14 / 36
4章 二人の一夜
14
しおりを挟む「ミーシア!」
「…ケビン様」
「部屋で待機していてくれと言ったろ…何かあったのか?」
「何もございません」
「心配をおかけしてごめんなさい。私…あなたに、この国に、相応しい王妃になる。絶対に」
「…俺も、君に相応しい男になる。…さあ、行こう」
3人の足音が遠ざかっていく。やがて聞こえなくなった時に俺は彼女を離した。
「び、びっくりしたじゃない…!」
「驚いたのはこっちだ!」
俺は彼女に怪我などなかったか確認し、大丈夫と分かると彼女の両肩に手を置いて息を吐いた。
「あー…本当に焦った」
「…ごめんなさい」
「…いや、謝る事はない。君は悪くないんだから。さ、早くここを離れよう」
闇雲に探すよりも大人しく従った方が良さそうだと判断した俺は、商会の男の後をついて行った。そして部屋に通されたと思ったら、予想通り彼女の所へ案内すると言われここに来た。そこは城へ通ずる外通路で、王族にしか入る事が許されないプライベートゾーンだった。そこで彼女とミーシア様の姿を見つけたと思ったら、「誰にも見つからずに速やかにミラ様を回収して下さい」と言って案内人は消えるし、彼女とミーシア様が別れたすぐ後にケビン様が来られるし、俺は通路の柱に隠れて慌てて彼女を回収したのだった。
俺達はそのまま外側から馬車の停留所へ向かい、大きな問題にならずに何とか出発した。
「それにしても本当に大胆な方だな…こんなにも目立つ君と密会だなんて。しかも自身が疑われている状況で」
「私達を上手くあそこまで誘導した人達は恐らく王族を陰で守るガード達ね。お父様もあそこの機関には踏み入れる事は出来ないから、ついさっき正式に婚約者となった彼女は早速それを利用したんだわ。てっきり周りに唆されたと思っていたけど、本当に私に会いたくて招待状を出したのね。周りが彼女を利用しようとしたのを、逆に利用したんだわ」
「本当にいい迷惑ね」と言いつつも何とも楽しそうに言う彼女を不思議な気持ちで見ていると、「何か?」と彼女が首をかしげる。
「いや、随分と褒めるなと思って」
「褒めてる?私が?」
「そんな風に聞こえるが」
「ふーん…」
しばらく思案した様に外を眺めた後に、彼女はポツリと呟いた。
「そうね…出会い方が違ったら私達友達くらいにはなれてたかもね」
ミーシア様は中流貴族にも関わらず、通っていた学校で優秀な成績を残し、彼女達が通っていた王立学園に転入した秀才だった。彼女も頭の回転が早い人間だ。もしかしたら本当にそんな未来もあったのかもしれない。
「でもやっぱり無理。私彼女を恨んでるから」
そう言った彼女の表情は、言葉とは裏腹に随分とすっきりとしていた。
うちから首都へは半日以上かかる。パーティは夕方からだったので朝の内に出発して間に合ったが、帰りはそうはいかない。首都を出て少し移動した先の街で一泊する事になっていた。首都では顔も知られている彼女を配慮しての選択だったのだが。
「こ、ここに泊まるの…?」
街といってもそこには木造建ての古い宿屋しかなく、今までふかふかのベッドと綺麗に装飾されたホテルにしか泊まったことのない彼女は分かりやすく顔を引き攣らせていた。
彼女を配慮して…と格好をつけたが実際は予算的にここが限界だった。本当は彼女の世話をしてもらう為にニイナもつれていきたかったのに、旅費を考慮して連れて来られなかったくらいなのだから。
「うちの屋敷とそんなに変わらないだろ」
「ええ…そうね」
困惑状態の彼女を連れて宿屋に入る。取った部屋は2つ。2人部屋に俺とウィンター、1人部屋に彼女に寝てもらう事にしていた。しかしここで予想外の事件が発生する。
「こ、こんな鍵1つしかない防犯の緩い部屋で私1人で寝ろと!?」
「…え?」
思いがけない彼女の抵抗に驚き、確かに言われてみればと納得し、ウィンターから「坊ちゃんファイトですぞ」と言われ、俺は彼女と相部屋となってしまったのだった。
「はあ…」
彼女の着替えのために俺は部屋の外で待機していた。形だけと言えど俺達は一応夫婦なのだから相部屋くらい問題ないだろう。それにベッドは2つだ。一緒のベッドで寝る訳でもないんだから、と何故か言い訳を頭の中でつらつらと並べる。だが一つ、最も大きな問題があった。
扉が開く。彼女が顔を覗かせて、「入っていいわよ」と言った後に実に機嫌良く言った。
「ちょっとびっくりしたけど、久しぶりの外泊で何だかワクワクしてきちゃった!」
「……おう」
その問題とは、彼女の事を普通に可愛いと思ってしまっている事である。
「ねえ、お酒とか頼めないの?」
「…ないな。欲しかったら自分で買ってくるしかない」
「えっルームサービスもないってこと?」
「…基本的にここも自分の事は自分でするのがルールだ」
「ふーん…ねえ、何でそっち向いてるの?」
彼女に背を向けてベッドに腰掛けた俺への一言に体が固まる。こんな狭い部屋で寝巻姿(普通の白いワンピース)の彼女と2人きりなんて緊張してしまう。
「…何か買いに行くか?」
「うん!」
とりあえず一旦回避することにした。彼女に上着を一枚羽織らせて外に出る。
「お!デートですか?」
すると八重歯が特徴の金髪の若い男が俺達に声をかけた。彼はロレンツォ・ホランド。宿屋に紹介してもらい、馬の世話と馬車守りをお願いしている。
「酒を買いに行きたいんだ。どこかいい所はあるか?」
「それでしたらマッテオの店がいいですよ。すぐそこです」
