オッドルーク

おしゅか

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第一章「オッドルーク」

第二話*

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画面を見ると時刻は16:20。空を見ると日が傾き始めている。
何はともあれ、本当に今日中に着いて良かったと安堵し、俺はここまで案内してくれた黒猫にお礼をしようと足元を見やった。

……しかし、猫はもうどこかに行ってしまったようで、辺りを見回しても全く姿は見えなかった。

なんだか大事な冒険仲間と分かれた時のような一抹の寂しさを覚えたが、猫は気まぐれだって聞くし仕方ないかとも思い気を入れ直し、改めて建物を眺める。

「寮……ねぇ。」

団長からは、隊員にはもう連絡してあるから着いたら勝手に中に入って良いと言われている。

……が。

本当にここが寮で合ってるよな?
あまりに俺の想像してた寮とは違うし、何より場所が場所だ。
勝手に入るなんてのは無理だな。

そう自分自身に頷きを返し、とりあえず重そうな両開き扉の前まで近づき、キョロキョロとインターホンを探す。
しかし、綺麗な装飾の付いたポストは目に入るが、ボタンらしき物が中々見つからない。

「嘘だろ……」

……結局、どこを探しても全くそれらしきものは見つからなかった。

団長、インターホン無いなら無いって言っといてくれよ。
勝手に入っていいって言うのと、呼び鈴が無いって言うのは大分意味合いが違う。
と心の中で難癖を付けながらも、恐らくここが8番隊の寮なんだなって事は察しが付いた。
いやワンクッション無いって、かなり緊張するんですけど。

扉の前でしばらく立ちすくんだ俺は、本日二度目のため息を吐く。
一旦……ノックしてみるか、と分厚そうな扉に向かい深呼吸を2、3度繰り返して心の準備をしようと決意。

……しかし、

ギィィ……

深呼吸して入ろうとしていた所の深呼吸の時点で、突然目の前の扉はゆっくりと動き出した。

「ッ!!?」

心の準備が途中過ぎて声もなく唖然としていると、ぬっと影から人が現れた。


「「………………」」



覇気のない、眠たそうな顔が驚いた顔で、固まっている俺を見ている。
どうしていいか分からず、無言でお互い顔を見合わせる時間が数秒続いた。

「あ、もしかして壱条いちじょう君来た?」

すると更に中から別の穏やかな声が聞こえて来た。
無言でこちらを見る少年の後ろから、更にぬっと優しそうな顔をした男が顔を出し、俺を認めるとニコリと微笑んだ。

「ようこそ8番隊へ!すみません、ここ分かりにくかったでしょ?神社に着いた辺りで迎えに行こうと思ってたんですけど、僕もさっき帰ってきたばかりで…さ、中にどうぞ!」

屈託のない笑みを浮かべた彼は、流れるように俺を中へ招いた。

「ほらほら、…ィのりもぼーっとしてないで中入るよ!」

呼びかけられたらしい最初に出てきた少年も、そう言われ無言で家の中へ引き返す。めちゃめちゃ薄弱そうな雰囲気だが恐らく男の子であってるだろう。今まであんまり相対したことのないタイプだ。

お邪魔します……と最大限の緊張が全身を回ってるが、俺も恐る恐る足を踏み入れた。
内装は例に違わず洋風な作りだが、人が住んでいるからか所々生活感がある。
長い廊下の左側に立て続けに扉が着いているから、ここがそれぞれの部屋なのだろうか、中に入ってみて初めて寮らしさを何となく感じとれた。
そんな事をぼんやり考えながら、角を曲がったところで先頭を歩いていた彼が、唐突に右手に出てきたドアを開けた。

「ここが寮生皆が使うリビングです。長旅だったでしょうし、そこの椅子に掛けてて大丈夫ですよ。今お茶も用意しますね。あ、キャリーバックは僕が預かります。」

あ、どうも。となんともスマートに進む動作にされるがままになる。
共通のリビングと言うだけあって広々としている。2階まで吹き抜けになっているだけでも十分に高い感じがするが、天井のくるくる回っているシーリングファンが更に上を高く見せていて、解放感がある。
清潔感のあるキッチンの前、ダイニングテーブルっぽい所で掛けてと促されるまま遠慮がちにも椅子に腰をかけると、先程の眠そうな少年が麦茶らしきものを俺の前にそっと置いてくれた。

「……どうぞ。」

素っ気なく用意されたお茶を前に、俺もどうもと礼を言うと、彼は何も言わず向かい側対角線上に座った。
俺の心の間が持たず、とりあえず出されたお茶を一口頂く。あ、このお茶美味い。
お茶が思いがけず美味しくてつい夢中になっていると、俺のキャリーを置きにどこか行っていた優しそうな彼が戻ってきた。
眠そうな少年にお茶ありがとうと声をかけて、そのまま俺の正面、少年の隣に腰を下ろした。

