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第一章 いろのみち
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粗末な身なりの浪人者が歩いていた。
だが、顔はどことなく呑気で、荒んだ様子はまったくみえない。
擦り切れた柿色の小袖を着、薄汚れた灰色の野袴を履いている。
ぴた。
畦道の真ん中で浪人者の足がとまった。
小手をかざして前方右手の麦畑をみる。
浪人者は走った。
一目散に麦畑に駆け寄ると、鍬をふるっている農婦をみつめた。
まだ若い。
胸は豊かで腰が張っている。
歳は三十を越えたばかりだろうか、ぼろぼろの野良着を着ているが、そこはかとない色気が漂っている。
「あの……なにか?」
浪人者の視線に気づいて農婦は鍬を持つ手を休めた。
「そそられた」
短く浪人者がいう。
「えっ?」
農婦は意味がわからない。
いきなり現れて、なにをいってるのだろう……。
と、思う間もなく、浪人者は背後に回り込み、農婦の腰を横抱きにすると、近くの物置小屋に引きずり込んだ。
「なっ、なにをするんです!」
浪人者の荒々しい手が野良着の袷をひん剥き、白い乳房がこぼれる。
農婦は必死に抵抗した。
浪人者は差していた大刀を放り投げ、おのれの野袴と下帯をもどかしげにむしりとると、露出したイチモツを農婦の眼前につきつける。
農婦は一瞬、浪人者のイチモツのたくましさに目をとめた。
形のいい陽根が天を向いてそそり立っている。
ぐい、と股を広げられた。
浪人者はいきなり陽根を突っ込むようなことはせず、舌をつかってきた。
ぺろぺろと犬のように丹念に敏感な部分をなめあげ、なめおろし、時には円を描くようにして農婦の快感を高めてゆく。
農婦ははからずも濡れてきた。
ツボを心得た浪人者の舌使いに思わず吐息を漏らす。
浪人者の体がずりあがる。
乳房を揉み、乳首を舌先で転がし、そして口を吸いにきた。
「いやっ、やめて!」
農婦が顔をそむける。
異物が股間にぬるりと入ってきた。
律動がはじまる。
浪人者は農婦の口をおのが唇でふさぐと、激しく腰を動かすのであった。
②
「やあ、オレの名は助平権兵衛。見ての通りの放浪無頼の浪人者だ」
底抜けに陽気な声で浪人者――助平権兵衛が農婦に向かってあいさつした。
農婦がしどけない姿で横たわっているのに比べ、早くも権兵衛は身繕いを整えている。
「あんたの名前を聞かせてくれぬか?」
いささかも悪びれた様子はなく、権兵衛が農婦の顔を覗き込んできく。
「よくそんなことを……自分がなにをしたか、わからないんですか?!」
農婦は目に恨みの涙をためて権兵衛をにらむ。
「すまん! オレはいいオンナをみると、衝動が抑えられないんだ。
自分でも悪いクセだと思っているんだが、わっはっはっは!」
悪いクセどころのハナシじゃない!
強姦魔が開きなおって陽気なフリでごまかそうとしている。
「お役所へ訴えでます」
農婦はようやく身を身繕いを整えると、立ち上がろうとして尻餅をついた。
その拍子にどろりとした白汁が内股を伝え落ちてくる。
浪人者が持っていた桜紙を農婦の手に握らせた。
農婦が浪人者に背を向けて処理する。
「いや、本当にすまぬ。訴えでるならでても構わん。オレもこの道に生きると決めたときから覚悟はできてる」
「この道?」
思わず農婦が問い返す。なにをいってるのか、この強姦魔は?
