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4章 二人の一夜

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「ミーシア!」
「…ケビン様」
「部屋で待機していてくれと言ったろ…何かあったのか?」
「何もございません」
「心配をおかけしてごめんなさい。私…あなたに、この国に、相応しい王妃になる。絶対に」
「…俺も、君に相応しい男になる。…さあ、行こう」

 3人の足音が遠ざかっていく。やがて聞こえなくなった時に俺は彼女を離した。

「び、びっくりしたじゃない…!」
「驚いたのはこっちだ!」

 俺は彼女に怪我などなかったか確認し、大丈夫と分かると彼女の両肩に手を置いて息を吐いた。

「あー…本当に焦った」
「…ごめんなさい」
「…いや、謝る事はない。君は悪くないんだから。さ、早くここを離れよう」

 闇雲に探すよりも大人しく従った方が良さそうだと判断した俺は、商会の男の後をついて行った。そして部屋に通されたと思ったら、予想通り彼女の所へ案内すると言われここに来た。そこは城へ通ずる外通路で、王族にしか入る事が許されないプライベートゾーンだった。そこで彼女とミーシア様の姿を見つけたと思ったら、「誰にも見つからずに速やかにミラ様を回収して下さい」と言って案内人は消えるし、彼女とミーシア様が別れたすぐ後にケビン様が来られるし、俺は通路の柱に隠れて慌てて彼女を回収したのだった。

 俺達はそのまま外側から馬車の停留所へ向かい、大きな問題にならずに何とか出発した。

「それにしても本当に大胆な方だな…こんなにも目立つ君と密会だなんて。しかも自身が疑われている状況で」
「私達を上手くあそこまで誘導した人達は恐らく王族を陰で守るガード達ね。お父様もあそこの機関には踏み入れる事は出来ないから、ついさっき正式に婚約者となった彼女は早速それを利用したんだわ。てっきり周りに唆されたと思っていたけど、本当に私に会いたくて招待状を出したのね。周りが彼女を利用しようとしたのを、逆に利用したんだわ」

「本当にいい迷惑ね」と言いつつも何とも楽しそうに言う彼女を不思議な気持ちで見ていると、「何か?」と彼女が首をかしげる。

「いや、随分と褒めるなと思って」
「褒めてる?私が?」
「そんな風に聞こえるが」
「ふーん…」

 しばらく思案した様に外を眺めた後に、彼女はポツリと呟いた。

「そうね…出会い方が違ったら私達友達くらいにはなれてたかもね」

 ミーシア様は中流貴族にも関わらず、通っていた学校で優秀な成績を残し、彼女達が通っていた王立学園に転入した秀才だった。彼女も頭の回転が早い人間だ。もしかしたら本当にそんな未来もあったのかもしれない。

「でもやっぱり無理。私彼女を恨んでるから」

 そう言った彼女の表情は、言葉とは裏腹に随分とすっきりとしていた。

 うちから首都へは半日以上かかる。パーティは夕方からだったので朝の内に出発して間に合ったが、帰りはそうはいかない。首都を出て少し移動した先の街で一泊する事になっていた。首都では顔も知られている彼女を配慮しての選択だったのだが。

「こ、ここに泊まるの…?」

 街といってもそこには木造建ての古い宿屋しかなく、今までふかふかのベッドと綺麗に装飾されたホテルにしか泊まったことのない彼女は分かりやすく顔を引き攣らせていた。

 彼女を配慮して…と格好をつけたが実際は予算的にここが限界だった。本当は彼女の世話をしてもらう為にニイナもつれていきたかったのに、旅費を考慮して連れて来られなかったくらいなのだから。

「うちの屋敷とそんなに変わらないだろ」
「ええ…そうね」

 困惑状態の彼女を連れて宿屋に入る。取った部屋は2つ。2人部屋に俺とウィンター、1人部屋に彼女に寝てもらう事にしていた。しかしここで予想外の事件が発生する。

「こ、こんな鍵1つしかない防犯の緩い部屋で私1人で寝ろと!?」
「…え?」

 思いがけない彼女の抵抗に驚き、確かに言われてみればと納得し、ウィンターから「坊ちゃんファイトですぞ」と言われ、俺は彼女と相部屋となってしまったのだった。

「はあ…」

 彼女の着替えのために俺は部屋の外で待機していた。形だけと言えど俺達は一応夫婦なのだから相部屋くらい問題ないだろう。それにベッドは2つだ。一緒のベッドで寝る訳でもないんだから、と何故か言い訳を頭の中でつらつらと並べる。だが一つ、最も大きな問題があった。

