消えぬ靄

草鳥龍女

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消えぬ靄

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2014年夏ーーM県某所にて。
ここM県には、日夜犯罪者を追い続ける1人の探偵がいた。
その名も、もちろんこの私五浦青真である。私は自分で言うのも何だが知る人ぞ知る名探偵である。主にネットで個人情報を特定して犯人を炎上させる事に長けている。
ある日、郵便受けに一つの小包が入っていた。不信に思って捨てようかと考え始めたとき小包から軽快なポップな音楽とバイブ音が鳴り響いた。
「手の込んだイタズラだな。誰か見ているんだろ、出てきなさい。」
だが、私の前には誰も現れなかった。当たりを隈無く探ってみても誰も居らず、謎は深まるばかり。果たして本当に誰かがやったことなのか?数分たった今もバイブとポップな音は流れ続けている。恐る恐る小包を開けるとそこには、有刺鉄線でこれでもかというほど縛られ、震え続ける古いケータイがあった。
禍々しい雰囲気を放つそれをそっと廃品回収に出してしまいたかったが、私も探偵の端くれ。好奇心には勝てず、ペンチで強引にも有刺鉄線を引きちぎり、通話ボタンを押した。
「もしもし…?」
私はケータイの向こうの生き物に話しかける。
瞬間、寒気がする。喉が異様に乾き、心臓が早く、大きく、鼓動する。好奇心は猫をも殺す。大人しく捨てれば良かった。そう後悔すると同時に、やはり探偵の性と言うべきか心の底ではワクワクもしていた。確実にやってきている非日常に。
そして、ついに私の凡庸な呼び掛けに反応が返ってくる。
「・・・・さよなら・・」
意味がわからない。
「どういうことだ。お前は誰だ。」
返事は返ってこない。それどころかいつの間にか電源が切れている。
ふと視線を窓に向けるとそこには人に似た黒い靄みたいなものが映っていた。
そして、蛇に睨まれたカエルのように動けない。窓から靄が首目掛けて伸びてくる。
私は靄に首を貫かれそのまま気を失ってしまった。その後のことは覚えていないが気がつくと私は自分の家のベットに横たわっていた。さっきまでのは夢だったのか、そう考えていると首に貫かれるような痛みが走った。
洗面台に走る。悪寒と首の鋭い痛みの所為でまともに思考が働かない。何度か家具に身体が当たったがそんな事が些細なことに感じるほど首の痛みが酷かった。
鏡に映った自分を見る。自分の冴えない顔がいつにもまして緊迫しているのがわかった。正中線をなぞるように視線を落とすと、首から下へ切った痕の様に腫れていた。あの靄は、私の首から腹部にかけて、確かに切り裂いていた。
何が起こった。何が起こった。何が起こった。何がががががGAGAGGgggーー
頭の上にサイレンがあったら、けたゝましく鳴り響いている事だろう。夢かとも勘繰ったが痛みがその平和ボケした案を無情にも否定してくる。混乱の極地に私が陥っているその時。無意識に衣嚢に入れていたケータイがバイブとともに鳴り響く。
「次はメールか。勘弁してくれ…」
私は戦々恐々としながらケータイを開く。
知らない言語で書かれていた。
しかし、不思議と読める単語もあった。
「…黒い靄…有刺鉄線…ケイタイ…どういうことだ?」
さっき体験したことで印象が強かったことが読める気がする。
そのようなことを考えていると写真が映し出された。それはどこかの洋館だった。
その館は写真からでも分かるほど禍々しかった。数十年間放置されていると推測されるその建物は外壁が真っ黒で蔦が絡まっていた。
「なんだ...これ...」
怪しげな雰囲気を出すその館に私は自分の探究心を抑えることは出来なかった。
しかし場所を確認する術がない。知的好奇心を満たす事が出来ないのでやや腹立たしくなってくる。
いや、焦っている?知的好奇心などではなく生命の危機、すなわち自分の安全を確保する為にこの館に惹かれているのだ。
どうにかしてこの館を見つけ出さなければ… 写真を見つめてみると木が茂っている。―――これは杉か?
杉は確か日本の固有種だったはずだ。
日本国内と分かったはいいがもっと情報がいる。知人をあたってみるか。
知人…知人…そんなもの私に居ないことを思い出す。ただし、現代にはインターネットというものがある。スレを立てて画像を貼る。あとは、
「知ってること教えろカスども」
