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激動の1日
しおりを挟む階段を登りながら彼女がした不敵な笑みについて考える。屋上になにか仕掛けられているか、それとも放課後に何らかの事があるのか…。どちらにせよ僕にとって災厄な事になりそうなので気持ちが沈んでしまった。
目の前のドアがあった場所を越えるのが怖く感じたが、頭を二三度横に振り思いっきり踏み込んだ。
そこには黒髪の少女がポツンと座っているだけだった。
………あれ居ないの?
「……で。」
……あんな楽しみにしてる風だったじゃんか。
「…えで。」
…僕との約束(してない)は嘘だったのかよ。
「楓!!」
「うわあ!幻聴が聞こえるぅ!」
ここに来て瑛子の声が聞こえるなんてありえない。だって目の前にいるのは清楚で可憐な黒髪の女史だ。理想の女の子だ。
「もしかして、この容姿含め何か問題でもあるの?」
「いえ、ないです橘瑛子様。」
鬼が出る前になんとか冷静になれた。ギリギリセーフだったけど。
「髪どうしたの?」
まどろっこしいのは嫌いなので単刀直入に聞いてみる。
「……写真。」
そこでようやく気付く事が出来た。目の前の彼女は、写真の女の子がそのまま成長した姿の様に見えた。
「もしかして、この間探していた写真って昔の…」
「…うん、思い出してくれた?」
正直なにも思い出してないけど、彼女の2日間でのこの態度と姿の変わりようにどう接すればいいのかわからない。
どう答えるべきか熟考をしていることを彼女は察したようで
「放課後…返事聞かせて、いつもの場所で待っているから」
そう彼女は屋上に僕を残し去っていった。
僕は橘瑛子の最後に呟いた、言葉の本質がわからず放課後を迎えた。
結局、昔の記憶がなく答えを出せずに屋上に着いた。
しかし、そこには誰にもいなかった。
そう僕は勘違いしていた、いつもの場所は屋上ではなく別の場所だと。
焦る気持ちの中、真っ先に頭に写真が思い浮かんだ。
僕はすぐに帰宅した。そして写真を見る。ヒントは少ない。というかわかるはずないだろう。1日、1日が濃密で忘れそうだが僕はこの街に来てまだ数日しか経ってないのだ。もういいだろう。無理だ無理。いつも通り都合の悪いことは目を閉じて目を背けて、スルーをしよう。
いや――駄目だ。
それは駄目だ。
失念していた。僕は馬鹿か。瑛子の立場からすると僕はドタキャンしたことになる。するとどうなる?当然の如く、あの白――違う。あのキックが次は扉だけでなく僕の身体を破壊することだろう。これは最低最悪の手段だ。目を逸らして目を伏せたところで、現実は消えてなくなったりしない。
焦るな。まずは集中しよう。何か策はあるはずだ。
学校の屋上で街を見渡す。却下、時間が足りない。夏といえどそろそろ日没だ。早いに越したことはない。
闇雲に探す。却下、見つかるはずがない。自分の運はそこまで超越してない。
誰かに聞くというのはどうだろうか。誰に?親父は仕事中。クラスに友達もいない。
脳内会議も行き詰まったその時、僕の携帯が鳴り響く。メールのようだ。
その相手は――
金枝蓮水だった。
メールにはこう書かれていた。
「先輩、今晩空いてますか?よければお食事でもどうかなって思ったんですが…( ⸝⸝⸝¯ ¯⸝⸝⸝ )」
正直今はメールを返している場合ではないが、早く返してあげないとあの子にも色々迷惑がかかると思いメールを返信した。
「ごめん、今瑛子を探してて行けそうにない」
メールを送信するとすぐに返事が送られてきた。
「瑛子さんって昨日病室に来た人ですか?似た人をさっき見ましたよ!顔つきは似ていたんですけど黒髪だったのでもしかしたら違う人かもしれませんが…」
瑛子に違いない!僕はすぐにメールの返信を打つ...いや、時間が掛かる。
僕は右手で数える程しかない電話帳にある、彼女の連絡先を選択をして、携帯を耳に当てる。
「......もしもし!金枝さん。僕、黒田です。」
「ひゃい、金枝でしゅ!...黒田先輩。」
「いきなりでごめん。メールで言ってた子、瑛子は黒髪に戻したから、その子が瑛子だと思う。どこで見たか教えてくれないか?」
「えーと、公園だったと思います。場所は・・・~・・・付近の公園です。」
「わかった...ありがとう。」
彼女が言った場所は、僕の家からとても近い場所だった。しかし、僕はまだそこに行ったことがない。そこがいつもの場所なのか...