「さて、初めまして。僕は雪野 香深ゆきの かふかと言います、挨拶が遅れてごめんなさい。壱条君の事は団長から聞いてます。僕と君は同じ歳だし、これからこの寮で一緒に暮らしていく仲間なので、敬語とか抜きに気軽に香深って呼んで下さい。これからどうぞよろしくね。」

香深と名乗った男は、そう言うとにっこり笑って軽く会釈した。
つられて俺も軽くお辞儀する。
優しそうだが妙に貫禄があるから、てっきり歳上かと思った。

「……須東 氷緑すどう ひのりです。よろしく。」

少し間があって、覇気のない少年が相変わらずのローテンションで口を開いた。いのりじゃなくてひのりだった。

壱条 理紅いちじょう りくです。今日からお世話になります。」

俺も倣って、名乗りながら軽く頭を下げた。
すると、「そんなにかしこまらないで。」と香深に柔らかく言われ、顔を上げる。

「それにしても、よくここまで辿り着いたね。初めは余程の事がないと皆気づかないんだけれど、もしかして来るまでに誰かに会ったりしたかな?」

香深が少し砕けた具合で問うてきた。

「あ、いや、信じて貰えるか分からないけど、ちょっとぽってりした…両目の色が違う黒猫がここまで案内してくれて…」

冷静に思い返せば、ここまで猫に着いて来たって……ファンタジーすぎる。
なんか別の言い訳探せば良かったかもと思いながらもそう応えると、意外にも香深からは頷きが返ってきた。

「あぁ!なるほど、番長か。この寮を寝床にしてる猫がいて、多分その子だね。僕は勝手に番長って呼んでるのだけど、名前とかは決まってる訳じゃないし普段は見かける方がレアだから、それはラッキーだったね。」

「なるほど…」

どうやらあの猫はここの番人らしい。
何となく他の人にも認知された、ちゃんと存在する猫だった事にほっとした。

「……君のことは理紅って呼んでも?」

少し間があって、香深がこちらを真っ直ぐ見ながら緩く首を傾げた。
大事な事はしっかり目を見て話す人なんだな、と感じながら頷くと、香深はにっこり笑った。

「ありがとう。それじゃ早速、理紅の能力が何か教えて貰っても良いかな?」

「ああ、俺の能力は……跳躍です。知ってるかもしれないけど、俺、能力値はそんなに優秀じゃなくて。」

しり込みしつつ答えると香深は軽く頷き、手元の書類にボールペンを走らせた。

「大丈夫、理紅の能力値については僕も既に本部から知らせてもらっているよ。今発現してるのは、跳躍の能力だけだね……うん、それなら問題無さそうだ。」

書き終わると彼はにこやかに顔を上げた。

「よし、これで君がこれから共に仕事をしていくパートナーが無事確定した。改めて、ここに同席する氷緑が、理紅の新しいパートナーだよ。」

香深はそう言うと、にこりと笑顔のまま隣に座る氷緑の肩を軽く叩いた。

「……」

何も言わない氷緑は、されるがままぼーっと机を眺めている。

「パ、パートナー…?」

何も知らない俺は、首を傾げるしかない。

「うん、まぁ結論を先に述べてしまったけど、簡単に説明すると僕達8番隊は基本的にバディを組んで活動しているんだ。持ってる能力があんまりに合わないってならない限り、理紅はこの氷緑と組む予定だったから、今決められて良かった。ちなみに、氷緑の能力は氷。
このバディを組む事が出来ると、ここの隊の監視役である飛鳥あすかさんが仕事を割り振ってくれる。たまーに別の人と任務に出たりもするけど……ほとんどがこのバディで行うと思ってくれれば大丈夫。」

急にすらすらと並べられた8番隊のシステムに、俺はただ頷くことしか出来ない。

「理紅は仕事内容もまだよく分かっていないよね?」

一息ついた香深は、こちらを伺った。俺は、首を縦にぶんぶんと振った。

「何も分からん。」

そう言うと、香深はフフッと行儀良く笑った。

「だよね、瑛心えいしん団長はそういう方だ。……それじゃ、団長の言う"習うより慣れろ"の意向に沿って、早速今から2人で簡単な任務をひとつ解決してきて貰おうかな。」

「「…………え?」」

間抜けな声が"2つ"部屋に響いた。
どうやら氷緑もこの突拍子のない提案は初耳だったようで、同時に驚いた顔をしている。

二人して発案者の香深を凝視するが、はいこれね。と彼は全く気にならない素振りで、丁寧に4つ折りされた紙をテキパキとそれぞれに手渡した。
それから、これも。と俺にだけ見るからに高価そうな巾着を握らせ、そこから特に何の説明も無く、呆気に取られた俺達をあっという間に行ってらっしゃいと外に放り出してしまった。

何が起こったのだろうと、重い扉の前でポツンと取り残された初対面同士の俺たちは、脳内での状況整理が追いつかずしばらく無言でぼーっと立ち尽くした。

「ど、どうゆうこと…なの…?」


──こうして目まぐるしく、俺のとんでもなく突飛で酔狂な人生が幕を開ける事になったのだ。
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