これで情報が入ること間違いなしなのである。
「ググれカス」
「半年ROMってろカス」
「3ゲットロボだよ
自動で3ゲットしてくれるすごいやつだよ」
スレがdat落ちしてしまった…
はぁ、これだからネット難民という輩は。助け合いの精神が全く無い。
そう思いながら打つ手なしと焦っていると私のスマホに一通のメールが送られてきた。
そこにはどこかの住所に誰かのSNSのURLが貼られていた。
住所はそこに行けということがわかるが、SNSはどういうことだ。
まるでネット関係で調べてくれといっているようだ。
住所は少し遠いが行けないことはない。どうやら山奥のようだ。調べてみたところ当たりに民家などはなく、館の周りは森で覆われていた。
スマホを置き一旦頭を冷やしてみる。
洋館はそれ程遠くない事が分かった、これは良しとしよう。だが一体誰が?しかも自分のスマホのアドレスが割れている。知人等はありえないのに…
―――出来すぎている。あの古いケータイに洋館が送られてきたのも、掲示板にスレッドをたてた直後に私のスマホにメールが送られてきた事も、不自然なほどにタイミングが合っている。
悪戯か…。考えてみれば全て人でも簡単に出来る。
傷跡も気絶しているあいだに付けれるし、アドレスだってそうだ。第一SNSのURLを送る幽霊がいるだろうか。
馬鹿馬鹿しい、そう考えた私の思考を凍らせる出来事がおこった。
静かに震える私のスマホ。画面にはインストールが完了しました、の一言。
アプリ画面は真っ黒でこのままでは何かわからない。
恐る恐るアプリを起動する。少し読み込んだ後メッセージウィンドウが表示される。
"ようこそ�����へ"
文字化けしていてよく分からないが、それは見た限りSNSのようだった。
貴方は389人目です。月並みなカウンターが目につく。やはりイタズラだったか。そう安堵しながら画面をスクロールしていくと、私は息を飲む。
<<五浦青真>>
10:45小包が届く
10:50+ME8wjTBEMIIwhA-に出会う
10:52スタート
どういう事だ…私がさっき経験した異様な出来事があます事なく記されていた。臆病風に吹かれながらもスクロールしていくと目を疑うものが書かれていた。普段ならば絶対に信じることはないのに。悪戯としては紋切り型でステレオタイプ、十把一絡げである事は間違いないのに。
この状況だと信じてしまう。そこには書かれていた。誰もが一度は見る事ができたらいいのにと夢描くだろう。
未来に起こる事象がーーー
恐怖。その言葉だけで私は満たされていた。早く開放されたい。そんなことしか考えられない。
なら、やることはただ一つなかったことにするのだ。このアプリをアンインストールすることですべてをなかったことにしたかった。そして私はアンインストールを実行しようとする。
だが、アンインストールをすることは出来なかった。
「なんで出来ねぇんだよくそが!!」
絶望しているとケータイに新しい文字が浮かんできた。
11:32再び+ME8wjTBEMIIwhA-に出会う
あの黒い靄がまた来る、そして殺されまた目覚める。永久的に殺され続け次第に私の精神は朽ち果ててゆくのであった。
声がする。
―――さようなら
消え入りそうなその声を何度聴いただろうか。
――意味を考えるのをやめた。
―――痛みを感じなくなった。
目の前が暗くなる度に、靄が伸びてくる度に意識を閉ざす。
殻に籠るのは簡単だった。その都度聴こえる声だけが、私が生きている実感だった。

目が覚める。抜け殻の様な身体を起こし朝食を貪る。
痛みを感じない分最初の時よりも箸が進む。
傍に置いていたスマホが震えた。毎朝私が覚醒したタイミングで通知が来る。
あのSNSだ。何度見てもそこには私の死が書き込まれている。
慣れた手つきで通知を消す。自分の死が恐怖では無くなった。寧ろ本当に死を渇望している私が居るのを悟った。

今ここに居るのは死人だ。無という概念を追い求める生きた屍、それが今の私だった。 だが本当に死ねるように試した事は無い。
高い所から落ちれば死ねるだろう。
たった10センチの水に顔を漬ければ死ねるだろう。
だが試す事は無かった。それすら実行する気力が無かった。

殺してくれ、本心を伝える術を探しそっとスマホを手に取った。
"初めて"私はSNSに書き込んだ。
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