刑事ジャガー 特異犯罪捜査室

第10話 不死身の犯罪者

　土砂降りの雨をもたらした雷雲も次第に晴れて、港に虹がかかっている。
　海釣りが趣味の石井は、呑川河口に停泊許可を持つプレジャーボートのオーナーだ。
　甲板に出て、空を見上げた石井は繋留索を解き、出航準備にとりかかる。
　外したもやい綱を手の中で巻きつけていると、左舷の方で音がして船が揺れた。
　何事かと、恐る恐る船縁に立って覗き込む。

「ひっ！」

　黒い手が水中から伸びてきて、泥まみれのコートを着た男が這いあがってくる。誤って呑川に落下したホームレスだろうか？
　石井は手を伸ばして、その男の腕をつかみ甲板に引っ張りあげた。
　ひげもじゃの赤ら顔で目は黄色く濁り、瞳には光がない。まるで死人のようだが、男はゆらりと立ちあがった。
「あんた、大丈夫か？　救急車を呼ぼうか？」
　石井がポケットからスマホを取り出すと——
「アリガトウ」
　妙な訛りで男が礼をいった。
「いや、いいよ。礼なんて……」


　ぐさっ！

「……サヨウナラ」
　石井の手からスマホが滑り落ち、彼はそのままの姿勢で膝から崩れ落ちた。
　突っ伏した腹から血溜まりが広がってゆく。
　男——コンサヨおじさんは石井の体を担ぎあげると河口に放り投げた。
　盛大な水柱が立ち、水面が泡立つ。
　コンサヨは操舵室にゆくと、イグニションに刺さったままのエンジンキーをまわした。

　キャビンクルーザータイプのプレジャーボートが岸壁から離れた。
　港を突っ切り、虹のかかった水平線の彼方へと消えてゆく。
　……その後、石井のプレジャーボートを見たものはだれもいない。


　
　　　　　　　最終話につづく