「ありがとう。何だ、掃除までしてくれているのか?」
「ええ、明日も長旅でしょう。点検もしときますよ」
そう言って彼はニカッと笑う。紹介してもらった宿屋の人に『いい奴ですよ』と言われたがその通りだったと感心する。馬車を失うより見張りをつける方が安いだろうと思って思い切ったが、正解だった。
「よろしくな」
「はい!」
「…彼に何か差し入れるか」
「そうね。あとウィンターにも」
俺達はロレンツォに教えてもらった店に向かった。
「君はどんなのが好みだ?」
「少し辛口のスパークリングワインかしら」
「でしたらこちらがお勧めですよ。隣の領地で作られた物なんですが、今年は出来が良いと評判です。氷水に浸けておきましたからよく冷えてますよ」
「じゃあそれを1つ」
「ありがとうございます。エールもご一緒に如何ですか?」
「いや、明日1日移動になるから遠慮しとくよ。他にもおすすめのワインを3本程頼む。あまり高くないものだと助かる」
「畏まりました」
そう言って店主は後方のワインセラーの方に入って行った。
「大丈夫なの?そんなに買って」
彼女が心配そうにこそりと俺に囁く。全く、うちの事情がよくお分かりのご令嬢さんである。
「ああ、帰ったら君のドレス作りを手伝ってくれた女性達と食事会を開こうと思ってね。新しい事業も始まるし、彼女達には協力をお願いしたいからな。必要経費だよ」
その時、彼女がハッとした表情浮かべた。慌てた様にワインセラーにいる店主を呼び出す。
「やっぱりうんといい物にして下さる?それと宅配ってお願い出来るのかしら?」
「…ええ、出来ますが」
「でしたら100本ほどお願いするわ」
「お、おい流石にそれは」
「新事業に向けての発起会よ。良いことはみんなでお祝いする、そうでしょう?それにこれこそ手切金の使い所じゃなくて?」
そう言って彼女は得意顔をする。俺は微笑むと同時に、少しだけ涙腺が緩んだ。
「ワインよりエールの方が彼らの好みだ」
「了解」
彼女は村の人達分のエールと、結局ワインも数十本買い、店主は大喜びだった。
「次は酒のアテも買いに行こうか」
「そうね。そういえばさっき美味しそうなビストロを見つけたの。看板にスープを持ち帰れると書いてあったわ。ウィンターとロレンツォへの差し入れはそれにしましょう」
「いいね」
他にも乾物やチーズも購入する。俺も久しぶりの外泊に浮かれているのかもしれない。結局両手いっぱいに飲み物と食べ物を抱えて歩く事になり、その姿の何が面白いのか分からないが、彼女はけらけらと笑っていた。
574
お気に入りに追加
1,648
あなたにおすすめの小説
【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが
藍生蕗
恋愛
子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。
しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。
いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。
※ 本編は4万字くらいのお話です
※ 他のサイトでも公開してます
※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。
※ ご都合主義
※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!)
※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。
→同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
私、女王にならなくてもいいの?
gacchi
恋愛
他国との戦争が続く中、女王になるために頑張っていたシルヴィア。16歳になる直前に父親である国王に告げられます。「お前の結婚相手が決まったよ。」「王配を決めたのですか?」「お前は女王にならないよ。」え?じゃあ、停戦のための政略結婚?え?どうしてあなたが結婚相手なの?5/9完結しました。ありがとうございました。
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」
婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。
婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過
2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過
2022/02/15 小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位
2022/02/12 完結
2021/11/30 小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位
2021/11/29 アルファポリス HOT2位
2021/12/03 カクヨム 恋愛(週間)6位
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる