逍遙の殺人鬼

こあら

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家に帰ったら春さんが既に帰っていた
そりゃそうか、だってもう夜中だもん

「どうしたの、びしょ濡れじゃない!?あんたね、ちーちゃんが風邪引いたらどうすんのよ!」

「知らん。風邪を引いたら病院行けばいい。」

「そー言う問題じゃないでしょう‼やっぱ頭湧いちゃってんじゃないの?会話も成立しやしない。」

「会話なら成立しているだろう。腹筋割って話してやってんだ、感謝しろよ。」

「なんで筋トレしてんのよ。でしょ!おちょくるのもいい加減にしなさいよ、昆布頭!!」

相変わらず、この2人が揃うと夫婦喧嘩が止まらない
私は平気ですと言おうとして、まさかのくしゃみが出た
11月に海ではしゃぐもんじゃ無いと思い知らされた









お風呂で塩まみれの髪の毛を洗った
若干固まりつつあって、うねって絡まる私の髪の毛を更に最悪な状態にしていた

「夕飯前にお風呂入っておいで」と春さんに促されて入ったけど、朔夜さんも濡れて寒いだろうからなるべく早く済ませようと急いだ
でも、お風呂場までも2人の声が聴こえた

(まだ喧嘩してるのかな…)
春さんの叫びに近い声とそれを煽るような言い方の朔夜さんの反論が、お風呂内を反響している

「久しぶりに外出たと思ったら、まーたしょうもない事して。そんなんなら、もう小説家なんて辞めなさいよ。」

「女装してくっさい男と酒飲んでるオカマに言われたくない。俺は仕事の為に外に出たんだ、何が悪い。」

「アタシはちゃんと稼いでる。あんたはどうなのよ、え?ちっさい仕事しか回ってこない、それに書けないんでしょう!だったら辞めちゃいなさいよ。」

「仕事は仕事だ。大きいも小さいもない。額が違うからって自分を棚に上げるなよ。お前なんか酒の力がなかったら一銭も稼げねぇだろ!」

「努力が報われないからって八つ当たりしないでくれない?見苦しいし、みみっちいわ。なんてケツアナの小さい男。」

「"八つ当たり"じゃない、事実だ。それに俺はいつでも本気で真面目に仕事に取り組んでる、BIGサイズでメガ盛りくらいな。チャラチャラして男に尻振ってるような誇れない仕事してる奴に、言われたかねーんだよ!」

何だかヒートアップしてる気がする…
早々に切り上げて、お風呂場を出た

(春さん、そんな事言わないであげて…)

何故だか、物凄く擁護したくなる気持ちになった
春さんの言い分も分かるし、朔夜さんの言い分も分かる

人は夢のために頑張る
最初から最後まで完璧にこなせる天才なんてごく僅かで、その一握りに近づきたくて必死に藻掻く
それでも成功する人物だって限られていて、でも夢を諦めたくなくって悩んで苦しんでる

朔夜さんの気持ちが全て丸ごと分かると言ったら嘘になる
本当の事は本人しか知り得ない
でも、共感…出来る気がした

「春さん!あの…朔夜さんは、次回作の構築の為に外に出ましてですね…。そらから…もう、粗方内容も出来てるみたいですよ?…」

「ちーちゃん…。あのね、この大食い穀潰しの事を庇いたい気持ちは2%位は分かるわ。でもね、髪の毛はちゃんと乾かないとダメよ。」

「あ…急いでたのもで、」(つい…)

「せっかく温まったのに、風邪引いちゃうでしょ?向こうでドライヤーしてあげる。取り敢えず、話は後。」

最後に言った言葉、"話は後"は…きっと朔夜さんに向けて言ったんだと思う
「行こう。」と私の手を取る春さんは、ちょっと怒っているように見える

後ろを振り返って朔夜さんを見てアイコンタクトを送った
ここは任せろみたいな感じに出来たかどうかは定かではないが、激戦化を未然に防いだんだ
このつたない、不出来なウィンクで、この私の心情を悟ってくれや

「春さんごめんなさい。せっかく借りた洋服、海水まみれにしてしまいました…」

「いーのいーの、どうせあんの馬鹿のせいでしょ。本当にごめんね、今日1日疲れたでしょ?」

「疲れてないと言えば偽証になりますが…今まで行ったことのない場所に行くことができて、思いの外楽しかったです」

「断りきれなかったんでしょ?ちーちゃん優しいものね。あんな人の都合無視して振り回す奴大ッ嫌い。あの牛野郎に代わって謝るわ。」

そんな事しなくていいのに
春さんも朔夜さんも、顔を合わせればいつも喧嘩ばかりしてるから、お互いにお互いを誤解しているんじゃないかな?
ちゃんと、穏やかに話し合えばいいのに
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