上 下
3 / 7

03 第一種接近遭遇

しおりを挟む
「ナガヤマ、どこだー!」
「かいちょ~」

 スバルたちの必死の呼びかけも、広い昇降口では空しく反響して消えていくだけだ。ナガヤマが目撃されたという新校舎一階部分へやって来た一同だが、案の定そこに彼の姿は見当たらない。そう大きな学校でもないのに、何故こうも発見に手間取るのだろう。

 スバルが胸中の疑問に少しずつ蝕まれていると、そこへさっきから急に姿をくらましていたダテが廊下を小走りで戻って来た。彼女が来たのは、職員室がある方向だ。

「今まで何処行ってたんだ?」
「少し確かめたい事があって」
 ダテはスバルの前で立ち止まって、ほんの短い時間だけ膝に手を突いて息を整え、すぐ顔を上げた。見た目は文系そのものなのに、表情に全く疲労が現れないのは地味に凄い。

「今更気付いたんだけど、職員室ならスペアキーがあるんじゃないかと思って。試しに先生に訊いてみたの」
「そういえばそうだな。何で気付かなかったんだろ」
「結論から言うと、駄目だった。スペアキー自体はあったんだけど」
 ダテはそう言って職員室の方をチラリと振り返る。

「学校中のカギを管理してるキーボックスが、何故か今日に限って閉まっちゃってて。いつも開けっ放しにしてた所為で、暗証番号が分からないんだって」
「なんだよそれ!?」
 スバルの声が思わず裏返る。

「いつもオレたちにはうるさいクセに、自分たちはそれかよ」
「流石に管理が杜撰ずさんすぎるっていうか、無責任っていうか……ねぇ……」
「――大変です! 大変です!」

 職員室が頼れないと分かって困り果てていたところ、今度はドタバタと足音を立てて何だかやかましい奴がやって来た。やはり生徒会の後輩である二年男子のイイジマだ。こいつは大体何処で遭遇しても甲高い声を響かせているような印象がある。

「ベランダ入ってみたけどムリでした! すみません!」
「待て、落ち着け。順番に話せ、順番に」
 スバルはイイジマを立ち止まらせ、まずその場で深呼吸をさせる。生真面目で悪い奴でないことは知っているが、こいつの話は経過がすっ飛んでいて要領を得ないことが多い。

「で、ベランダがどうしたって?」
「先輩に飾りつけをするようにって言われましたけどその前に遅くなるって演劇部に伝えようと行ってみたんですそしたらベランダとベランダが繋がってることに気が付いてそこから入ろうとしてみたんですけど結局は開いてなくてそれで」
 今度は話が遠回りすぎてイライラしてくるが、要するにこういうことだ。

 彩玉学園中学の生徒会室は、同校の演劇部室と隣接している。イイジマは生徒会メンバーであると同時に演劇部員でもあるから、出席が遅れるむねを伝えようと顔を出したところ、双方を繋ぐベランダ側から生徒会室に侵入できないかと思いついたのだそうだ。が、結局外側の窓は閉まっていたので、失敗しましたという報告をしに来た訳だ。

 まあ思いつきと行動だけは立派なのだが、頼むから整理して喋ってほしい。
「けど、生徒会室の窓っていつもカギ空いてなかった?」
 ヒカリが全員の疑問を代弁する。

「普段そんなキッチリ閉めたりしないですよねぇ」
「秋になって寒いからって、こないだ話したんじゃなかったっけ」
「それ、確かナガヤマが言ったんだよな……」

 スバルの言葉に全員が沈黙してしまう。スペアキーが使用不能な状況といいどうも不自然なことが続きすぎる。まさかとは思うが、ひょっとすると全てが会長の――、

「――あっ!」
 イイジマが突然、素っ頓狂な声を上げて窓の外を指差した。イチイチ慌ただしい奴だ。

「今度は何だよ?」
「いま、そこに会長がいました!」

 その場にいた全員がサッと顔色を変える。イイジマが指し示したのは、階段のすぐ傍にある校舎の中庭に面した窓ガラスの一角だ。スバルをはじめとした一同は咄嗟に駆け寄り、窓から外を見渡すが、そこには人影らしい人影は何も発見できない。

「見間違いじゃないのか?」
「本当にいたんですよ、通りがかりに手を振ってきましたけど、確かに目と耳と鼻があって」
「誰だってあるよ、目と耳と鼻は!」
 むしろ無いとしたら、それはもう骨格標本か何かではないか。

