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Sweet3.天井くんは少し苦くてとびきり甘い

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あの日から天井くんのことを考えるとドキドキして、なんだか胸がきゅぅってなる。

こんな感覚は初めてで、寝ても覚めてもあの甘くておいしそうな香りを思い出すようにスーって鼻をすすりたくなる。


思えば最初からそうだったんだと思う。 


あのキャラメルポップコーンの匂いに誘われて、気付けばどこにいても探すように追いかけていた。




私、天井くんのことが好き。





「おはよう、小桃~!」

「はすみん!おはよ~!」

「宿題やって来た?数学の!」

「やって来たよ~、でも難しくてわかんなかった」

「だよね!今日当たるかもしんないの、見せ合いっこしない?」

すっかり暑くなって、もうすぐ7月に入る。窓を開けていてもたまにしか風が入って来なくて、あんまり涼しくないのどうにかならないかな。

「いいよ!待って、ノート出すから!」

今日の1時間目は宿題の答え合わせからだからって心配に思ったはすみんが数学のノートを持ってやって来た。

「問3がよくわかんなてさ」

「あ、私も!なんか途中ぐちゃってなっちゃって」

「よねー、そこ難しかったよね!ここ当たらなきゃいいな」

はすみんが私の前に立ってノートを開いた。

うーんと頭を悩ませ、私のノートと見比べている。
教えてあげたいけど私も自信ないからなぁ…これが合ってるのかもあやしいし。

スッ、と隣を天井くんが通り抜けた。

ドキッと音を立てた心臓が教えてくれる、天井くんが隣を通っただけなのに。

「天井くんおはよう!」

でもね、最近の天井くんは甘くもいい匂いもしない。

「…おはよう」

あの日から、天井くんは…

「愛想ないな」

「はすみん!」

私の斜め前の席が天井くんの席なんだ、小声でもなんでもなかったはすみんの声は絶対聞こえてたと思う。

「今のはよくないよ!」

「なんで?だっておはようってあいさつしたのに振り向きもしないでさ」

「でも返してはくれたし!」

そりゃ、こっちを見てくれるかもってちょっとは思ったけど…まぁおはようって言っただけだしそんな続く会話でもなかったし。


だけど最近の天井くんは…


「てゆーか小桃と天井くんって仲良かったっけ?」

「え?」

「同じクラスでもおはようだって言わないの普通なのに、わざわざ名前まで呼んだから」

「……えっ!?」

パチィッて目を開けちゃった。

あれ、これはすみん知らなかったっけ!?

あ、知らなかったかも!


私が天井くんと話し始めた理由…

誰も知らないもん。


「う、うん!こないだの遠足同じ班だったから!」

「あ、そーいえばそうだったね」

「そう!だからそれで…!」

じゃないけど、本当はもっと前から話す仲だけど。

“友達だよ”

天井くんも、そう言ってたし。

「そっか、…でこの答えなんだけどさ」

「うん…!」

また宿題の話になった。

今大事なのは天井くんの話じゃなくて次当たるかもしれない宿題の話だから。


気になってるのは私だけで…


友達だよって言ってたのに全然話してくれないし顔も見てくれないし目も合わせてくれないし、あの日から天井くんは変わっちゃったの。


前の天井くんに戻ったみたいに。



どうして、振り返ってくれないの?天井くん。



「きっと原因はあれしかないと思う…!」


ビシャァッと勢いよくホースから水を出した。グッて力強めにレバーを握ったから一気に水が放出された。今日は暑いからちょっとくらいかかっても、まぁいいか。

「それ以外にないんだよね…」

なんなら水にかかりたい気分だし。

すっかり私の仕事になってしまった花壇の水やりも慣れて来て上手くなってきた気がする、水の撒き方が。キレイな弧を描くようにふんわりと、そうするとたまに虹がかかって得した気持ちにもなれる。

今は虹が見えてもなんとも思わないけど。

「わっ」

ふぅーっと風が吹いたから、撒いた水がぶわっと飛ばされて戻って来た。シャワーミストみたいに制服に降りかかる。
 
あ、ほんとに水が…!

「大丈夫?」

なんならかかりたいと思っていた水に、特にリアクションもなかったんだけどその声にはつい振り返りたくなって。

「天井くん…!」

外の渡り廊下を歩く天井くんがこっちを見ていた。

「今すごい水かからなかった?」

は、話しかけられた!?天井くんから、今…!

「荻野さん、水に濡れるの好きだよね」

ふって、微笑んだ。

私を見て微笑んだ。


胸が音を出す、キュンってどこからこんな音が鳴るのか不思議でしょうがない。


「べ、別に好きなわけじゃないよ!ちょっと失敗してかかっちゃっただけで!」

朝は合わせてくれなかった目が今パチッて繋がってる。

ドキドキと動き出す心臓が、天井くんを見ると大きくなってー…

「天井くん…!」

散水ノズルの水を止めて天井くんの方へ駆け寄ろうとした…

「夏でも風邪は引くから気を付けた方がいいよ」


んだけど?


「え?」

「じゃあオレは帰るから」

「…ん?」

まだ一歩近付いただけだったのに、すぐにサッと視線を逸らされた。ササッと廊下を駆けて、まるで私から逃げていくみたい。

「え…」

虚しくそこに立っているだけになった。


最近の天井くんはずっとこんな感じだ。

私が話そうとすると、サッと消えるように去って行く。


まるで、逃げていくみたいに…


逃げてる?逃げられてる?

天井くんは私から逃げてる…?


あの日からどこかおかしいの、天井くんは。


それもすべては…


「お化け屋敷…っ」


心当たりはそれ、ひとつだけ。

てゆーかそれしかない。


絶対そうだ、それはやっぱり…


お化け屋敷で後ろから抱き着いたのがよくなかったんだ!!!



思い出したら私も恥ずかしいもん、いくら暗かったからってあんな…っ!

ぼんっと顔が赤くなって、あわてて両手で押さえた。誰もいないのに見られてたら恥ずかしいって思って。

「…っ」

思わず叫びたくなっちゃう、ほわほわと思い出されるあの状況を!

何しちゃったの、私!?

だから、きっと天井くんはそれで…っ

「はぁ~…っ」

顔を押さえたままその場にしゃがみ込んだ。穴があったら入りたいけど、ないならせめて丸くなりたい。


どうして、あんなこと…


でもだから気付いたんだ。

あの瞬間、思ったの。



天井くんのことが好きだって…



「…思っちゃったんだもん」



好きなのに、好きになったのに。


これからどうしたらいいのかな?

わかんないよ、こんなの初めてだもん。
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