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第13話:オオカミ屋敷への潜入!-猟犬獣鬼テンダべロス登場-(前編)

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 度重なる怪事件と生徒・教師らの集団失神を受け、命星小学校は遂に一週間の臨時休校と、学内施設総点検に踏み切った。

 子どもたちには山のような宿題が課されるのと同時に、期間中の不要不急の外出自粛が言い渡され、誰もが窮屈さを強いられている……と思われていたのだが。

 その週の後半、はじめたちMPAメンバー三名は、何故か揃って隣町にある住宅地の外れに姿を見せていた。何を隠そう究太郎による緊急の呼び出し電話があったからである。

「このお屋敷の持ち主は大神博士っていう人で、絶滅した二ホンオオカミを研究する若き天才だったんだって。それが十年ぐらい前、ある日急に行方不明になって……」
「待って究太郎、その話って魔獣と何か関係ある?」

 相変わらず放っておくと長くなりそうな気配に、はじめは最初のうちに機先を制しておく。
「確かに滅茶苦茶怪しいし、幽霊とか出そうな感じするけどさ」

 はじめは眼前にそびえ立つボロボロな二階建ての洋館を見上げて言った。前面を林、後方を小丘に囲まれたそこは住宅地に接していながら、雰囲気としては周囲から明らかにどこか孤立していた。そこだけ遥かな昔の時代のまま取り残されたような、そんな異質さを覚える。

「最近、ここからオオカミの遠吠えが聞こえてくるんだって」
 究太郎はサラッととんでもないことを口にする。

「MPAのサイトにメールが届いてたんだ。だけど、その声って近くを一緒に通った大人には全然聞こえなかったらしくて。なんか魔獣っぽいと思わない?」
「それを本気で信じて、ぼくや上城を呼び出せるっていうのが逆に凄いよな……」
「……」

 ひかるは、ここに来てからというもの終始無言だった。いや、普段から無口ではあるのだが、今日はより一層静かである。やはり先日の件をまだ怒っているのだろうか……。

 実のところ、ひかるとはここへ来る電車の中で途中ぐらいから一緒だったのだが、余りにも口を聞いてくれないため正直泣きたい気分だったのだ。これではまるで、会ったばかりの頃に逆戻りである。

「ここを調べたいのはホントだけどさ……」
 究太郎は、はじめにだけこっそりと耳打ちをしてきた。

「思った通り、こないだのことで上城さんと気まずいでしょ。だから仲直りのチャンスにしてほしくて。ほら、ジェットコースターとかお化け屋敷とか一緒に行くと、ドキドキして仲良くなりやすいってのあるでしょ。釣り堀効果とかって」
「吊り橋効果だろ……」
 だからといって本物の幽霊屋敷に連れてくるというのが、如何にも究太郎らしい。

 究太郎が個人で設置したMPAのホームページには、やはり彼個人が準備したアドレス宛に調査依頼を送れるフォームが置いてある。そこには時々、こうして怪しいウワサが舞い込んでくるのだが、その大半は残念なことにイタズラとか思い込みだ。この幽霊屋敷だか何だかも、ハッキリ言ってあまり期待は出来ないだろう。

 とはいえひかると仲直りのチャンスが欲しかったのは事実なのでそこは素直に感謝したい。親切の形は人それぞれということだ。

「おしゃべりはその辺で終わりにして」
 ひかるが突然言った。その日、初めて口を聞いたような気がした。

「調べるなら、早く済ませて。もし魔獣がいたとしても、そいつは間違いなく私が追ってる奴とは関係ない。いないならいないで、時間を無駄にしたくない」

 彼女はそうして言いたい事を言うと、ひとりでさっさとカギの壊れた門を開け敷地に入って行ってしまう。はじめと究太郎は殆んどクセのように顔を見合わせてから、自分たちもやがておっかなびっくり後に続いて入って行った。

* * *

 屋敷の内部は、実際に入ってみると外から見るより一層広々とした風に感じられた。玄関をくぐるとすぐ二階分の高さがあるエントランスホールがあって、そこから一階、二階とも左右それぞれにひたすら長い廊下が続いている。

 十年も放置されていたという割には、家具や調度類に殆んど損傷は見られない……せいぜいホコリが積もっているぐらいである。究太郎の言うように、屋敷の主人がある日突然消えてしまったというウワサが立つのも、何処か納得のいく気がした。

「暑いな」
 はじめは無意識のうちにシャツの端をパタパタとやっていた。

「上着なんか着てくるんじゃなかった」
「天気予報見なよ、はじめ。今日は夏日だって、こないだぐらいから言われてたよ」
「秋なのに夏日っておかしいだろ……」
「窓とかみんな閉まってるし、湿気がこもってるのもあるかも。カビ臭いし後でどっか開けた方が良いかもよ、熱中症になる」

