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(やだ、哀しい事を思い出した。
今の私はとても幸せなのに……。
両親からも愛されて、二人の兄にも溺愛されて……。
なのに、何故、生前の自分を思い出すのよ)
何一つ、良い思い出なんて無かった。
家族にも恵まれなかった。
家族構成は両親と二つ違いの姉と私。
家族と言っても私は一人蚊帳の外。
家族の部類には入らない。
だって、私は両親とも姉とも血が繋がっていないのだから……。
母の亡くなった妹の娘。
それも相手の連れ子。
再婚相手の娘。
それが私。
私が5歳の時、実の父と義母が交通事故で亡くなった。
行先の無い私を引き取ったのが義母の姉夫婦。
ずっと肩身が狭かった。
私を引き取っても財産など雀の涙程しか無かったと、何度も聞かされた言葉。
目当てである保険金も過失相殺で消えてしまい、残ったのは私だけ。
それでも手に入るお金が欲しかったのか、私を引き取っても、家族の情は無いに等しかった。
(そう言えばこの世界へ転生したのに気付いたのも、5歳の時だった……)
雲泥の差だ、生前とは。
高校まではどうにか養って貰えた。
だけど高校卒業して直ぐに家を出た。
これ以上の厄介は勘弁して欲しいと言われて。
必要以上にお金を使ったと、散々言われ続けて。
就職したら仕送りをする様にと何度も口を酸っぱくして言われた。
「お前には充分な施しをしたのだから、恩を返すのが筋では無いの」
それが伯母夫婦の言い分だった。
だから、就職してもずっと仕送りをした。
僅かな給料から生活費を引いて、殆どのお金を。
息詰まる生活からやっと解放された。
一人寂しくても働いている方がずっと幸せだと思った。
小さな工務店の事務に就職して、自分の力で生活する。
必死だった。
必死に頑張っていればいつかは報われる。
そう思って仕事に励んでいたのに。
なのに何故、神様は私にこんなにも意地悪なんだろう……。
数年後、不況の煽りを被り工務店は倒産。
職を失った私は、直ぐに派遣での仕事を探した。
就職難で常勤の仕事が中々見つからず、でも、生活をしていかなければいけない。
ハローワークに何度も足を運んで就職先を紹介されても面接で落とされる日々。
アルバイトやパートを掛け持ちをしながら生活していた。
そんな中、やっと見つけたのが、生前まで勤めていた職場。
派遣として就職し、そして常勤となった職場だった……。
***
「エレーヌ」
ぼんやりとしていた私に、次兄であるアルフォンソが声をかける。
実直で朗らかで優しい。
少し垂れ目で笑うと笑窪が出来る。
容姿は中の上と言った塩梅。
明るい茶色の髪に琥珀の瞳。
私、エレーヌもそう。
次兄と同じく明るい茶色の髪に琥珀の瞳で容姿は凡庸。
普通より少し上と言った取り立てて美人と言った容姿では無い。
絶世の美女とも美少女とも言われない。
普通の、本当に普通のモブキャラ。
だけどとても幸せだ。
だって、全てに於いて普通だから。
伯爵家と言っても王国で権威がある家とは言い難い。
古い歴史を持つ家柄と言われているが、辺境の田舎貴族で。
全てがのんびりとした、そして優しい空気に包まれた。
両親も兄達もそう。
だから私は……。
転生前の自分を思い出して、今の自分を比較して。
時折、涙を流している。
余りにも幸せだから。
味わう事が無かった家族の情を一心に浴びている今の自分が何よりも愛しい。
(ピンクの世界を目指していたと思うけど、私は今のままで充分、幸せでは無いの。
このままひっそりこの世界で生きていくのはいけないのかな?
転生した意味って、果たしてあるのだろうか?
だって、私、モブキャラでしょう?
「貴方に心ときめいて」で、エレーヌって、何の活躍も無かったのに)
なのに、何故、モブキャラとして転生したの?
ずっと考え込む私を心配した次兄が、私の額に手を添える。
私の顔を覗き込む顔は真剣そのものだ。
「エレーヌ、何をそんなに考え込んでいる。
もしかして、また、熱が出たのではないだろうな!
