Fate of love 〜運命の恋〜

華南

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12話

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(明日、みのりがこのマンションに来る)

浮立つ心に和彦は思わず笑ってしまった。
年甲斐も無く、みのりが来る事を待ち望んでいる。

再婚して、直ぐに離れ離れになって生活する事になった経緯に、和彦は少し疑問を抱いた。
急に上司から転勤を言われての転勤。
転勤先で何かトラブルがありその為の転勤かと推測しても、思い当たる節は無い。
ただ、己の転勤には外部からの圧力がかかっていると密やかれた。

(何故、俺が……)

何度も考えたが一向に答えを見出す事は出来なかった。

妻であるみのりと結衣を離れて暮らす事になる。
転勤が何年続くか判らない。
ふう、と重い溜息が出ていた。

(やっと、結衣に家族の暖かさを、団欒を与える事が出来ると思った矢先に……)

母親である留衣を喪って、和彦は一層、愛娘である結衣に愛情を注いだ。
朝、保育園に結衣を預け、夕方、仕事帰りに結衣を迎えに行く。
会社側が便宜を測ってくれたお陰で、仕事も定時に終える事が出来た。
遠方にいる和彦の母親が週末、和彦のマンションに来て、食事の作り置きやら、掃除、洗濯をしてくれた。
そのお陰で、結衣との生活に不具合を生じる事は無かったが。

だが、それだけで結衣の心を満たす事は出来たかと言うと、否であった。

時折、寂しそうに顔を曇らせる結衣に、和彦は心を痛めていた。
一人、保育園に最後まで和彦の迎えを待っている。
居た堪れない気持ちに和彦は陥っていた。

もし、留衣が居たら。

いや、結衣の為にも両親が勧める見合い話を受け入れた方が良いのか。

だが、今でも亡き妻に心を捧げている和彦には、どうしても受け入れる事が出来ない。
そんな葛藤を何年も抱いている矢先に、出会ったみのり。

結衣もみのりに直ぐに心を打ち解けて、仲の良い様に何度、安堵の溜息を零したか。
ああこれでやっと、結衣に子供らしい表情をさせる事が出来る。
母親がいる家庭の、家族の温もりを与えてあげる事が出来る。

そう思っての転勤の辞令であった。

***

「なんで、こんな時に洗面所の電気が切れる。
明日まで我慢、は出来ないな」

急に切れた電球に、車のキーを携えてマンションを後にした。
エンジンをかけ、走行しようとした目の前に、子供の姿が映る。

(え、何だ?
この時間に子供が、何故、ここに居る)

目を何度も瞬かせながら、和彦は子供を見る。

小学校高学年か、それ位の少年。
ただ、少年の周りを金色の膜が覆っている。

一瞬、少年と視線が交わる。

自分に向ける視線の冷たさに、和彦は背筋を凍らせる。

(な、何だ、この少年は。
俺を見つめる異様な視線の冷たさは、一体……)

ふと、子供の口から何か、言葉を発している。
車内にいる己に聴こえる筈が無い言葉が脳裏に響く。

「お前、よくも僕の番を奪ったな……」

怒りを露わにした少年の言葉に、和彦は一体、自分に怒りを抱くのか、理解出来ない。

「番、とは、何だ?」

(番とは動物で言う、あの「番」の意味か?
目の前にいる少年は、人間では無いか。
何故、そんな意味不明な言葉を俺に告げる)

脳裏に浮かんだ疑問に、直接、少年の声が響く。

(お前は僕から番を奪った。
その行為は死を与えても赦し難い……)

「な、何だ!
なんで、子供の声が直接聴こえて、自分の思考が伝わる!」

どくどくと心臓の音が激しく鳴る。
がたがたと身体の震えが治らない。
10歳位と思われる少年の異様な様に、和彦の精神が圧迫させる。
今まで、体験した事もない異常事態に和彦の脳裏に警告音が鳴り響く。

(は、早く、この場から去らないといけない。
このままここに居ては俺は……)

結衣、みのり、と呟いた途端、一瞬、目の前がスパークして……。

自分の意思では無い、急にアクセルを踏み出して車が走行し始める。
何度もブレーキを掛けようとしても身体の自由が奪われて。

(ああ、俺は、俺は!
ゆ、結衣、みのり、俺は!)

目の前に壁が迫っている。
更にスピードを増す車に和彦は半狂乱になりながら必死にハンドルを切ろうとするが、思うように動かす事が出来ない。

(い、嫌だ!
俺はまだ死にたく無い!
俺には、まだ、これからの人生が!)

「そんな自由が赦されると思っているのか……」

冷ややかに告げられる言葉に、和彦の恐怖が更に大きくなる。

「うわああああ」

雄叫びと共に爆音が聴こえる。
壁に衝突した和彦の車が転倒し、その弾みでオイルが漏れる。

ふうと息を吹き付けると炎が灯り一気に火が燃え上がり。
どん、と言う爆発に少年の笑みが深くなる。

「ふん、獣王たる僕の番を奪った報いだ。
だが、これだけでは怒りを収める事が出来ない」

ふと、己の番の姿を思う浮かべる。

「みのり……。
この世界での番の名は、みのり、か……」

みのりの名を口ずさむだけで、身体が高揚する。
恍惚となる思考に、佑はうっとりと微笑む。

(ああ、早く、番の元に向かわねば。
穢れた番を僕の気で浄化しなければならない。
この手で、唇で触れて、身体中に僕の痕を刻ませて
互いを求め合う、それが番だから……)

燃え盛る車体を後にして、佑はみのりの元に向かう。

(ああ、穢らわしい存在をやっと処分する事が出来た……)

禍々しい笑みを浮かべながら佑は、その場を離れるのであった。
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