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第56話 今更助けと言われてももう遅い

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 今時ラブレターなんてあり得ない。

 そう、絶対にあり得ない。これは悪戯だ。

「あ、もしもし、じいちゃん。ごめん。今日のバイトなんだけど、ちょっとだけ遅れます。あ、うん。そうだな。ある意味でイベントだよ。次の土曜日のバイトはその分早く入るから。あーい。楽しんできます」

 放課後の体育館裏。

 扉前の3段しかない階段に座り、バイト先へ電話をする。

「普段真面目に働いているからこそできる技だよな」

 もちろん、親族がやっている店だからってのもあると思う。

 社会人になった時にそこは履き違えないようにしないとな。







「ふ、ふふふ、ふふ。わかっていたさ。わかっていた」

 数十分経過。

 俺はひとりで虚しく笑ってしまう。

 そりゃこんなの悪戯に決まってるだろ。

『冷静に考えた結果、これはラブレターという結論に至るよね』

 俺のばか。んなわけあるかいな。

 しかしまぁ、もしかしたら本当にラブレターだった可能性もある。

 そうなると、本当にラブレターだった子を放置プレイしてしまうことになる。

 今回は悪戯だったんだけどね、ちくしょうが。

「お待たせ」

 唐突に聞き覚えのある声に、ピクっとしてしまう。

「沙織……」

 俺の前に立つのは、ギャルっぽい見た目の野村沙織であった。

「手紙なんて小学生振りに書いたわぁ。てか、京太普通に来てるし、ウケる」

 さも当然のように俺の隣に腰掛けてくる図々しさ。嫌悪感を抱いてしまい軽く距離を取る。

 てか、手紙を渡してきたのはこいつかよ。綾香とは完全なる決別を果たしたってのに、元仲間が来るとか最悪なんだが……。

 今時風のギャルメイクの沙織は、見た目だけで言えば可愛い部類に入る。

 今はぼっちに成り下がったというのに、元スクールカーストトップに君臨していたからか、どこか余裕のあるオーラを持ち合わせている。

 本当になにも知らない状態であれば、こいつから手紙をもらえたことは自慢になったのかもしれない。

 でも、その本性を知っている身からするとなんの自慢にもならない。

「こんな所に呼び出して、なんの用だよ」

 もしや、綾香への報復かと思って身構える。

「ウチだって手紙で呼び出しなんて恥ずいから嫌だったけど、あんたウチのことブロックしてるっしょ?」
「そりゃブロックするだろ」
「あんなに仲良かったのに冷たくない?」
「その仲良かった奴を平気でハブッたのに、よくそんなことが言えるな」

 言うと、「あれはさぁ」と髪の毛をいじりながら言ってくる。

「綾香が必死に言い訳してくるからって言うかぁ。なんていうの? こっちの意見を言う前に全部罪を京太になすりつけてたわけ。綾香って口うまいよねぇ」

 軽々しく言ってくるのに腹が立つ。

 こっちはそのおかげで苦労したんだ。こいつからすると、結局は他人事ってことなんだろう。

「帰るわ」

 気分が悪いため、話を強制的に終わらせて立ち上がると、「まちんしゃい」と制止を促される。

「んだよ」
「ウチら付き合わない?」

『はあ!?』

 遠くの方で俺の気持ちを代弁する声が聞こえてきた。まるで天の声だ。

『なんでそこでリバウンド取らないの!?』

 どうやら体育館の女子バスケ部の練習の声だったらしい。運動部は声が大きいよね。

「お前……まじで言ってんの?」
「割とまじなんだけど」

 こいつの頭はどうなってんだ?