そう言えば顔色も余り良くない。
直ぐに寝室に行こう。
ああ、主治医の先生を呼ばないと」
オロオロしながら私を抱き上げ寝室に向かおうとする次兄に、私は慌てて、次兄に大丈夫だから降ろして欲しいと懇願する。
本当に次兄は心配症だ。
長兄も、そして、両親も。
私が5歳の時、高熱で何日間も生死を彷徨っていた事が原因なのも理解しているのだけど。
「お兄様。
熱もありませんし、体調も特に異常はありませんので、心配なさらないで」
「だけど、エレーヌ」
「お兄様がそんなに狼狽えると、オリバー兄様も、お父様もお母様も大袈裟に心配されますわ。
もう、5歳の時の私ではありませんわ。
元気になったでしょう」
にっこり微笑む私にアルフォンソが柳眉を下げる。
本心から私を心配する兄に、私はじんわりと心が温かくなる。
(ああ、結婚するのなら、兄の様な人が良いな。
仕事は、まあ、出世は望めないけど、でも、優しいから。
贅沢は望まないから、暖かい家庭を築けるそんな男性と出会う事が出来るかしら)
一柳さん……。
(不意に思い出しちゃった。
全然、関わりの無い世界に、生涯会う事も無い世界に転生したのに)
生前の私、久保紗雪が好きだった人。
初めて好きになった……。
(もう会う事も無いのにね)
そう思うと少し、胸が苦しい。
苦い想いに気持ちが陥る。
でも、この世界では必要の無い感情だから……。
私はもう久保紗雪では無いの。
伯爵令嬢エレーヌ。
それが今の私。
そう、今の私はエレーヌなの。
今の私はとても幸せなのに……。
両親からも愛されて、二人の兄にも溺愛されて……。
なのに、何故、生前の自分を思い出すのよ)
何一つ、良い思い出なんて無かった。
家族にも恵まれなかった。
家族構成は両親と二つ違いの姉と私。
家族と言っても私は一人蚊帳の外。
家族の部類には入らない。
だって、私は両親とも姉とも血が繋がっていないのだから……。
母の亡くなった妹の娘。
それも相手の連れ子。
再婚相手の娘。
それが私。
私が5歳の時、実の父と義母が交通事故で亡くなった。
行先の無い私を引き取ったのが義母の姉夫婦。
ずっと肩身が狭かった。
私を引き取っても財産など雀の涙程しか無かったと、何度も聞かされた言葉。
目当てである保険金も過失相殺で消えてしまい、残ったのは私だけ。
それでも手に入るお金が欲しかったのか、私を引き取っても、家族の情は無いに等しかった。
(そう言えばこの世界へ転生したのに気付いたのも、5歳の時だった……)
雲泥の差だ、生前とは。
高校まではどうにか養って貰えた。
だけど高校卒業して直ぐに家を出た。
これ以上の厄介は勘弁して欲しいと言われて。
必要以上にお金を使ったと、散々言われ続けて。
就職したら仕送りをする様にと何度も口を酸っぱくして言われた。
「お前には充分な施しをしたのだから、恩を返すのが筋では無いの」
それが伯母夫婦の言い分だった。
だから、就職してもずっと仕送りをした。
僅かな給料から生活費を引いて、殆どのお金を。
息詰まる生活からやっと解放された。
一人寂しくても働いている方がずっと幸せだと思った。
小さな工務店の事務に就職して、自分の力で生活する。
必死だった。
必死に頑張っていればいつかは報われる。
そう思って仕事に励んでいたのに。
なのに何故、神様は私にこんなにも意地悪なんだろう……。
数年後、不況の煽りを被り工務店は倒産。
職を失った私は、直ぐに派遣での仕事を探した。
就職難で常勤の仕事が中々見つからず、でも、生活をしていかなければいけない。
ハローワークに何度も足を運んで就職先を紹介されても面接で落とされる日々。
アルバイトやパートを掛け持ちをしながら生活していた。
そんな中、やっと見つけたのが、生前まで勤めていた職場。
派遣として就職し、そして常勤となった職場だった……。
***
「エレーヌ」
ぼんやりとしていた私に、次兄であるアルフォンソが声をかける。
実直で朗らかで優しい。
少し垂れ目で笑うと笑窪が出来る。
容姿は中の上と言った塩梅。
明るい茶色の髪に琥珀の瞳。
私、エレーヌもそう。
次兄と同じく明るい茶色の髪に琥珀の瞳で容姿は凡庸。
普通より少し上と言った取り立てて美人と言った容姿では無い。
絶世の美女とも美少女とも言われない。
普通の、本当に普通のモブキャラ。
だけどとても幸せだ。
だって、全てに於いて普通だから。
伯爵家と言っても王国で権威がある家とは言い難い。
古い歴史を持つ家柄と言われているが、辺境の田舎貴族で。
全てがのんびりとした、そして優しい空気に包まれた。
両親も兄達もそう。
だから私は……。
転生前の自分を思い出して、今の自分を比較して。
時折、涙を流している。
余りにも幸せだから。
味わう事が無かった家族の情を一心に浴びている今の自分が何よりも愛しい。
(ピンクの世界を目指していたと思うけど、私は今のままで充分、幸せでは無いの。
このままひっそりこの世界で生きていくのはいけないのかな?
転生した意味って、果たしてあるのだろうか?
だって、私、モブキャラでしょう?
「貴方に心ときめいて」で、エレーヌって、何の活躍も無かったのに)
なのに、何故、モブキャラとして転生したの?
ずっと考え込む私を心配した次兄が、私の額に手を添える。
私の顔を覗き込む顔は真剣そのものだ。
「エレーヌ、何をそんなに考え込んでいる。
もしかして、また、熱が出たのではないだろうな!
そう言えば顔色も余り良くない。
直ぐに寝室に行こう。
ああ、主治医の先生を呼ばないと」
オロオロしながら私を抱き上げ寝室に向かおうとする次兄に、私は慌てて、次兄に大丈夫だから降ろして欲しいと懇願する。
本当に次兄は心配症だ。
長兄も、そして、両親も。
私が5歳の時、高熱で何日間も生死を彷徨っていた事が原因なのも理解しているのだけど。
「お兄様。
熱もありませんし、体調も特に異常はありませんので、心配なさらないで」
「だけど、エレーヌ」
「お兄様がそんなに狼狽えると、オリバー兄様も、お父様もお母様も大袈裟に心配されますわ。
もう、5歳の時の私ではありませんわ。
元気になったでしょう」
にっこり微笑む私にアルフォンソが柳眉を下げる。
本心から私を心配する兄に、私はじんわりと心が温かくなる。
(ああ、結婚するのなら、兄の様な人が良いな。
仕事は、まあ、出世は望めないけど、でも、優しいから。
贅沢は望まないから、暖かい家庭を築けるそんな男性と出会う事が出来るかしら)
一柳さん……。
(不意に思い出しちゃった。
全然、関わりの無い世界に、生涯会う事も無い世界に転生したのに)
生前の私、久保紗雪が好きだった人。
初めて好きになった……。
(もう会う事も無いのにね)
そう思うと少し、胸が苦しい。
苦い想いに気持ちが陥る。
でも、この世界では必要の無い感情だから……。
私はもう久保紗雪では無いの。
伯爵令嬢エレーヌ。
それが今の私。
そう、今の私はエレーヌなの。
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