はざまの森の魔法使い

神無月愛

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第一章 Dahlia

7 魔法使いの家

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 朝の眩しい陽射しが顔に当たって、ダリアは目を覚ました。

「……ここ、は……」

「目が覚めたかい?」

 声のする方を見ると、赤い瞳が優しくこちらを見ていた。

「魔法使いさん! 私……あ、守り石……!」

 今までの出来事が一度に脳裏によみがえり、ダリアはがばっと勢いよく起き上がった。きっと、手を伸ばして掴んだと思ったあの瞬間、意識を失ったのだ。

 焦るダリアにモナルダは笑って言った。

「大丈夫。ほら、右手を開いてごらん」

 言われるままに、そっと右手を開く。掌の上に、不思議な模様の入った石が静かに煌めいていた。

「これが……私の石?」

「そうだよ。よく頑張ったね、ダリア。これがあんたの魂の片割れ。人の心と体に安らぎを与え、自信と素直さを支えてくれる強い石だ。あんたの魂の形にぴったりだね」

「私の、魂……」

 静かな光をたたえた石を、ダリアはぎゅっと握りしめた。

「これで大丈夫、あんたの願いは叶った。弱って死んでしまうようなことはない。これで安心して村に帰って……」

「魔法使いさん、お願いがあるんです」

 モナルダは驚いて、自分の言葉を遮ったダリアの顔を見た。ダリアの鳶色の目は、今まで以上に真剣にモナルダの赤い目を見つめていた。

「お願い? まだ何かあるのかい?」

「私も、魔法使いになりたいんです」

 ダリアの言葉に、モナルダは半分口を開けたまま止まった。

 ずいぶん長いこと、そのまま止まっていたような気がする。モナルダの顔に浮かんでいるのは驚きではなかった。ダリアの願いを笑いもしなかった。ただ、聞いた瞬間の表情のまま、固まっていた。ダリアもあえて続けて何か言おうとはしなかった。ふたりとも黙ったまま、数秒か、数分か、ただ時間が過ぎた。

 モナルダが、ゆっくりと口を結び、再び開いた。

「どうして、そんなことを思ったんだい?」

「私を助けてくれた魔法使いさん、すごく格好良かったんです。私、大人になったらとか、自分が将来どうなりたいか、今まで全然分からなかったんですけど、初めてこんな風になりたいって思ったんです。私も、誰かを助けられる人になりたい。魔法使いさんみたいに」

「人を助けるなら魔法使い以外でもできる。魔法使いになるなんて、お勧めはできないよ。あんたは村に帰るべきだ。家族が心配しているんだろう」

 思いがけず厳しい口調で突き放すモナルダに、ダリアはなおも食い下がる。

「私じゃ、魔法使いにはなれませんか」

「やめときな。村の暮らしとは全然違うんだ。昨日みたいに、人間のものじゃない世界や死に近々と接する、あの世に片足突っ込んだようなことをするんだよ。危ないことだってたくさんある。あんたみたいな子が来る世界じゃない」

「でも、言ってくれましたよね、いい魔法使いになるかも知れないって」

「それとこれとは話が別だ。素質があるというのと、魔法使いとして生きていくというのは全然違うことだよ」

 モナルダの目は相変わらず穏やかなものだったが、厳しく真剣だった。

「私だって、生まれつきこの目を……火の精霊に愛された目を持っていたというだけじゃ、魔法使いにはならなかっただろう。でもあの時、私には他に道がなかった。あんたは違う。あんたは「普通」に生きられる」

「私はもう普通じゃないです。石を失くして、一度死にかけて、自分の命を拾ってくるなんて経験、普通じゃない」

「あんたには帰る家があるだろう」

「兄も姉もきっと好きにしろって言ってくれます」

「私は、弟子は取らないよ」

「チコリちゃんはいるじゃないですか」

 チコリの名が出た途端、モナルダの眉がぴくりと動いた。

「あの子は集落では、昼の人々の世界では暮らせない子なんだよ。だから私の所に置いている。私にとっても、こうした方が都合の良いことがあるしね。あの子も私も同じ、普通の世界では暮らしたくても暮らしていけないんだよ」

 そう言うモナルダの表情は怒っているようでも、悲しんでいるようでもあり、ダリアは何も言えなかった。

「だが、あんたは昼の世界の子だ。あちらに住む場所があり、家族がある。……あんたはいい子だ。だからこそ、ここには置けない。一時の迷いで、こっち側に来るもんじゃないよ」

「モナルダさん!」

 魔法使いは鋭い視線でダリアを見据え、杖を構えた。

「ダリア、もうお家へお帰り。あんたの住む世界へ」

「待って……!」

 ダリアが叫んだ瞬間、魔法使いの杖が光った。パキンと乾いた音がして、体が浮きあがったと思った次の瞬間、彼女の目の前に白い光が満ちた。

 次に目を開けた時、ダリアがいたのは、自分が住む村の見える森の外れだった。
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