 言われてみると、確かに周囲の窓で開いているものはない。その割にカーテンだけはどれも小ぎれいに両端に折り畳まれているから日差しが入って、屋敷内には電気などは確実に通っていないにもかかわらず、程よく明るさが保たれている。

「ここ、ぼくたちだけで探検し切れるのかな。思ってたよりも中広いし、途中で暗くなったらいくらなんでも怖いんだけど」
「でも、こないだみたいなことにならなきゃ二~三時間は余裕あるから。流石に回り切れると思うよ。一応、お昼も持ってきてあるし」
「それ安心して良いのかな……」

 究太郎の予感は、嫌な場面に限ってやたら当たる傾向がある。こないだみたいなこと、とは要するに夕方を待たずして幼魔獣が出現する可能性のことだ。そうなってしまったらむしろ、お昼もへったくれもないのではないか。

「……上城は? お昼とか持ってきてあるの」
 はじめは不安を紛らわすため、ひかるに話題を振ってみた。何だか先程から彼女だけずっと黙っているため、敢えて自分から話しかけてみた……というのもある。

「……ピクニックじゃないから」
 冷たい調子でそれだけ言うと、彼女はやはりひとりで屋敷の奥に進んでしまう。取りつく島がなさ過ぎる。こんなことで、本当に仲直りなんて可能なんだろうか。はじめは余計に気分が重たくなってきたので、何でもいいから話題を変えようと思った。

「究太郎さ、よかったらこの屋敷のことを、もうちょっと教えてくれない? なんで家の人が行方不明になったのか……とか」
「そう、それそれ。大神博士ってのは二ホンオオカミの研究者なんだけど、絶滅した遺伝子を丸ごと甦らせようとしてたウワサがあってさ。つまりマッドサイエンティストってやつ」
「絶滅した遺伝子……化石からDNA集めて、クローン作ろうとしたとか?」

 遺伝子操作で絶滅した恐竜を現代に甦らせる、というSF映画ははじめもよく知っている。現実の世界でも、氷漬けで見つかった毛や皮膚の遺伝子を基に、ゾウを母親代わりに絶滅したマンモスの子どもを復活させようというプロジェクトを聞いた事がある。

「ううん、そんなモンじゃないんだ」
 しかし、究太郎の口から語られたのはそうしたものとは性格が異なっていた。

「大神博士は、過去の時代からまだ絶滅する前の生きた二ホンオオカミを、現代に直接連れてこようとしてた……つまり、タイプスリップをやろうとしたらしいんだよ」
「…………え?」
 はじめは正直耳を疑った。絶滅動物の研究話が、いきなり時間移動の話に飛んでしまったのだから無理もない。

「いや、本当に大神博士が周りにそういう計画を話してたんだって。しかもそれで、いつの間にか博士は行方不明になってたって。どう思う?」
「……なんだかなぁ、凄すぎてよく分からないよ」

 本音を言えば十中八九誰かのでっち上げだろう。話があまりに飛躍し過ぎている。
 一方で、当初はUMAだの超自然発火現象だのアホらしいと聞き流していたウワサが、実は全て魔獣の仕業でしたと判明した件を踏まえれば、究太郎の集めてくる話も無視できないのではないか、という予感がするのも事実だった。

「もしかして、お屋敷のどっかにタイムマシンがあったりしてね」
「ぼくら一応、魔獣探しに来たんだよな……?」
「…………」

 ふたりのバカ話には相変わらず黙殺一辺倒の態度を貫いているひかるが、屋敷に入ってからもはや何個目になるか分からない部屋のドアをあけ放つ。

 現れたのは、謎の容器が多数並んだガラス棚に加え、大量の容器が支柱に固定され防火加工されたと思しき近代的材質の長テーブル。そこはさながら、大掛かりな理科の実験室だ。

 おまけにテーブルの中央には、正体のよく分からない光沢を放つ青い水晶玉のような何かが設置されている。そこだけ見れば占い師の館のようでもある。

「ここの人、マジで何の研究してたんだ?」
「……ここにも魔獣はいないみたい」

 困惑するはじめとは反対に、ひかるは心底から興味が無さそうな口調で、今まで通り即座に次の部屋へと移動しようとした。ところがその時、「待った」と究太郎が突然部屋の中へと飛び込んだのだ。

「いきなりどうしたんだよ?」
「……やっぱり、思った通りだ。こんなところにもあるぐらいだし、間違いない」
「なあ、究太郎ってば」
「上城さん!」

 ひとりで何か合点がいったみたいなことをブツブツ呟いていた究太郎が、勢いよくひかるの方を振り向いて言った。その眼差しは、未だかつてないほど真剣そうに見える。

「ひとつ、確かめたい事があるんだ」
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