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03 第一種接近遭遇
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「ナガヤマ、どこだー!」
「かいちょ~」
スバルたちの必死の呼びかけも、広い昇降口では空しく反響して消えていくだけだ。ナガヤマが目撃されたという新校舎一階部分へやって来た一同だが、案の定そこに彼の姿は見当たらない。そう大きな学校でもないのに、何故こうも発見に手間取るのだろう。
スバルが胸中の疑問に少しずつ蝕まれていると、そこへさっきから急に姿をくらましていたダテが廊下を小走りで戻って来た。彼女が来たのは、職員室がある方向だ。
「今まで何処行ってたんだ?」
「少し確かめたい事があって」
ダテはスバルの前で立ち止まって、ほんの短い時間だけ膝に手を突いて息を整え、すぐ顔を上げた。見た目は文系そのものなのに、表情に全く疲労が現れないのは地味に凄い。
「今更気付いたんだけど、職員室ならスペアキーがあるんじゃないかと思って。試しに先生に訊いてみたの」
「そういえばそうだな。何で気付かなかったんだろ」
「結論から言うと、駄目だった。スペアキー自体はあったんだけど」
ダテはそう言って職員室の方をチラリと振り返る。
「学校中のカギを管理してるキーボックスが、何故か今日に限って閉まっちゃってて。いつも開けっ放しにしてた所為で、暗証番号が分からないんだって」
「なんだよそれ!?」
スバルの声が思わず裏返る。
「いつもオレたちにはうるさいクセに、自分たちはそれかよ」
「流石に管理が杜撰すぎるっていうか、無責任っていうか……ねぇ……」
「――大変です! 大変です!」
職員室が頼れないと分かって困り果てていたところ、今度はドタバタと足音を立てて何だかやかましい奴がやって来た。やはり生徒会の後輩である二年男子のイイジマだ。こいつは大体何処で遭遇しても甲高い声を響かせているような印象がある。
「ベランダ入ってみたけどムリでした! すみません!」
「待て、落ち着け。順番に話せ、順番に」
スバルはイイジマを立ち止まらせ、まずその場で深呼吸をさせる。生真面目で悪い奴でないことは知っているが、こいつの話は経過がすっ飛んでいて要領を得ないことが多い。
「で、ベランダがどうしたって?」
「先輩に飾りつけをするようにって言われましたけどその前に遅くなるって演劇部に伝えようと行ってみたんですそしたらベランダとベランダが繋がってることに気が付いてそこから入ろうとしてみたんですけど結局は開いてなくてそれで」
今度は話が遠回りすぎてイライラしてくるが、要するにこういうことだ。
彩玉学園中学の生徒会室は、同校の演劇部室と隣接している。イイジマは生徒会メンバーであると同時に演劇部員でもあるから、出席が遅れる旨を伝えようと顔を出したところ、双方を繋ぐベランダ側から生徒会室に侵入できないかと思いついたのだそうだ。が、結局外側の窓は閉まっていたので、失敗しましたという報告をしに来た訳だ。
まあ思いつきと行動だけは立派なのだが、頼むから整理して喋ってほしい。
「けど、生徒会室の窓っていつもカギ空いてなかった?」
ヒカリが全員の疑問を代弁する。
「普段そんなキッチリ閉めたりしないですよねぇ」
「秋になって寒いからって、こないだ話したんじゃなかったっけ」
「それ、確かナガヤマが言ったんだよな……」
スバルの言葉に全員が沈黙してしまう。スペアキーが使用不能な状況といいどうも不自然なことが続きすぎる。まさかとは思うが、ひょっとすると全てが会長の――、
「――あっ!」
イイジマが突然、素っ頓狂な声を上げて窓の外を指差した。イチイチ慌ただしい奴だ。
「今度は何だよ?」
「いま、そこに会長がいました!」
その場にいた全員がサッと顔色を変える。イイジマが指し示したのは、階段のすぐ傍にある校舎の中庭に面した窓ガラスの一角だ。スバルをはじめとした一同は咄嗟に駆け寄り、窓から外を見渡すが、そこには人影らしい人影は何も発見できない。
「見間違いじゃないのか?」
「本当にいたんですよ、通りがかりに手を振ってきましたけど、確かに目と耳と鼻があって」
「誰だってあるよ、目と耳と鼻は!」
むしろ無いとしたら、それはもう骨格標本か何かではないか。
「あと確かに両目が青かったんです」
「……まあ、それはナガヤマかもな」
ナガヤマ・ユウイチを人気者たらしめる理由のひとつに、彼が青い瞳の持ち主だというのがある。何かそういう血筋なのだと聞いた覚えはあるが、それ以上詳しい事情はスバルも含めて誰も知らない。少なくとも校内では彼ひとりしか持たない特徴ゆえ、顔見知りならばそうそう他人と見間違えるとは考えづらかった。だがなにしろ、イイジマの証言である。
半信半疑の一同は、次の行動を決めかねていた。それにしても……。
「……ずっと難しい顔してるけど、どうしたの」
ふとスバルは、ダテから小首を傾げてうんうん唸っていた姿を不審視された。
「いや……さっきから、何だか分からないんだけど、引っかかるんだよ。何かすっげえ大事なことを忘れてるような……」
敢えて言うなら、あるべきものが無いような、そんな違和感。凄く大事なものだったような気もするし、そうで無かったような気もする。たぶん窓際に駆け寄ってからのことだが、それ以上は現時点では、スバルにも上手く表現が出来なかった。
捜索の場は気付けば中庭へと移っており、スバルは慌てて追いかけようとするあまり思考を中断せざるを得なくなった。そしてそれっきり、この違和感のことは忘れてしまった。
