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2章 波乱を呼ぶ招待状

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side リンダ



 フリードリッヒ家に嫁ぐ女には3代に渡る大事なお役目がある。それはこの村の機織りの名手となり、それを伝える事だ。普段優しい姑も、これだけは口を酸っぱくして言っていた。

 私は18でここに嫁いできた。最初は戸惑いもあったけれど、元々住んでいた所もここと然程変わらない田舎だったし、夫も素敵だったし、何より元より裁縫が好きだった私は機織りにすぐに夢中になった。

 たくさんの事を教えてくれた姑は数年前に亡くなり、私が主となった。そして私は新しい事に挑戦しようと決意する。

 この村でここまで機織りが大事にされているのはあくまでファブリック代を倹約する為なので、織る物は大抵リネンやウール、コットンといった、実用性に長けた物が多かった。

 けれどこの世界には様々な布がある。色々と探っている内に私はオーガンザに出会った。貴族の人達にだけ許された、シルクを使った透け感と光沢感のある布。全く実用性とはかけ離れた飾るだけの布に何故か心が惹かれた。けれど、シルクの糸なんて手が出せる訳がない。

 ところがある日の事。贔屓にしている手芸店で綿でもオーガンザを作れるという事を教えてもらう。ちなみに綿で作られた物はオーガンジーと呼ぶらしい。

 綿ならうちの村でも栽培しているし、扱いも慣れてる。最後に薬品に付けて張りを出さなければならないのでそれだけが心配だったが、それは快く夫がやってくれた。何度か失敗を重ね、ついに完成した時は柄にもなく家族皆でハイタッチしたものだ。その初作品は、今も寝室の窓にかけられている。

 その後も色々な布を織ったが、やはり初めて挑戦したオーガンジーには特別な思いがあった。だからあの例のお嬢様がオーガンジーだと言い当てた時、私は関心したと同時に複雑な気持ちを抱えた。

 ローガンの産衣は姑が織って、私が縫った。前領主様のご夫婦は中々子どもに恵まれず、ローガンをご懐妊された時はそれはそれは大騒ぎだった。二人でどんな子が産まれてくるのだろうね、とワクワクしながら作った思い出がある。そんな子が立派に成長し、彼より後から産まれたうちの息子も娘も結婚したというのに、ずっと独り身だった。

 若くしてウィリアムズ領の全責任を負い、毎日私達のために忙しくさせてそんな余裕がなかったのも分かる。けれど、私も息子の元にやって来てくれた嫁とワクワクしながらローガンの子の産衣を作りたかった。そう願っていた矢先、彼の結婚が決まった。

 これまた大騒ぎだった。レイスさんなんて涙ぐんでいたし、勿論私も心から祝福した。そうなると、気になるのはそのお相手。しかしその話題になると必ずローガンは言い淀んでいた。次第にお嫁さんを迎える準備が忙しいからとあまり村に降りて来なくなる。

 そして知らない内にお嫁さんがウィリアムズ家の屋敷に住み始め、やっとお披露目してくれるとなった席で、ローガンが言い淀んでいた理由が本人の口から聞かされて判明した。一体どんな流れでそうなったのかは知らないが、我が国の王子にその悪事を暴かれ、婚約破棄されたという噂の悪女が相手だったのだ。

 それは言いにくい筈だと誰もが思った。と同時に、一体大丈夫なのか?と。ただでさえ少ない財源でやり繰りしている領地なのだ。今まで贅沢三昧だったお嬢様が暮らす様な場所じゃない。それに自尊心のために人を階段から突き落とす様な人間なんて信じられない。

 しかし、ローガンは彼女は噂の様な人間ではないと言い切った。近くにいる前領主様達も、静かに頷いていた。

 私は人より警戒心の強い人間だ。逆にウィリアムズ家の人達は優しすぎる。だからすぐに思った。騙されているのではないかと。彼らが知らない内に搾取され、やがてこの領地が取り上げられてしまうのではないかと。

 やはりそのお嬢様はお祝いの最中もツンと澄ましている表情は変わらず、愛想がいいとは言えない。私達に見せたあの仰々しいカテーシーは、余計に私達と違う世界の人間なのだという事を際立たせていた。

 大抵の村の人達はローガンの言葉を信じてあげる事にしたみたいだけど私は出来ない。かと言ってあのお嬢様を大事にしようとしているローガンの気持ちも無碍には出来なかった。あの子はどんな子が来ようとも尊重し、大切に出来る子だから。

