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05 公園
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片桐は焦っていた。
病院の予約時間が刻一刻と近づいていたが、到着にはまだやや距離がある。これというのも授業が長引いた所為だ。必修単位で途中退室が難しいからこそ、終了時間は厳守してほしいと片桐は思った。
大学から病院へと至るいつものルートを走っていた片桐は、道半ばまで来ながらある地点で唐突に立ち止まった。眼前には無慈悲にも「通行止」と記された一枚の立看板。なんということだろう。常用している病院までの道が工事中になっていたのだ。
日によって度合いは違うが、病院というのは概ね予約で混み合っているものだ。無闇に遅刻すれば診察が数時間後になる可能性すらある。授業の課題をやっつけねばならないので、そうなることは何としてでも回避したかった。
「……困ったな」
実のところ、病院へと到着するためのルートはもうひとつあった。それどころか、スマホのナビによれば本来そちらの方が圧倒的に近い道のりらしいのだ。
が、片桐は出来ることならばその道は使いたくなかった。使いたくないのにはれっきとした理由がある。それは……。
……。
仕方ない。
背に腹はかえられないと片桐は考え、不本意だがもう一本のルートを行くことを選択した。片桐はナビを起動し、今来たのとは反対方向の道に小走りで向かっていく。
程なくして、目当ての分岐点に辿り着いた。後はこの先の公園を突っ切ればすぐそこが病院だった。何の変哲も無い街中の公園の入口が目に入ってきて、そして。
そして、片桐の足はたちまち動かなくなっていた。
意思に反し、それ以上前に進むことが出来ない。公園に向かおうとする自分自身を、意思の更に奥底に潜む何者かが押し留めて許さなかった。下半身が鉛のように重たい。公園ごときが一体なんだというのだ。
片桐は歯を食いしばる。自分自身を内側から引き裂かれるような激しい葛藤が片桐を襲い、やがてその闘いにどうにか勝利しそうな気配が見えた。次の瞬間。
「ナ~……」
気の抜けそうな、実に平和ボケした鳴き声が片桐の耳朶を打った。
ハッとして足元を見下ろす。そこには一匹の、可愛らしいトラ猫の姿があった。首輪をしていないから野良の様だ。比較的人馴れしているらしいその猫は、片桐の足首付近にちょこんと鎮座し、尻尾をパタパタ振って何事かを一心に片桐にアピールしていた。
今度こそ、片桐の動揺は誤魔化しようもない程に、ハッキリしたものになっていた。動機が早まり全身から冷や汗がどっと吹き出る。一秒後には頭の中が真っ白になり、もう何も考えることが出来なくなってしまっていた。
片桐は踵を返し、その場を一目散に逃げ出した。突然の動きに野良猫が驚いて飛び上がっていたが、今は申し訳ないと思う余裕さえなかった。
結局その日、片桐が病院に辿り着いたのは予約を二時間以上も過ぎてからだった。
気持ちを落ち着けるのに丸一時間、手探りで新たなルートを探し出すのに更に追加で一時間という散々たる有様だった。
病院の予約時間が刻一刻と近づいていたが、到着にはまだやや距離がある。これというのも授業が長引いた所為だ。必修単位で途中退室が難しいからこそ、終了時間は厳守してほしいと片桐は思った。
大学から病院へと至るいつものルートを走っていた片桐は、道半ばまで来ながらある地点で唐突に立ち止まった。眼前には無慈悲にも「通行止」と記された一枚の立看板。なんということだろう。常用している病院までの道が工事中になっていたのだ。
日によって度合いは違うが、病院というのは概ね予約で混み合っているものだ。無闇に遅刻すれば診察が数時間後になる可能性すらある。授業の課題をやっつけねばならないので、そうなることは何としてでも回避したかった。
「……困ったな」
実のところ、病院へと到着するためのルートはもうひとつあった。それどころか、スマホのナビによれば本来そちらの方が圧倒的に近い道のりらしいのだ。
が、片桐は出来ることならばその道は使いたくなかった。使いたくないのにはれっきとした理由がある。それは……。
……。
仕方ない。
背に腹はかえられないと片桐は考え、不本意だがもう一本のルートを行くことを選択した。片桐はナビを起動し、今来たのとは反対方向の道に小走りで向かっていく。
程なくして、目当ての分岐点に辿り着いた。後はこの先の公園を突っ切ればすぐそこが病院だった。何の変哲も無い街中の公園の入口が目に入ってきて、そして。
そして、片桐の足はたちまち動かなくなっていた。
意思に反し、それ以上前に進むことが出来ない。公園に向かおうとする自分自身を、意思の更に奥底に潜む何者かが押し留めて許さなかった。下半身が鉛のように重たい。公園ごときが一体なんだというのだ。
片桐は歯を食いしばる。自分自身を内側から引き裂かれるような激しい葛藤が片桐を襲い、やがてその闘いにどうにか勝利しそうな気配が見えた。次の瞬間。
「ナ~……」
気の抜けそうな、実に平和ボケした鳴き声が片桐の耳朶を打った。
ハッとして足元を見下ろす。そこには一匹の、可愛らしいトラ猫の姿があった。首輪をしていないから野良の様だ。比較的人馴れしているらしいその猫は、片桐の足首付近にちょこんと鎮座し、尻尾をパタパタ振って何事かを一心に片桐にアピールしていた。
今度こそ、片桐の動揺は誤魔化しようもない程に、ハッキリしたものになっていた。動機が早まり全身から冷や汗がどっと吹き出る。一秒後には頭の中が真っ白になり、もう何も考えることが出来なくなってしまっていた。
片桐は踵を返し、その場を一目散に逃げ出した。突然の動きに野良猫が驚いて飛び上がっていたが、今は申し訳ないと思う余裕さえなかった。
結局その日、片桐が病院に辿り着いたのは予約を二時間以上も過ぎてからだった。
気持ちを落ち着けるのに丸一時間、手探りで新たなルートを探し出すのに更に追加で一時間という散々たる有様だった。
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