逍遙の殺人鬼

こあら

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誰かが呼びかける声が聞こえて、重いまぶたを開いた
それはギュウ君で入浴場から運び出してくれた様だ
心配した顔で見下ろすその顔は、いつぞやの臼田うすたさんと重なって見えた

「大丈夫か?」

「…うん、大丈夫…」

少しクラクラするが、先程に比べたらだいぶ回復している
そんな私を「良かった!…」と抱きしめてくる彼のせいで、また頭が沸騰しそうだ
気づいていないのか?今お風呂を出たばかりのバスタオル一枚なんですけど…
全身の血が、頭に集結するみたいな感じだ









「俺がもっと上手く研さんを追い払ってれば、ちさがこんなになる前に入浴場から出させたのに…。……ごめん。」

「っわ、分かったから!離して……、苦しい…よ……」

「っあ、ごめんつい。……………、っ!と、とりあえず服着て少し休んだら部屋に戻れ。」

「う、うんっ…。」

脱衣所が分かれていたおかげで、誰にも見られずにいることができた
私は落ちない様にバスタオルを掴んで、女子側の脱衣所から出て行こうとするギュウ君に「…助けてくれて、ありがとう。」と言った
彼は動きを止めて、こちらを振り向くことなく「おう…」と単調な返事だけして扉を閉めた

熱くなった顔を冷ますように、両手で扇いで風を送ってみる
その微々たる風に、ふぅー…と息を吐いては吸い、呼吸を整える

(ここは教会、ここは教会、ここは教会、ここは教会…)

無心になれと唱えても、馬鹿正直な私の顔は真っ赤なままだ
望んでいたわけじゃないが、ギュウ君の身体を見てしまい彼も男だということを意識させる

助けてもらったのにそんな邪な事を考えるなんて、ふしだらだ…
私はシスター、シスター…………
禁欲、禁欲、禁欲、禁欲、禁欲、禁欲

着替えて自室に戻っても、熱くなった身体はまだ熱いまま
少しでも冷まそうと窓を開けたら、寒すぎて閉じた
平常心を保ちたくって、首にかけられた十字架に触れた
身体は熱くなろうとも、人工物のそれは冷たく微弱ながらにその冷えた鉄の感触を移してくる

「はぁ…、まだ1日目なのに………いつまでここに居られるかな…」

鳩屋さん、潤さんはいつまでもこの教会に居ていいと言ってくれたけど、もし……もし仮に一生ここに住み続けるとしたら、私は一生シスターとして生きなければならないのか?…

もう…、透さんや春さん、臼田うすたさんにジャンさんにも会うことができないのだろうか…
瑞貴さんの彼女さんとも、また話したかったな…
花穂カホとも、また会いたい
向こうはもう私のことなんて忘れてるかもだけど…でもやっぱり施設で過ごした時間の中で、あの子との時間は大切な思い出だ

木材のクローゼットを開ければ、私が今朝まで着ていた露草色つゆくさいろが特徴のワンピースとジャンさんに貰ったスマホ、透さんが選んでくれた口紅にペタンコ靴が仕舞ってある

それを見るたびに、胸の奥底が締め付けられるみたいな痛みが鷲掴みしてくる
忘れるためにいっぱい仕事していたのに、こうも簡単に今までの出来事が溢れ出てくる

「忘れなきゃ……っ」

ハンガーに掛けたワンピースを取って口紅とスマホ、ペタンコ靴をひとまとめにして、クローゼットの引き出しの奥に封印した
これでもかと言わんばかりに引き出しを奥に押してやる

「開けない……、もう…忘れるんだ…」

私は気持ちを切り替えたくて、机にあった聖書を掴んで開き、1ページ目から読んだ
半分くらい読み勧めた頃だろうか、徐々にまぶたが重くなり限界を感じた私は、ランプの灯りを消してベッドに入りまぶたを閉じた
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