「貴方に心ときめいて」

華南

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前世の記憶を持って生まれるってどんな気持ちだろう。

過去の私はずっとそう思っていた。
あ、過去では無い。
現在もそうだ。

私は今、ある世界に転生している。
転生とはっきり理解している。

だって目に映る風景が私がハマっていたゲームの世界の風景だから……。


***

目覚めた時には言葉が出なかった。
てか、何故自分がゲームの世界の住人に転生いているのか、皆目見当がつかなかった。
その事に気づいたのは私が5歳の時。
鏡に映る自分に違和感を感じてまじまじと鏡を見ていると急に目眩を起こし、その場に倒れてしまった。
その後、高熱に晒されて云々と唸りながら数日間、生死を彷徨っていたと言う。

そして意識を取り戻した時、過去の記憶が蘇った。
いや、自身に目覚めたと言った方が正しいのだろう、多分。

そして今の自分の姿を見て、考え込んでしまった。

「私って、このゲームにいたキャラかしら?」

身分は伯爵令嬢となっているけど、でも、伯爵令嬢での主要キャラっていたかしら?
と、首を傾げていると直ぐに思い出した。

私、モブキャラだわ。
スチル無し、いや、名前だけヒロインのセリフに出るただのモブキャラ。

(へえ、こんな姿していたんだ、エレーヌって)

凄いわ、前世の私って。
直ぐにこの世界に順応するんだから。
いやあ、伊達にこのゲームをやり込んで無いわ、私。

「貴方に心ときめいて」と至ってシンプルなタイトルだが、これが中々どうして。
18禁と思われる内容に発展するのに、あるキャラを落とさないと発動しないと言う、何とも厄介なゲームだった。
普段、乙女ゲームと言ったら、ヒロインが逆ハーな、美ボイス男性キャラがこれでもかーと言うくらい小っ恥ずかしいセリフとキラキラスチルのオンパレードではないか。
美麗なスチルに脳髄を貫く美ボイスとゾクゾク感漂う、鼻血ものの内容に当時の私はハマりまくった。
前世の私は29歳の独身女で。
ブラックな企業に勤めていた為、帰宅が午前様になるのは日常茶飯事。
忙殺されている自分にとって「貴方に心ときめいて」は正しく心の肥やしだった。
ああ、このゲームさえあれば生きていける、マジにそう思っていたが。

無邪気で可憐なヒロインに、麗しい悪役令嬢。
ヒロインとの恋愛を綴っていく美麗な男性キャラ達。
王太子に、隣国の国王、宰相の令息、騎士団長と、まあ目移りするキャラがわんさかといて、攻略するのにまあ楽しい事極まりない。

ハマりまくるのは良いのだが、余りに攻略が難しくて、途中で何度か放棄しそうになったのだが。
普通の恋愛エンディングは簡単にクリア出来るのだが、このゲームの醍醐味は其処では無い。
あるキャラを攻略すると18禁な展開を迎えると言う。
恋愛エンディング後、普通、めでたしめでたしでは終わらなく、その後の展開。
まあ男女の「それ」をありありと具現すると言う垂涎ものの内容だと言う噂。

だがある一部のマニアで囁かれたのは、ちょっと、エグい内容だった。

その内容が、攻略キャラが恋愛エンディング後、ヤンデレ化される監禁生活とか、真実の愛に目覚めて婚約破棄とか、愛憎渦巻く泥沼展開とか現実味を帯びている、いや、病んでる展開だとファンのブログに書かれていて顔を痙攣らせていたが。

(おいおい、それが18禁的な内容だと言わないでよね、製作者。
私は激甘な愛された展開を望んで観たいんだから。
麗しいキャラにお気に入りの美ボイスで耳元で囁かれて、そして目眩く心身愛される……。
それが正しい展開でしょうに。
だって殺伐とした生活をしている私に、ゲロ甘に愛されるのは心の潤いじゃ無いの)

ああ、心の声、ダダ漏れ。
だってだって。

(なのに製作者、何故、やり込んでも発動しないのよ!)

攻略本を見ても、解らない。
いや、解読されていない。
攻略本て攻略を教える為の本だろう、何だこれはと何度も本を床に叩いたが、叩いても攻略が出来るわけでは無い。
で、攻略サイトを閲覧しても、何故か、皆、18禁の内容に至らないと書いてある。

これってもしかして、全キャラ攻略しないと駄目?とか、思いつつ、でも、違う。
全キャラ攻略しても隠しキャラも存在しなかったし、あれな展開も無かった。

ああ、もしかして都市伝説だったのか、18禁的な展開は。
いや、絶対にある筈。

何かが違うとずっと引っかかっていても最後まで攻略出来なかった。
時間を返せーと何度、叫んだ事か。
お気に入りキャラとの甘い展開以上のものを求めていた私にとって、これはもう悲劇としか言えない。

その怨念が私をこの世界に転生させたのか?

私、過労死してしまったの?
仕事とゲームのし過ぎで。
まあいい。
考えても仕方が無い。

だって、この世界に今、私は生きているのだから。
ヒロインの友人の中の一人として転生した。

だったらこの世界で、実現させてはどうだろうか、と。
ヒロインでは無い。
勿論、悪役令嬢でも無い。

ただのモブキャラである私が、この世界を激甘なお色気ムンムンのピンクの世界に作り変えたら良いのでは無いか、と。
清く正しい真面目な乙女ゲームでは無く、隠された世界を切り開いたら良いでは無いか。

積年の恨みが私の攻略魂に火を付ける。
燃える私に、ふと、現実が蘇る。

で、私は一体誰を攻略したいの?
誰と恋愛に発展したいの?

それとも唯の傍観者としてこの世界を観察するの?

5歳児の私には見当が付かない。

そんな私に時は緩やかに、そしてハッキリとした展開に導いた。

十年の月日を経て私の運命は動き始める。
そう、私はこの世界のヒロインと出会う。

それがこの全ての始まりだった。
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