「今週の休日は絶対空けておいてくださいね!その日、先輩から今日のお礼をしてもらいますから。」プツッ
そう言い残し彼女は電話を切った。
僕の真っ白な予定表が一つ埋まってしまったが、とにかく、今は急がないと。
―――走る。辛抱の二文字が無さそうな彼女がいつまで公園に居るだろうか。第一何故回りくどい言い方を……。
―――不毛。これ以上の思考は行動に支障がでる。今は走る事だけを考える、それだけでいい。
夕陽に染まる鉄棒、ジャングルジム、滑り台。その更に奥、端に置かれたブランコに彼女は座っている。
……良かった。彼女が堪忍袋の緒を切らし、ついでに僕の頭と胴体の接続部すら寸断する事態は免れたらしい。
息を整えるためゆっくり歩く。酸素が欲しくて喘ぐ姿は犬のようにみっともない。
彼女は僕に気づかない。ただ小さい子供の様にブランコに座っている。その姿を見て少し気味が悪いと感じた。感じてしまった。
「……さい。ご…め…さい。」
……本当、僕と彼女の間に何があったのだろう。
「―――瑛子。」
べそをかきながら彼女は頭を上げる。綺麗に整っていた顔が今じゃぐしょぐしょだ。
「かえでぇ…。」
「そんなに泣かないでよ。」
これでも急いで来たんだ、少しは褒めて欲しい。
ここへ来て彼女の言葉を思い返す。確か返事だのどうこう言っていた。……彼女を見るに簡単に打ち捨てるものでは無いだろう。
だから僕も、真剣に応える。
「瑛子。僕はね、やっぱり君の事は思い出せないんだよ。」
瑛子が泣きながらも僕の顔を見ている。……からかいなんかじゃない。
「本当なんだ。」
「………そっか。」
再び泣きはじめた瑛子の隣、寂しく空いていた片方のブランコへ座る。話をしなければ。胸の痛みがここを去ってはいけないと告げている。
「だからもう一度だけ聞かせて欲しい。君に返事をしたい。」
あとはただ、彼女の言を待つ。
「あのね…私と楓が小さい頃、いつもこの公園で遊んでいた。日が暮れるまでずっと二人でいろいろなことをして楽しかったなぁ。そんな日常がいつまでも続くと思ってた。私の誕生日を迎えたとき、楓がこのペンダントをプレゼントしてくれた」
そう言って彼女は胸元からペンダントを出し、僕に見せてくれた。
前にも一瞬だけ見たことあるが、改めて見るとそれは高校生が身につけるものとしては玩具みたいに思えた。
「これを貰ったときね…とっても嬉しかった。もうそれは今までの人生で一番。だからね、そのとき、そのままの関係いるのは嫌。もっと親密になりたい。そう思ってね、ペンダントを貰ったとき楓に、好き…大きくなったら結婚しよう…と言ったの。そんな言葉を言った私は恥ずかしくなって、次に会うときに返事してってその公園をあとにしたの」
何一つ覚えてない。
しかし、彼女の真剣な顔から言葉まで一つひとつからそれが嘘ではないと感じられる。
「そしてね次の日、いつものように公園に向かったの。公園の近くの交差点で大きな人だかりができていたの。それに私も気になって見に行った。そしたらね、壊れた大きな車二台と救急車に運ばれる楓の姿が目に飛び込んできたの。頭が真っ白になって…」
彼女は涙を我慢出来ずに再び泣きだしてしまった。
それから僕は瑛子が落ち着くまで何もできなかった。誤解ないように言っておくが何もしなかったわけではない。いくら僕と言えども泣いている人を――泣いている友達を捨ておく薄情な教育は受けていない。
しかし、話しかけても返事が涙に咽ぶ音だけだとどうしようもないだろう。瑛子の言葉を思い出そうにも僕の記憶のアルバムは完全に落丁していた。確かにそんなこともあったような気がしなくもないがこの程度の感覚体験してなくても味わえるだろう。現にデジャヴという言葉があるじゃないか。
つまるところ、なんともつまらない結論になるが―――
僕はなんとかしようとして、何も出来なかった。物語を前に進めなかった。
時間は緩慢な僕を置いてどんどんと進んでゆく。ふと気付くと公園には誰も居らず夜の帳が降りていた。
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