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6章 失踪

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side ハイン



 息子の花嫁が出て行ってしまった。

 いつも通りの朝を迎えたと思ったのに、血相を変えたニイナが私と妻の所へ知らせにきた。ミラが手紙を置いて消えたと。いつもなら起きている筈なのにおかしいと思って部屋を覗いたら、姿が無かったという。

 私達は慌ててミラの部屋に行くと、放心状態の息子が彼女からと思われる手紙を読んでいた。息子に宛てた手紙だろうから内容は詳しくは聞かなかったが、私達への感謝、謝罪、そしてどうか探さないで欲しいといった事が書いてあったという。

 息子が前日の夜には顔を合わせたというので、出て行ったのは夜中の間だろうという事だった。村の人達も誰も彼女を見たという人間はおらず、本当に突然の出来事だった。

 リンダを筆頭に彼女を探しに行こうとなった。私も多くない交友関係を駆使して彼女の特徴を伝える手紙を書き、見かけたら連絡を欲しいといった旨をしたためた。しかし全て息子に止められた。

 全員が息子を咎めた。誰にも見つからず夜中の間にいなくなるなんて、もしかしたら誘拐の可能性もあると。私も一瞬それがよぎった。それくらいに彼女はここに馴染んでいた様に見えたからだ。

 最初、彼女が結婚をしないと言われた時、苛立ちよりも納得してしまった。私が不甲斐ないせいで家族にも使用人にも村の人達にも苦しい生活を強いてきた。私の体を心配して早々に全てを請け負ってくれた息子が大分立て直してくれたが困窮は続いていた。

 一度息子が結婚したいという女性を連れてきた事があるが、知らない内に破局していた。息子は何も言わなかったが、恐らくうちの経済状況が原因だったのだろう。人からそのお相手が婚約したと聞いて、その日付が息子の元気が無くなった頃と一致したからだ。そのお相手の婚約者は、当たり前にうちより裕福な家だった。息子に申し訳なかった。

 だから彼女の反応は極めて普通の事だと思ってしまった。彼女は部屋にこもり、食事を拒否するまでの抵抗を見せる。ただ彼女には逃げる場所も帰る場所もなかった。彼女の両親はお金を渡して彼女を捨てたのだ。信じられなかった。

 一体どうなるかと思ったが、彼女は部屋を出てからはどんどん愛らしく素直な人間になっていった。いや、なっていったというのは語弊だ。彼女は元々そんな女性だったのだ。私達はすぐに彼女を娘の様に可愛がった。

 私達がこんなにも愛らしく見えるのだから、一番近くにいる息子はすぐに心を奪われただろう。本人は気付いていない様だったが、村の人達に彼女を紹介した時には、もう立派に愛だったと思う。

 だから私は言った。絶対に手を離すなと。息子は愛を自覚してからはよく頑張っていた。彼女も毎日笑っていたし、もう離れられない関係性になってきていると安心していた。それなのに。

 息子曰く誘拐では決してなく、彼女がどうやって出て行ったか、今どこにいるのかまで見当がついているらしい。ならどうして動かないのかと聞いたら、その前にやる事があると息子は静かに言った。

 息子が狼狽えていたのは初日だけで、翌日には実に冷静だった。毎日の仕事を淡々とこなし、ニイナだけでは追いつかない業務もこなしている。

 私は分かった。息子は憤っている。あんなに朗らかだった息子から笑みが消え、ただただ毎日をこなす姿は、静かな怒りの火を心に灯していている事を表していた。それは彼女に対してなのか、はたまた何かなのかは分からないが、自分の息子なのに近づく事も出来ない程だった。

 彼女が失踪して二週間が経過した。ある朝、息子は覚悟を決めた顔で私達の前に現れ言った。

「首都へ行ってきます」

 その表情と言葉で、私は息子が何をしようとしているのか分かってしまった。

「必ず、戻って来いよ」

 もしかしたら息子は帰って来ないかもしれない。いや、この子なら必ずやり遂げてくれる。そして彼女はまたここに帰って来てくるだろう。

 二日後、迎えにきた馬車に乗り込む息子を見送る。不安そうなローラの手を握った。何を隠そう信じていると言いながらも、私も不安でいっぱいだったからだ。そんな私達を見て息子は微笑むと「行ってきます」と言った。随分と久しぶりに見た息子の笑みだった。

そして王族の紋章が描かれたその馬車は、息子を乗せて駆けて行った。





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