 俺の困惑の思いとは裏腹に、よいしょっと立ち上がる。

 ラブレターで呼び出して告白という空気とは程遠い雰囲気。

 沙織は見下ろすように俺を見てくる。

「正直、綾香が羨ましかったんだよね。京太とイチャコラしてさ。でも、あいつ京太って言う彼氏いるのに二股してさ。欲張りだよね。その分、制裁くらってるけど。超ウケる。くそ女代表って感じ」

 綾香の報復に来たとちょっとでも思った俺がバカだった。

 こいつは……こいつらはこういう奴なんだ。

 人の、それも仲間だった奴のことを平気で悪く言う。

「ウチはこう見えて一途よ? 綾香はお姫様気質で、待ちの姿勢だったみたいだけど、ウチはなんでも積極的にいくよ。京太のしたいことなんでもしてあげる」

 目の前にいる人間の皮を被った化け物の言葉、ひとつひとつに嫌悪感を抱いてしまう。

「なんで俺と付き合いたいんだよ」
「そりゃ、学校がつまんないからでしょ」

 当たり前のように言い放つ。

「綾香は学校やめたし、藍子と悟と陽介はくそ陰キャぼっちになったし。結果、ウチもぼっちになったから。つうか、あいつら全員高校デビューなんだよな。生徒指導の先公にちょっと言われて、周りからちょっと言われたくらいでヘタレてよ。中学の時、どんな生活してたらそれでビビるって話なんだよ。根っこが陰キャなんだよ。ウチとは合わないわ」

 こいつはツラツラと人の悪口を平気で言う奴だな。

「でもまぁウチもぼっちはしんどいし、同じぼっち同士で京太と付き合ったら高校生活くらいは楽しいと思う。だから付き合ってよ」
「無理だな」

 即答してやる。

「え……」

 どうしてそこで予想外みたいな顔ができるのか、訳がわからない。

 頭の中どうなってんだ。

「なんで、どうして。ウチだよ? こんなに可愛いウチが告ってんだよ?」
「ぼっちになるのが嫌な理由だけで俺に告ってくる奴と付き合うとでも思うのかよ。そもそもお前、俺に言った酷いこと覚えてないのかよ」
「そ、それは……」
「人の悪口ツラツラ並べて、しかも仲間だった奴等のことも容赦なく言いやがって。そんな奴と付き合う? んなことできるわけないだろうが」
「で、でも、ウチ、こんなに可愛いよ」
「中身がドブスじゃねぇかよ。このブスが」
「!?」

 今の言葉が効いたのか、沙織はへなへなと膝から崩れ落ちる。

「う、ウチ、ブスじゃ、ブスなんかじゃ……ウチ、可愛くなったもん! みんなもウチを認めて……。あの頃と違う……もう、あの頃のブスなぼっちとは違う……」

 こいつ、元仲間達のことを高校デビューだ、くそ陰キャだ、とかなんとか言っておいて、自分がその立場の人間だったのかよ。とんでもないブーメランだな。

「お前の過去なんかに興味はないが、外見だけじゃなくて中身も磨くべきだったな。今更もう遅いが」
「いやだ! もうぼっちは嫌! ブスなぼっちはもう嫌なの!」

 唐突に泣き叫ぶ沙織。

 彼女にさっきの言葉は効果抜群だったみたいだ。

「京太もひとりじゃん! だったら一緒にいてあげるって言ってんのに、なんで、そんなこと言うの!?」

 脳内お花畑だからなにを言っても無駄だろうが、ストレートに言ってやる。

「俺が好きなのは優乃だ! 優乃以外と付き合う気はない!」

『きゃああああああ♡♡♡』

 体育館から黄色い声が聞こえた気がしたが、女バスだろう。

「これが俺の返事だ」
「いや、いやだ、もう昔みたいなブスぼっちは嫌だ。待って、待ってよ、助けてよ、京太!」
「俺が助けて欲しい時に助けてくれたのは優乃だけだ。お前なんかどうなろうが知らねぇよ」

「うああああああ!」

 泣き叫ぼうがもう遅い。

 これから沙織に待っているのは暗い高校生活だ。

 人を利用しようとした自分の罪をこの高校生活で背負ってくれ。

 俺にはもう関係ない。
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