「かいちょ~」
スバルたちの必死の呼びかけも、広い昇降口では空しく反響して消えていくだけだ。ナガヤマが目撃されたという新校舎一階部分へやって来た一同だが、案の定そこに彼の姿は見当たらない。そう大きな学校でもないのに、何故こうも発見に手間取るのだろう。
スバルが胸中の疑問に少しずつ蝕まれていると、そこへさっきから急に姿をくらましていたダテが廊下を小走りで戻って来た。彼女が来たのは、職員室がある方向だ。
「今まで何処行ってたんだ?」
「少し確かめたい事があって」
ダテはスバルの前で立ち止まって、ほんの短い時間だけ膝に手を突いて息を整え、すぐ顔を上げた。見た目は文系そのものなのに、表情に全く疲労が現れないのは地味に凄い。
「今更気付いたんだけど、職員室ならスペアキーがあるんじゃないかと思って。試しに先生に訊いてみたの」
「そういえばそうだな。何で気付かなかったんだろ」
「結論から言うと、駄目だった。スペアキー自体はあったんだけど」
ダテはそう言って職員室の方をチラリと振り返る。
「学校中のカギを管理してるキーボックスが、何故か今日に限って閉まっちゃってて。いつも開けっ放しにしてた所為で、暗証番号が分からないんだって」
「なんだよそれ!?」
スバルの声が思わず裏返る。
「いつもオレたちにはうるさいクセに、自分たちはそれかよ」
「流石に管理が杜撰すぎるっていうか、無責任っていうか……ねぇ……」
「――大変です! 大変です!」
職員室が頼れないと分かって困り果てていたところ、今度はドタバタと足音を立てて何だかやかましい奴がやって来た。やはり生徒会の後輩である二年男子のイイジマだ。こいつは大体何処で遭遇しても甲高い声を響かせているような印象がある。
「ベランダ入ってみたけどムリでした! すみません!」
「待て、落ち着け。順番に話せ、順番に」
スバルはイイジマを立ち止まらせ、まずその場で深呼吸をさせる。生真面目で悪い奴でないことは知っているが、こいつの話は経過がすっ飛んでいて要領を得ないことが多い。
「で、ベランダがどうしたって?」
「先輩に飾りつけをするようにって言われましたけどその前に遅くなるって演劇部に伝えようと行ってみたんですそしたらベランダとベランダが繋がってることに気が付いてそこから入ろうとしてみたんですけど結局は開いてなくてそれで」
今度は話が遠回りすぎてイライラしてくるが、要するにこういうことだ。
彩玉学園中学の生徒会室は、同校の演劇部室と隣接している。イイジマは生徒会メンバーであると同時に演劇部員でもあるから、出席が遅れる旨を伝えようと顔を出したところ、双方を繋ぐベランダ側から生徒会室に侵入できないかと思いついたのだそうだ。が、結局外側の窓は閉まっていたので、失敗しましたという報告をしに来た訳だ。
まあ思いつきと行動だけは立派なのだが、頼むから整理して喋ってほしい。
「けど、生徒会室の窓っていつもカギ空いてなかった?」
ヒカリが全員の疑問を代弁する。
「普段そんなキッチリ閉めたりしないですよねぇ」
「秋になって寒いからって、こないだ話したんじゃなかったっけ」
「それ、確かナガヤマが言ったんだよな……」
スバルの言葉に全員が沈黙してしまう。スペアキーが使用不能な状況といいどうも不自然なことが続きすぎる。まさかとは思うが、ひょっとすると全てが会長の――、
「――あっ!」
イイジマが突然、素っ頓狂な声を上げて窓の外を指差した。イチイチ慌ただしい奴だ。
「今度は何だよ?」
「いま、そこに会長がいました!」
その場にいた全員がサッと顔色を変える。イイジマが指し示したのは、階段のすぐ傍にある校舎の中庭に面した窓ガラスの一角だ。スバルをはじめとした一同は咄嗟に駆け寄り、窓から外を見渡すが、そこには人影らしい人影は何も発見できない。
「見間違いじゃないのか?」
「本当にいたんですよ、通りがかりに手を振ってきましたけど、確かに目と耳と鼻があって」
「誰だってあるよ、目と耳と鼻は!」
むしろ無いとしたら、それはもう骨格標本か何かではないか。
「あと確かに両目が青かったんです」
「……まあ、それはナガヤマかもな」
ナガヤマ・ユウイチを人気者たらしめる理由のひとつに、彼が青い瞳の持ち主だというのがある。何かそういう血筋なのだと聞いた覚えはあるが、それ以上詳しい事情はスバルも含めて誰も知らない。少なくとも校内では彼ひとりしか持たない特徴ゆえ、顔見知りならばそうそう他人と見間違えるとは考えづらかった。だがなにしろ、イイジマの証言である。
半信半疑の一同は、次の行動を決めかねていた。それにしても……。
「……ずっと難しい顔してるけど、どうしたの」
ふとスバルは、ダテから小首を傾げてうんうん唸っていた姿を不審視された。
「いや……さっきから、何だか分からないんだけど、引っかかるんだよ。何かすっげえ大事なことを忘れてるような……」
敢えて言うなら、あるべきものが無いような、そんな違和感。凄く大事なものだったような気もするし、そうで無かったような気もする。たぶん窓際に駆け寄ってからのことだが、それ以上は現時点では、スバルにも上手く表現が出来なかった。
捜索の場は気付けば中庭へと移っており、スバルは慌てて追いかけようとするあまり思考を中断せざるを得なくなった。そしてそれっきり、この違和感のことは忘れてしまった。
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