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第2話:転校生は魔獣ハンター!-月光怪鳥ルナキラス登場-(中編)
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「つまりですね、学校の近くに異次元へのトンネルが開いてるかもしれないんですよ!」
宮内究太郎は、白熱していた。
隣でははじめが置いてけぼりになって白目を剥き、正面の教員机に座る児嶋先生は若干困惑したような苦い笑いを浮かべて話を聞いている。
そこは放課後の教室だった。
「新学期が始まって二週間、学校中でワンパスキャットとジャージーデビルの目撃情報が集まってるんです。それにこないだの超自然発火現象、あれは異次元から流れ込んだエネルギーの影響で……」
「待って、待って、待って」
はじめは流石にちょっと堪え切れなくなって、究太郎を制止した。本人は不満げな顔をしているが、この際知ったことではない。
「さっきも訊いたけど、ワンパスキャットって何?」
「北アメリカのUMA、つまり怪獣だよ!」
究太郎はまたしても興奮気味に解説し始める。どうでもいいけれど、頭ひとつ分背が高いのだからあまり飛沫を飛ばさないように気を付けて喋って貰えないものか。
「全身が真っ黒なネコの姿をしてて、異次元からやって来てワープするんだ!」
「じゃあ、ナントカデビルっていうのは」
「ジャージーデビル、つまりニュージャージー州の悪魔だよ。馬とコウモリと鳥を合体させた見た目をしてて……」
馬かコウモリか鳥か、せめてどれかひとつに絞って貰えないものか。
「やっぱりこれも、北アメリカに出るUMAなんだ」
「なんでアメリカの怪獣が日本にいるんだよ?」
「だから、ワープしてきたんだって!」
はじめは段々頭痛がしてきた。これを先生もいる目の前で大真面目に主張するから、始末が悪い。はじめは助けを求めるように、担任でありクラブの顧問でもある児嶋先生の方を見た。
「先生、どう思います?」
「何かその、証拠になるようなものはあるのかい?」
先生はやんわりと究太郎の目を見て言った。
「例えば、写真とか」
「目撃証言はいっぱいあるんです」
究太郎は小さなノートを取り出して、何かの名簿みたいなものを見せてきた。
「時間はいつも夕方。日にちはバラバラだけど、男とか女は関係なくて、あと下の学年になるほど数が多いです」
「こんなに沢山調べたのか?」
はじめは素直にビックリした
「それに学校で写真撮れるのは俺たちMPAだけって、先生も知ってるじゃないですか」
メイセイ・プレス・アソシエーション。略称MPA。
またの名を命星小学校報道協会。まあ簡単にいえば、校内で独自の壁新聞を発行する一種のクラブ活動であり、はじめと究太郎はそのメンバーなのだ。
顧問は担任でもある児嶋先生。先生が許可を取ってくれたお陰で、ふたりは休み時間などであればクラブ活動の延長線の名目で、取材目的でのカメラ使用が認められている。
が、逆にいえば他の生徒たちは校内で何を目撃しようとも、基本的には写真など残せないということになる。小学生とは本来そういうものだ。
「うーん、載せてもいいけど、決定的証拠がないなら『ウワサです』ってちゃんと書かないとかな」
児嶋先生は迷った様子を見せた末に、そう結論づけた。
「あと、こないだのボヤ騒ぎはあくまでも事故だよ。窓ガラスがレンズになって、太陽の光が集まったから机が偶然燃えたんだ。理科で習わなかったかい?」
「でもあの教室、何年も使われてなかったって聞きましたよ。もっと前に火事が起きていても不思議じゃないって」
こういう話題になると究太郎はとてもしつこい。
児嶋先生も大変だな、とはじめは同情した。実をいえば今は、クラブ活動の時間でも何でもない。正式な活動は他のクラブと合わせて二週間に一度、MPAの場合ならパソコンルームに集まる形で開催される。
が、熱量の凄い究太郎は正式な活動日以外でもはじめと先生を呼びつけ、時々こうしてプレゼンをしてくることがあるのだ。
はじめはそのエネルギーが正直うっとおしくもあり、同時に少々羨ましくもあった。
「上城ひかるさんをインタビューしてみるっていうのはどうかな?」
児嶋先生が極めて常識的な提案を試みる。