「あと確かに両目が青かったんです」
「……まあ、それはナガヤマかもな」

 ナガヤマ・ユウイチを人気者たらしめる理由のひとつに、彼が青い瞳の持ち主だというのがある。何かそういう血筋なのだと聞いた覚えはあるが、それ以上詳しい事情はスバルも含めて誰も知らない。少なくとも校内では彼ひとりしか持たない特徴ゆえ、顔見知りならばそうそう他人と見間違えるとは考えづらかった。だがなにしろ、イイジマの証言である。
 半信半疑の一同は、次の行動を決めかねていた。それにしても……。

「……ずっと難しい顔してるけど、どうしたの」
 ふとスバルは、ダテから小首を傾げてうんうん唸っていた姿を不審視された。
「いや……さっきから、何だか分からないんだけど、引っかかるんだよ。何かすっげえ大事なことを忘れてるような……」

 敢えて言うなら、あるべきものが無いような、そんな違和感。凄く大事なものだったような気もするし、そうで無かったような気もする。たぶん窓際に駆け寄ってからのことだが、それ以上は現時点では、スバルにも上手く表現が出来なかった。

 捜索の場は気付けば中庭へと移っており、スバルは慌てて追いかけようとするあまり思考を中断せざるを得なくなった。そしてそれっきり、この違和感のことは忘れてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

マスクドアセッサー

碧 春海
ミステリー
主人公朝比奈優作が裁判員に選ばれて1つの事件に出会う事から始まるミステリー小説 朝比奈優作シリーズ第5弾。

蠍の舌─アル・ギーラ─

希彗まゆ
ミステリー
……三十九。三十八、三十七 結珂の通う高校で、人が殺された。 もしかしたら、自分の大事な友だちが関わっているかもしれない。 調べていくうちに、やがて結珂は哀しい真実を知ることになる──。 双子の因縁の物語。

嘘つきカウンセラーの饒舌推理

真木ハヌイ
ミステリー
身近な心の問題をテーマにした連作短編。六章構成。狡猾で奇妙なカウンセラーの男が、カウンセリングを通じて相談者たちの心の悩みの正体を解き明かしていく。ただ、それで必ずしも相談者が満足する結果になるとは限らないようで……?(カクヨムにも掲載しています)

授業

高木解緒 (たかぎ ときお)
ミステリー
 2020年に投稿した折、すべて投稿して完結したつもりでおりましたが、最終章とその前の章を投稿し忘れていたことに2024年10月になってやっと気が付きました。覗いてくださった皆様、誠に申し訳ありませんでした。  中学校に入学したその日〝私〟は最高の先生に出会った――、はずだった。学校を舞台に綴る小編ミステリ。  ※ この物語はAmazonKDPで販売している作品を投稿用に改稿したものです。  ※ この作品はセンシティブなテーマを扱っています。これは作品の主題が実社会における問題に即しているためです。作品内の事象は全て実際の人物、組織、国家等になんら関りはなく、また断じて非法行為、反倫理、人権侵害を推奨するものではありません。

機織姫

ワルシャワ
ホラー
栃木県日光市にある鬼怒沼にある伝説にこんな話がありました。そこで、とある美しい姫が現れてカタンコトンと音を鳴らす。声をかけるとその姫は一変し沼の中へ誘うという恐ろしい話。一人の少年もまた誘われそうになり、どうにか命からがら助かったというが。その話はもはや忘れ去られてしまうほど時を超えた現代で起きた怖いお話。はじまりはじまり

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

どんでん返し

あいうら
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~ ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが… (「薪」より)

一年B組探偵団と盗まれたルビー

white love it
ミステリー
N市立上代中学一年B組の和也、真、南、乃愛は新聞委員の取材で、相田正一の屋敷を訪ねるが、そこで宝石が盗まれ相田正一はそのショックから死んでしまう。はたして真相は…… 藍川和也…中学一年生、推理小説が好き 山形真 …中学一年生、サッカー少年 葛城南 …中学一年生、勉強が得意 夢野乃愛…中学一年生、美少女子役 相田正一…引退した会社経営者 松永菊枝…相田正一の使用人 牧本保 …豪快な雰囲気の宝石商 米塚浩一…冷徹な雰囲気の宝石商 荒野霧江…絶世の美女の宝石商

処理中です...