「色の道だ。これでもオレは昔、江戸で一流の剣客を目指していた。
だが、天稟がないと気づいてからは剣の道は捨てた。
そこであっちの宿場、こっちの宿場と具合のいい女を探して旅をつづけている……というわけだ」
「バカじゃないの、あんた!」
吐き捨てるように農婦がいった。にらむ瞳に侮蔑の眼差しがこめられている。
「おーい、妙さーん、大変じゃ、おハナ坊が大変なんじゃよー!」
小屋の外でしわがれた声が響いてきた。
農婦がハッと身を固くする。
「あんたを呼んでいるのか?」
「あんたはしばらくここにいて!」
農婦は立ちあがると、権兵衛を突き飛ばすようにして小屋を飛び出してゆくのであった。
③
農婦――妙はここ辰澤村の庄屋の嫁であった。
ある事情で夫は江戸にでて、いまは舅の太兵衛と娘ハナの三人暮らしだ。
ハナは今年で七つになるが、幼いころより病弱でたびたび熱を出しては、家族に心配をかけていた。
「熱が下がらんのじゃよ。いつもの薬を与えたのじゃが、それもどうやら効かぬようで……」
屋敷の居間でぐったりと横たわるハナの哀れな姿をおろおろと見下ろしながら、太兵衛が弁解するようにいった。
「とにかく、お医者さんを呼びにいきましょう」
「いってきてくれるか?」
「はい。いまから駆け出せば、子の刻まではもどってこれるはず」
陽はとっぷりと暮れかかっている。ここ辰澤村は掛川宿の西のはずれで、医者はここから五里離れた城下町に住んでいる。
「それでは間に合わぬだろう」
突然、真横から声が響いてきた。
弾かれたように振り向くと、例の極悪浪人者が立っているではないか。
「だれだね、あんた?」
太兵衛が突然あらわれた闖入者に向かって声をかけた。
「拙者、助平権兵衛と申す浪人者。いいさか医術の心得があり申す。ごめん!」
権兵衛はいうが早いか、ハナの枕元に座り込み、額に手をあてた。
「ハナから離れて!」
妙が金切り声をあげた。極悪の強姦魔に医術の心得なんかあるはずがない。
「湯を沸かせ。タライに入れて持ってこい! 手ぬぐいも忘れるな!」
有無もいわせぬ口調で権兵衛が妙に命じる。まるで医者のような口ぶりに妙は従ってよいものかどうか太兵衛をみる。
「本当に医術の心得がありなさるのか?」
念を押すように太兵衛がきく。
「オレに任せてくれ」
権兵衛はハナの掛具を剥ぎ、寝間着を開いて上半身を裸にすると、その体を指でまさぐった。
その様子はさっきの出来事をまざまざと想起させ、妙の怒りを改めてかきたてる。
この男、なんだかんだいって女の体を触りたいだけではないのか。
しかも今度は年端もいかない子供を手に掛けようとしている……。
「なにをしている! 早く湯を持ってこい!」
権兵衛が立ち尽くしたままの妙を怒鳴りつける。
「このひとに賭けてみよう。湯を沸かして持ってくるのじゃ」
太兵衛にいわれてはしょうがない。
妙は台所にいってカマドに火を起こすと、タライに水を張り、湯を沸かした。
目の前の棚に出刃包丁がある。
妙はそれを手に取ると、野良着の懐にそっとしまいこむのであった。
④
「あんた……鍼医者なのか?」
紙入れから小判ならぬ金の鍼を取り出した権兵衛に向かって太兵衛がきいた。
蝋燭の明かりを受けて文字通り黄金色に輝く鍼は、いかにも値が張りそうな逸品のようだ。
「オレは貧乏旗本の三男坊でね。養子にいって窮屈な思いをするよりはと、剣の道を志したのだが、天稟とやらがいまひとつだった。
だから、そうそうに剣をあきらめ、医者にでもなろうかと、鍼医のもとに内弟子として住み込んだんだ」
権兵衛が話している途中で、湯を張ったタライを抱えて妙がやってきた。
権兵衛は手拭を湯につけ、軽く絞ると半裸にしたハナの体を丹念に拭く。
妙は思わず権兵衛の手元をにらんだ。
ハナになにかあったらただじゃおかない。
胸元にしまった出刃包丁を野良着の上からそっと撫でる。
施術がはじまった。
権兵衛の指が経穴を探り当て、そこに金の鍼を打ち込んでゆく。
とんとん、と軽く鍼の頭をたたくと即座に抜き取り、また次の経穴へ。
ハナの体を裏返し、督脈に沿って同じ動作を繰り返す。
「妙さん、刺したきゃ刺せばいいが、せめて施術が終わるまで待ってくれ。
なあに、そんなに長くはかからない」
殺気を感じたのか権兵衛が背中をさらしながらいう。
おそろしく無防備な背中だ。いまなら女の妙でも一突きで昼間の恨みを晴らすことができるだろう。
「刺す……ってどういう意味じゃ?」
太兵衛が首をかたむけながら妙にきく。
「いえ……なんでもありません」
現代の時間にして一分足らずで権兵衛の治療は終わった。
⑤
「信じられぬ。ハナの熱はすっかり下がって、安らかな寝息をたてとるよ」
縁側に腰を下ろし、月を見上げている権兵衛の傍らに並んで太兵衛はさも感心したようにいった。
「たいした腕じゃ」
「いや、あれはオレの腕だけじゃない。師匠の道具箱からちょいと失敬した鍼の効能もあるんだ。あれはなにを隠そう、ご禁制の唐渡りの鍼だからな」
権兵衛は悪びれずにからっとした口調でいう。
「あんたは流れの鍼医者なのか?」
「いや、医術の道も途中であきらめた。剣の道と同様、こちらもあまり天稟というヤツがなかったのだ」
権兵衛は急になにかを思い出したように苦い顔になってつづける。