「新しく転校してきたのがどんな子なのか、みんな知りたがっているんじゃないかな?」
「それは、ぼくも考えたんですけど」
今度は、はじめが究太郎の代わりに答える番だった。
「あの子、気付くといつもどっか行っちゃうんで、しようと思っても話が出来ないんですよ」
「やっぱりレプティリアンなんだって!」
「まだ言ってるのかよ!?」
はじめが呆れていると、児嶋先生が興味を示した。
「なんだい、レプティリアンって」
そこで究太郎は、はじめにした時のように宇宙トカゲ星人の地球侵略説を先生に熱弁。すると案の定「こらこら」と穏やかではあるが、叱られてしまっていた。
「UFOや怪獣が好きなのはいい、だけどクラスメイトの悪口になるようなことを、ちゃんとした証拠も集めずに言うもんじゃないよ。いいね?」
「レプティリアン……」
究太郎はたちまちしょげてしまっていた。
そんなに落ち込むことなのか。むしろ当たり前じゃないか……。
はじめが微妙な顔をしていると、児嶋先生は微笑むようにその大きな手を伸ばし、究太郎も含めたふたりの頭をガシガシと撫でてくる。
先生は優しくさわやかな人で、たとえ厳しいことを言っても不思議と人を安心させてくれるところがあるのだ。はじめは照れくさくなって、思わず首をすぼめてしまう。
自分まで慰める必要は無かったと思うが……。
ともかくこんな具合で、その日のMPA活動はお開きとなった。
* * *
昇降口で上履きをクツに履き替えると、沈みかけの太陽で一面オレンジ色に染まった校庭がはじめの視界を埋め尽くす。秋の季節は夕方になるのがとても早い。地球と太陽の距離がどうとか理科で習った気がするが、はじめはあまりよく覚えていない。
「はじめ、はじめ」
後ろから、同じくクツを履き終えた究太郎が話しかけてくる。
「本当にしてみる? 上城さんのインタビュー」
「究太郎はそれで大丈夫なの?」
「また怒られるのイヤだし、はじめが良いなら良いよ」
なんだか責任を互いに押しつけあってるみたいだなぁ、とはじめは段々よく分からない気持ちになってきた。
上城ひかるが奇妙なのは、休み時間にいつも行方不明になることだけではない。簡単にいうと、彼女は給食を一切食べないのだ。
より正確には、学校から出される献立を決して口にしようとしない。いつも、家から持ってきたという小さなおにぎりだけをモソモソと、しかもあまり美味しく無さそうに食べている。先生は「ご家庭の事情」とだけ説明したが、それが何なのか誰も知らない。
ひとりひとつ配られる牛乳も当然飲まない。代わりに首から提げた竹筒のようなものから、偶にちょっとずつ水らしき何かを、小さな喉を鳴らしてゴクゴク飲んでいる。しかもはじめは見たのだが、その竹筒には青い星のような形をした謎のマークが描かれていた。
いくらなんでもちょっと怪しすぎる。けれども、よく確かめようとすると本人に気付かれてにらまれてしまったため、結局それ以上は何も分からなかった。
とにかくもう、何から何までが謎なのが上城ひかるという少女だった。究太郎ではないが、彼女が宇宙人だとウワサする生徒が出ても正直不思議じゃない、とはじめは思った。
そんな彼女がインタビューなんて受けてくれるのかと、疑わしい気持ちを抱きながら校門へ向かおうとしたその時、
「はじめ! はじめ!」
急に背後で究太郎が大声を上げた。振り返ると、彼が何故か昇降口を出たばかりのところで空を見上げ、ボケーッと立ち止まっている。
「なんだよ、UFOでも見つけたのか?」
「月だよ!」
究太郎に言われて空を見ると、確かに夕空には光る月が出ていた。沈みかけの太陽の脇に、ポツンと浮かぶ三日月だ。しかし、それがどうしたというんだろう。夕方に月が出るなんて、キレイではあるが珍しくもなんともないじゃないか。
「月の上にウサギでもいた?」
「ふたつあるんだよ!」
はじめは、言われてからしばらくして状況に気が付き、ギョッとした。
黒と青と、オレンジのグラデーションの空にもうひとつ、別の三日月が浮かんでいるのだ。しかもその月は、太陽の近くのものよりも異常に大きく、その上動いていた。はじめは思わずメガネを外して一旦拭いてから、またかけなおす。どうも見間違いではないらしい。
「こっちに来る」
