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第12話 お嬢様は少し頑固みたいです

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「――センセ。勘弁してくれよー」

 放課後になり早速職員室にダッシュした。
 ダッシュっていうのは比喩表現で実際には早歩きだ。しかし気持ちは短距離走の様に全力疾走なのである。

 手元にスマホがないなんて考えられない。
 先程もふと癖でポケットに手を入れてスマホが無い事に気が付いて「無くした!」なんて思い、何処に落としたか、使用規制の連絡をショップに? キャリアセンターに? なんて焦って考えてしまった。没収されているのにね。

 昔々は携帯電話、スマートフォンなんてない時代だったから「無くても平気だろ? そんなスマホばっかりしてないで外で遊べよ。俺達の頃は――」
 ――そんな事を大人世代? お爺世代? はドヤ顔で言ってきやがるが、そんな昭和な時代を生きた事ない現代ボーイの俺としてはそんな大人達の感性を理解する事は不可能である。
 そもそもこんな時代にしたお前らが何をドヤ顔で語ってやがるんだ。それにそんな奴に限って電車でパズ○ラとかモン○トとかやってるの見かける。
 カチ割ってデータ消してドヤ顔で「無くても平気何だろ? そんなスマホばっかりしてないで働けよ。俺達にそう言ったよな?」って言ってやろーか。

 そんな最近言われた台詞を思い出しながら職員室に着くと藤野先生の姿は見当たらず――。

 ――待つ事数10分後に戻って来て、早速スマホを返してもらう為に、先生の机に椅子を並べて反省文を書く。

 噂通りだった。
 彼女は全文英語で書けとの事。
 いつも通りの優しい口調と態度。丁寧で細かく教えてくれる。相変わらずめちゃくちゃ良い先生だ。好かれる理由も分かるし、俺も藤野先生は好きだ。
 しかし、いくら好きな先生といえど英語が苦手な俺は悪戦苦闘し無情にも時間は流れ、既に1時間が経過しているとストレスが溜まる。
 まさに鬼畜の所業だ。

「もう少しだよ! You can do it!」

 無駄に発音の良いガンバレが今は非常にムカつく。
 
 それにまだ半分も書けていないのにもう少しとか言葉のあやを言うのは優しさなのか、それとも書ききるまで絶対に逃がさない意味なのか――。
 後者なら鬼だわ。

「センセ英語難し過ぎだわ」
「でも、南方くんはいつも英語のテスト90点以上取るじゃない」
「いやいや、それは先生が皆にテスト範囲を教えてくれて、その範囲を集中して勉強するから取れるだけであって、いきなり英語を使って文を書けなんて無理でっせ?」
「それでもそれだけの点数が取れるって事は英語が出来るって事だよ。ほらほら次の英文は――」
「あー英語無理! 嫌い! しんどすぎー」

 ペンを投げて椅子に深く座り天を仰ぐ。
 その姿はまるで勉強の出来ない駄々っ子の様である。

 そんなガキ臭い事をしても先生は優しくペンを持って俺に渡してくる。

「南方くんはやれば出来るんだから。それにこれを機に英語が好きになるかも」
「これを機に? ははは。ないない。テストさえ点数取れれば良いよ」
「点数取ってくれて先生も嬉しいけど、なにもせずに苦手って言われるのは悲しいなぁ」

 そう言った後に先生は少し間を置いて話す。

「英語って他の教科と比べて想像しやすいと思うよ?」
「え? 何が?」
「ほら? よく言うじゃない? 『数学とか化学とかっていつ使うんだよ!』って」

 確かに、数学の公式なんて覚えても将来何の役に立ちそうにないし、化学の元素記号も覚えて何になるのだろうと思う。

「古典や社会、日本史だって大人になれば使わないから勉強する意味ってなに? って私も学生の頃思った時あるよ。でも、英語って他の教科に比べて使う場面あると思うんだ」
「まぁ確かに海外旅行行く時とか使えたら便利だし、最近は海外から日本に来る人も多いから言ってる事は分かるけどさー」
「――南方くんバイク乗ってるでしょ?」
「え? 何で知ってるんすか?」

 ドキッと心臓が高鳴る。もしかしてバイク通学を見られた?