「……救えなかった命もたくさんある。お孫さんはまだ若い。もともと治癒力というものがあったのさ」
そこで会話が途絶えた。沈黙が二人の間にわだかまる。太兵衛は長い間をおくといいにくそうに口をひらいた。
「……実はじゃな、妙の様子があまりにも変なのでちょっと問い詰めてみたんじゃ。あの鍼医の侍と知り合いなのかと……」
「ふむ。それで? 妙さんはなんと?」
「口重じゃったが、わしがあまりにもしつこく聞くんで、とうとう打ち明けてくれたよ。……あんた、とんでもないひとじゃな」
太兵衛の口調が尖っている。傍らの人物をどう評価してよいか、目に戸惑いの色がある。
「これは妙さんにもいったんだが、オレは剣を捨て、色の道を選んだんだ。
短い一生を好きなように生きるってな」
「ひとの迷惑というものを考えなさらぬのか? 色の道を極めたくば、宿場の女郎でも抱けばよろしかろう」
「妙さんには宿場の女郎なんかとは違う色気があった。体にも張りがあったし、吸いつくような肌だった。ハリがあり、コシもある。あれは久しぶりに堪能した。いやあ、よかったなあ。ごちそうさまでした」
まるでうまいうどんでも食ったかのようにいう。罪悪感のかけらも持ち合わせていないこの男に太兵衛は深々とため息をついた。
「わしはあんたが悪人なのか善人なのかわからぬよ」
そういうと腰をあげ、居間に引っ込んでいってしまった。
権兵衛はにこにこと月を見上げている。その笑顔は妙の肌を思いだし、ひとり悦に入っているかのようであった。
⑥
夜明けには村をでてゆくつもりの権兵衛であったが、温かい食事とふかふかの布団を与えられ、つい昼過ぎまで寝過ごしてしまった。
ハナの容体を確認しに居間を覗き込んでみると――
「痛ッ!」
障子を開けたとたん、毬をぶつけられた。
昨日とは打って変わってハナが元気に部屋の中を跳びはねている。
「おじちゃん、もしかして?!」
ハナが近寄って権兵衛の顔を見上げるといった。
「あたしを助けてくれたひと?」
「ああ……まあな。妙さん――おっかさんやお祖父さんは畑か?」
目が覚めたときにはだれもいなかった。屋敷のなかにいるのはハナだけだ。
「家からでるなって。怖いひとがきてるから……」
ハナが眉間をくもらせていう。
「怖いひと……?」
「屋敷の門の外にいるみたい」
いったいだれがいるのだろう。この村の年貢を取り仕切る代官だろうか?
権兵衛は持っていた大刀を落とし差しにすると、草履を履いて縁側から外にでた。
門をでたすぐのところに、人々の塊ができていた。
しきりに押し問答を繰り返している。
太兵衛と妙を取り囲んでいるものたちは明らかに堅気の衆ではない。
揃いの派手な法被を羽織り、困惑する太兵衛と妙を口々に脅しつけている。
「こらこら、朝っぱらから……じゃなかった、もう昼か。なにを騒いでいるんだ?」
呑気な口調で権兵衛が輪の中に割って入った。
「なんだ、おめえは?」
「関係のねえもんはすっこんでろ!」
「ドサンピンの出る幕じゃねえ!」
ヤクザ者の口撃が今度は権兵衛に襲いかかる。
間近に顔を寄せられ、悪口とともに飛んだツバが権兵衛の顔にかかる。
「お侍さん、あっしらはこの太兵衛さんに用があるんだ。何者かは知らぬが、ここはおとなしく引っ込んでいるのが身のためですぜ」
ヤクザ者の後ろから固太りの樽のような男が肉厚の頬をふるわせてすごんできた。おそらくこいつがヤクザ者どもの親分に違いない。
虎目石の大数珠を首から下げ、貫禄たっぷりに権兵衛をにらみつけている。
「やい、ドサンピン。オレたちはこの街道を取り仕切る口縄の拓蔵一家のものだ。そしてこちらにおわすのが、その拓蔵親分だ。わかったらとっととシッポを巻いて退散しやがれ!」
拓蔵とかいう親分の隣に陣取る猿のような面相の男が、それこそ猿のようにきいきいとわめいた。
「おわすのが……ってきたか。拓蔵親分とやら、あんたたいそうな貫禄だな」
「まあ、そういうわけだ。わかったらそこを退いてくれ」
「……そうしたいところだが、あんたらの世界でいう一宿一飯の恩義とやらがこの太兵衛さんにあるんだ。
まあ、だからといってやり合おうというんじゃない。オレにも話を聞かせてもらい、穏便にすませてもらうとありがたいんだがね」
「ご…権兵衛さん」
太兵衛がすがりつくような視線を権兵衛に向けた。
「親分、こいつ、太兵衛が雇った用心棒に間違いありやせん。さっさとたたっ斬っちまいやしょう!」
猿面の男が拓蔵をたきつける。
「……そういうことか。おい!」
拓蔵の目配せひとつで猿面の男ふくめて五人のヤクザ者がいっせいに長脇差を抜いた。
「ひっ!」
太兵衛が思わず短い悲鳴をあげる。
「太兵衛さん、妙さん、後ろに退がって!」
太兵衛と妙が後方に退がると、ヤクザ者たちが白刃をかざして権兵衛を取り囲んだ。
権兵衛がゆっくりとおのが大刀を抜き放つ。
太兵衛と妙は権兵衛の言葉を思い出していた。確か天稟がなく、剣の道をあきらめたひとではなかったか?
「やめて!」
妙は思わず叫んでいた。
その叫び声が合図となったかのように権兵衛を取り巻く白刃が踊った。
第二章につづく
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