 扉が開く。彼女が顔を覗かせて、「入っていいわよ」と言った後に実に機嫌良く言った。

「ちょっとびっくりしたけど、久しぶりの外泊で何だかワクワクしてきちゃった!」
「……おう」

 その問題とは、彼女の事を普通に可愛いと思ってしまっている事である。

「ねえ、お酒とか頼めないの?」
「…ないな。欲しかったら自分で買ってくるしかない」
「えっルームサービスもないってこと?」
「…基本的にここも自分の事は自分でするのがルールだ」
「ふーん…ねえ、何でそっち向いてるの?」

 彼女に背を向けてベッドに腰掛けた俺への一言に体が固まる。こんな狭い部屋で寝巻姿(普通の白いワンピース)の彼女と2人きりなんて緊張してしまう。

「…何か買いに行くか?」
「うん!」

 とりあえず一旦回避することにした。彼女に上着を一枚羽織らせて外に出る。

「お!デートですか?」

 すると八重歯が特徴の金髪の若い男が俺達に声をかけた。彼はロレンツォ・ホランド。宿屋に紹介してもらい、馬の世話と馬車守りをお願いしている。

「酒を買いに行きたいんだ。どこかいい所はあるか?」
「それでしたらマッテオの店がいいですよ。すぐそこです」
「ありがとう。何だ、掃除までしてくれているのか?」
「ええ、明日も長旅でしょう。点検もしときますよ」

 そう言って彼はニカッと笑う。紹介してもらった宿屋の人に『いい奴ですよ』と言われたがその通りだったと感心する。馬車を失うより見張りをつける方が安いだろうと思って思い切ったが、正解だった。

「よろしくな」
「はい!」
「…彼に何か差し入れるか」
「そうね。あとウィンターにも」

 俺達はロレンツォに教えてもらった店に向かった。

「君はどんなのが好みだ?」
「少し辛口のスパークリングワインかしら」
「でしたらこちらがお勧めですよ。隣の領地で作られた物なんですが、今年は出来が良いと評判です。氷水に浸けておきましたからよく冷えてますよ」
「じゃあそれを1つ」
「ありがとうございます。エールもご一緒に如何ですか?」
「いや、明日1日移動になるから遠慮しとくよ。他にもおすすめのワインを3本程頼む。あまり高くないものだと助かる」
「畏まりました」

 そう言って店主は後方のワインセラーの方に入って行った。

「大丈夫なの?そんなに買って」

 彼女が心配そうにこそりと俺に囁く。全く、うちの事情がよくお分かりのご令嬢さんである。

「ああ、帰ったら君のドレス作りを手伝ってくれた女性達と食事会を開こうと思ってね。新しい事業も始まるし、彼女達には協力をお願いしたいからな。必要経費だよ」

 その時、彼女がハッとした表情浮かべた。慌てた様にワインセラーにいる店主を呼び出す。

「やっぱりうんといい物にして下さる?それと宅配ってお願い出来るのかしら?」
「…ええ、出来ますが」
「でしたら100本ほどお願いするわ」
「お、おい流石にそれは」
「新事業に向けての発起会よ。良いことはみんなでお祝いする、そうでしょう?それにこれこそ手切金の使い所じゃなくて?」

 そう言って彼女は得意顔をする。俺は微笑むと同時に、少しだけ涙腺が緩んだ。

「ワインよりエールの方が彼らの好みだ」
「了解」

 彼女は村の人達分のエールと、結局ワインも数十本買い、店主は大喜びだった。

「次は酒のアテも買いに行こうか」
「そうね。そういえばさっき美味しそうなビストロを見つけたの。看板にスープを持ち帰れると書いてあったわ。ウィンターとロレンツォへの差し入れはそれにしましょう」
「いいね」

 他にも乾物やチーズも購入する。俺も久しぶりの外泊に浮かれているのかもしれない。結局両手いっぱいに飲み物と食べ物を抱えて歩く事になり、その姿の何が面白いのか分からないが、彼女はけらけらと笑っていた。


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