究太郎の指差す方向から、巨大な三日月がぐんぐんと近づいて来て、遂には甲高い叫び声を上げた。想像を遥かに超えた事態に、はじめは戦慄する。
それは、怪獣だった。
宮内究太郎は、白熱していた。
隣でははじめが置いてけぼりになって白目を剥き、正面の教員机に座る児嶋先生は若干困惑したような苦い笑いを浮かべて話を聞いている。
そこは放課後の教室だった。
「新学期が始まって二週間、学校中でワンパスキャットとジャージーデビルの目撃情報が集まってるんです。それにこないだの超自然発火現象、あれは異次元から流れ込んだエネルギーの影響で……」
「待って、待って、待って」
はじめは流石にちょっと堪え切れなくなって、究太郎を制止した。本人は不満げな顔をしているが、この際知ったことではない。
「さっきも訊いたけど、ワンパスキャットって何?」
「北アメリカのUMA、つまり怪獣だよ!」
究太郎はまたしても興奮気味に解説し始める。どうでもいいけれど、頭ひとつ分背が高いのだからあまり飛沫を飛ばさないように気を付けて喋って貰えないものか。
「全身が真っ黒なネコの姿をしてて、異次元からやって来てワープするんだ!」
「じゃあ、ナントカデビルっていうのは」
「ジャージーデビル、つまりニュージャージー州の悪魔だよ。馬とコウモリと鳥を合体させた見た目をしてて……」
馬かコウモリか鳥か、せめてどれかひとつに絞って貰えないものか。
「やっぱりこれも、北アメリカに出るUMAなんだ」
「なんでアメリカの怪獣が日本にいるんだよ?」
「だから、ワープしてきたんだって!」
はじめは段々頭痛がしてきた。これを先生もいる目の前で大真面目に主張するから、始末が悪い。はじめは助けを求めるように、担任でありクラブの顧問でもある児嶋先生の方を見た。
「先生、どう思います?」
「何かその、証拠になるようなものはあるのかい?」
先生はやんわりと究太郎の目を見て言った。
「例えば、写真とか」
「目撃証言はいっぱいあるんです」
究太郎は小さなノートを取り出して、何かの名簿みたいなものを見せてきた。
「時間はいつも夕方。日にちはバラバラだけど、男とか女は関係なくて、あと下の学年になるほど数が多いです」
「こんなに沢山調べたのか?」
はじめは素直にビックリした
「それに学校で写真撮れるのは俺たちMPAだけって、先生も知ってるじゃないですか」
メイセイ・プレス・アソシエーション。略称MPA。
またの名を命星小学校報道協会。まあ簡単にいえば、校内で独自の壁新聞を発行する一種のクラブ活動であり、はじめと究太郎はそのメンバーなのだ。
顧問は担任でもある児嶋先生。先生が許可を取ってくれたお陰で、ふたりは休み時間などであればクラブ活動の延長線の名目で、取材目的でのカメラ使用が認められている。
が、逆にいえば他の生徒たちは校内で何を目撃しようとも、基本的には写真など残せないということになる。小学生とは本来そういうものだ。
「うーん、載せてもいいけど、決定的証拠がないなら『ウワサです』ってちゃんと書かないとかな」
児嶋先生は迷った様子を見せた末に、そう結論づけた。
「あと、こないだのボヤ騒ぎはあくまでも事故だよ。窓ガラスがレンズになって、太陽の光が集まったから机が偶然燃えたんだ。理科で習わなかったかい?」
「でもあの教室、何年も使われてなかったって聞きましたよ。もっと前に火事が起きていても不思議じゃないって」
こういう話題になると究太郎はとてもしつこい。
児嶋先生も大変だな、とはじめは同情した。実をいえば今は、クラブ活動の時間でも何でもない。正式な活動は他のクラブと合わせて二週間に一度、MPAの場合ならパソコンルームに集まる形で開催される。
が、熱量の凄い究太郎は正式な活動日以外でもはじめと先生を呼びつけ、時々こうしてプレゼンをしてくることがあるのだ。
はじめはそのエネルギーが正直うっとおしくもあり、同時に少々羨ましくもあった。
「上城ひかるさんをインタビューしてみるっていうのはどうかな?」
児嶋先生が極めて常識的な提案を試みる。
「新しく転校してきたのがどんな子なのか、みんな知りたがっているんじゃないかな?」
「それは、ぼくも考えたんですけど」
今度は、はじめが究太郎の代わりに答える番だった。
「あの子、気付くといつもどっか行っちゃうんで、しようと思っても話が出来ないんですよ」
「やっぱりレプティリアンなんだって!」
「まだ言ってるのかよ!?」
はじめが呆れていると、児嶋先生が興味を示した。
「なんだい、レプティリアンって」
そこで究太郎は、はじめにした時のように宇宙トカゲ星人の地球侵略説を先生に熱弁。すると案の定「こらこら」と穏やかではあるが、叱られてしまっていた。
「UFOや怪獣が好きなのはいい、だけどクラスメイトの悪口になるようなことを、ちゃんとした証拠も集めずに言うもんじゃないよ。いいね?」
「レプティリアン……」
究太郎はたちまちしょげてしまっていた。
そんなに落ち込むことなのか。むしろ当たり前じゃないか……。
はじめが微妙な顔をしていると、児嶋先生は微笑むようにその大きな手を伸ばし、究太郎も含めたふたりの頭をガシガシと撫でてくる。
先生は優しくさわやかな人で、たとえ厳しいことを言っても不思議と人を安心させてくれるところがあるのだ。はじめは照れくさくなって、思わず首をすぼめてしまう。
自分まで慰める必要は無かったと思うが……。
ともかくこんな具合で、その日のMPA活動はお開きとなった。
* * *
昇降口で上履きをクツに履き替えると、沈みかけの太陽で一面オレンジ色に染まった校庭がはじめの視界を埋め尽くす。秋の季節は夕方になるのがとても早い。地球と太陽の距離がどうとか理科で習った気がするが、はじめはあまりよく覚えていない。
「はじめ、はじめ」
後ろから、同じくクツを履き終えた究太郎が話しかけてくる。
「本当にしてみる? 上城さんのインタビュー」
「究太郎はそれで大丈夫なの?」
「また怒られるのイヤだし、はじめが良いなら良いよ」
なんだか責任を互いに押しつけあってるみたいだなぁ、とはじめは段々よく分からない気持ちになってきた。
上城ひかるが奇妙なのは、休み時間にいつも行方不明になることだけではない。簡単にいうと、彼女は給食を一切食べないのだ。
より正確には、学校から出される献立を決して口にしようとしない。いつも、家から持ってきたという小さなおにぎりだけをモソモソと、しかもあまり美味しく無さそうに食べている。先生は「ご家庭の事情」とだけ説明したが、それが何なのか誰も知らない。
ひとりひとつ配られる牛乳も当然飲まない。代わりに首から提げた竹筒のようなものから、偶にちょっとずつ水らしき何かを、小さな喉を鳴らしてゴクゴク飲んでいる。しかもはじめは見たのだが、その竹筒には青い星のような形をした謎のマークが描かれていた。
いくらなんでもちょっと怪しすぎる。けれども、よく確かめようとすると本人に気付かれてにらまれてしまったため、結局それ以上は何も分からなかった。
とにかくもう、何から何までが謎なのが上城ひかるという少女だった。究太郎ではないが、彼女が宇宙人だとウワサする生徒が出ても正直不思議じゃない、とはじめは思った。
そんな彼女がインタビューなんて受けてくれるのかと、疑わしい気持ちを抱きながら校門へ向かおうとしたその時、
「はじめ! はじめ!」
急に背後で究太郎が大声を上げた。振り返ると、彼が何故か昇降口を出たばかりのところで空を見上げ、ボケーッと立ち止まっている。
「なんだよ、UFOでも見つけたのか?」
「月だよ!」
究太郎に言われて空を見ると、確かに夕空には光る月が出ていた。沈みかけの太陽の脇に、ポツンと浮かぶ三日月だ。しかし、それがどうしたというんだろう。夕方に月が出るなんて、キレイではあるが珍しくもなんともないじゃないか。
「月の上にウサギでもいた?」
「ふたつあるんだよ!」
はじめは、言われてからしばらくして状況に気が付き、ギョッとした。
黒と青と、オレンジのグラデーションの空にもうひとつ、別の三日月が浮かんでいるのだ。しかもその月は、太陽の近くのものよりも異常に大きく、その上動いていた。はじめは思わずメガネを外して一旦拭いてから、またかけなおす。どうも見間違いではないらしい。
「こっちに来る」
究太郎の指差す方向から、巨大な三日月がぐんぐんと近づいて来て、遂には甲高い叫び声を上げた。想像を遥かに超えた事態に、はじめは戦慄する。
それは、怪獣だった。
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