 結果的に私はローガンを避けた。どういう顔をして会えばいいのか分からなかったからだ。そうやって過ごしている内に、問題の二人は家にやって来てしまった。

「私と一緒に、ドレスを作ってくれませんか」

 やたら布に詳しいそのお嬢様は、初対面にも関わらずとんでもない事を提案して来た。ドレスなんて作った事がないし、何より何故私が協力してやらなければならないのか。

 慌てたローガンが事情を話す。どうやら敵地に乗り込むための勝負服が欲しい様だ。ただの見栄の様な気がしてならないが、それよりも私の中にある挑戦心がふつふつと湧き始めてしまった。

 どこぞの貴族のお屋敷ではなく、城。つまり王族主催のパーティ。それにドレスなら自慢のオーガンジーを存分に発揮できる。そう考えていたら、彼女を家に招き入れていたのだった。

「…なにここ、お店?」

 私が今まで暇さえあれば織ってきた布の山を見て彼女が呟く。歴代の人たちが織ってきたものは別の部屋に保管しているので、ここにあるのものは全て私が織ってきたものだ。

「残念だけど、色のバリエーションは少ないよ。染色液だけは買わないとないからね。今あるのは青と赤。白、というよりキナリ調の物ならたくさんある」

 そう言ってオーガンジーの反物を取り出し、アトリエの真ん中にある作業用の大きな机に並べた。

「すごい…こんな民家で見られる代物ではないわ」
「こんな民家で悪かったね」
「あら、気を悪くしないで。褒めているのよ」

 知らない内に砕けた喋り方になっているし、さらりと失礼な事を言うし、やはり招いたのは間違いだったろうか。

「ああ、本当に気持ちのいい手触り」
「シルクで出来た物には負けるさ」
「そうかしら?余程目利きのいい人にしかその違いは分からないわよ。ねえ、ここにある物は、あくまで私的に使う物なの?例えば販売したりとか」
「しないさ。この村の女達は大体何でも織れるが、工場に比べたら量産出来ないし、手間と材料費を考えたら利益なんてほぼ残らないだろう」
「…そう」

 この子は一体何が聞きたいのだろう。今はパーティに着ていくドレスの話をしているのではなかったのか。

「やっぱり、土台に使えそうな生地はないわね」

 オーガンジーはあくまで飾りだ。
 基本的にサテンなどの上質な布を使ってドレスの形を決め、そこにレースやオーガンジーなどを加えて装飾していく。

「当たり前だ。シルクなんて手に入れれないからね」
「そうよね…仮に糸を用意したとしても、間に合う訳ないし…」

 考え込む様に、彼女が顎に手を当てる。

「そうだ、手直ししましょう」
「手直しって…あんたが持ってるドレスに手を加えるって事かい?」
「ええ。これもどうか悪く思わないで欲しいのだけど、基本的に社交界で着るドレスって一度きりなの。でもあの屋敷で手直しする術を教えてもらって、アイデア次第ではお洋服をさらに輝かすなんて素敵だと思って。確か淡いピンクのエンパイアドレスがあった筈。それなら白でも大丈夫そうね」
「エンパイアドレス?」
「大体のドレスって腰辺りで切り替えてスカートになるでしょう?でもエンパイアドレスは胸の下から切り替わってるの。だからストンとしたシルエットで、このオーガンジーのとろみのある生地がよく合いそう」

 言葉だけで説明されてもいまいちピンとこないが、私がイメージする貴族様方が着るドレスとはかなり違う。

「よく分からないが….いいのかい?そんなシンプルな、というより地味で」
「私、こういうシンプルなものが好きなの。だから最近そういうものが主流になり始めてる」

 またもやよく分からない事を言う。首を傾げていると、他の布を見物し始めた彼女がなんて事ない様に言った。

「私ってセンスが良いんですって。確かにお洋服は大好きだし、こだわりもあるわ。みんなに嫌われていたけど、服装だけは毎回注目されてたのよ」

 あまりにもあっけらかんに言うのであくまで客観的な意見として言っているのであろうが、これは結構すごい事なのではないか。だって首都圏のご貴族達のファッションの中心にいたのが彼女という事になる。同時にだからあんなに布に詳しかったのかと納得した。

「私の事は嫌いなくせに何で着ている物は真似したがるのかはよく分からないけど、そこを利用させてもらうわ。あの人達限定物とか、新しい手法とかに目がないの。この村で作られた布を使って、しかも元から持っているドレスの手直し。ただでさえ注目されるんだから、話題になりそうな事をしなきゃ」
「…あんた、何を考えているんだい?」

 私がそう言うと、彼女がニヤリと笑った。

「あなたと出会って閃いちゃった。この村を盛り立てる方法」

 この彼女の一言が、後の私の人生を大きく変える事になる。
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