついラルフの胸に頭を預けてしまう。

この時、私は一柳さんの事も、オリバーの事も忘れて、ただただ、ラルフの事で頭が一杯になっていた。
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