「ちょっと前の休みの日に彼女と2人乗りしてたでしょ? 可愛い彼女とね」

 ニヤッと楽しそうに言ってくる。

 そんな先生の顔にツッコミをいれるよりも、ちょっと前の休みの日という言葉を聞いて安堵する。
 どうやらバイク通学を見られた訳じゃないみたいだ。

「――ん? 彼女?」
「可愛い彼女と仲良く乗ってたじゃなーい。先生たまたま隣に止まって話かけたのに2人の世界だったから無視されて悲しかったよ」

 もしかしたら他の奴と勘違いしてるのでは?
 俺に彼女なんていなし。
 そう思ったが、ふと、この前サユキと買い物に行った時の事が思い返される。

「――もしかして大型のCBR?」
「そうそう!」
「あれセンセだったんか! いやいやいや! フルフェイスでいきなり話しかけてこられて、何言ってるか全然分からないから妹と2人して『こっわ!』ってなったんすわ!」

 その後怖すぎて法定速度を大幅に超えて逃げたけどね。
 すぐに減速したけど。

「なんだ……。あれ妹さんなんだ……」

 つまらなそうな声を出す。

「そうっすよ。――ま、そんな事よりバイク乗りだから何?」
「あ、えっとね……。昔、ハワイに行った時にハーレー借りてツーリングしたの」
「おお! なんすかそれ! めっちゃ良いっすね」
「常夏の島をハーレーで走るのめっちゃ楽しくてね。次はアメリカ横断! とか夢見てるの」
「絶対気持ちいいやつっすね」
「でしょ? 南方くんもバイク乗りならそういうの良いと思うでしょ?」
「アメリカ横断とか憧れるっすね。俺がアメリカ走るなら……シャドウとか乗ってみたいっす」
「そうだよね! アメリカ走るならアメリカンバイクだよね! でもね南方くん。アメリカを走るなら英語が出来ないと困ると思う」
「あーね。その話に戻ると……。結果英語勉強しろって事ね?」
「バレた?」
「そりゃ……。でも、まぁアメリカをアメリカンで走るのは夢ありますね」
「でしょ! でしょ! だから今のうちから勉強して損はないよ! だから、もう少し頑張ろ! ほらほらペンを持って」

 ネタがバレて器用な乗せ方とは言えないが、この先生が好かれる理由はこういう所なのだろうと実感出来た。
 スマホを取り上げて頭ごなしに怒鳴って反省文を書かせるのではなく、反省文を生かして自分の担当の勉強を教える教師の鏡だな。




♦︎



 やっと……。やっとだ……。やっと終わった。

 教師の鏡ではあるかもしれないが、俺からすれば結果ただの地獄の門番の様であった。
 しばらく英語の勉強したくない。藤野先生の授業はスマホは見ない事にしよう。
 
 だが、数時間振りのスマホとの再会を果たせて一安心だ。
 はぁ。落ち着く。

 取り上げられた時に電源を切っていたので、スマホを起動させる。
 画面に起動時の数字ロックが出てきて、暗証番号を入力してアンロックする。
 もう午後4時過ぎかよ……。アヤノに先に帰る様に言っておいてよかった。

 鞄は教室に置いて来たので、あー鞄持って職員室行けばわざわざ教室に戻らなくて済んだのにな、何て思いながら教室へ入る。

「――あれ?」

 教室に入ると俺の後ろの席の後ろの席でアヤノがスマホを操作している姿があった。

「帰ってなかったのか?」

 俺の問いかけにアヤノはスマホを操作したまま頷いた。

「ヘルメット気に入ってるから返してもらおうと思って」
「そんなに気に入ってるの?」
「置く場所を確保してないから玄関の棚に入れているけど、毎日それを見ないと落ち着かない」
「ふぅん……」

 彼女の発言に悪戯心が芽生えて少しからかう様に言ってやる。

「本当はバイクに乗りたい為にわざわざこんな時間まで待ったとか? ははっ! 可愛い思考してんな」

 そう言うと一瞬だけ小さく震えて、俺をジッと見つめる。

「そうではない」

 無表情で圧をかけながら言ってくる。もしかして図星だった?

「そ、そっすか……」

 しかし、これ以上言うと、今朝の目をされそうなのでやめておこう。本人がそう言うならそうなんだろう。からかうのは良くない。うん。
 ――いじるならちょっとだけ時間を置いていじるか……。

「――そんなにヘルメットが気に入って――というか【ウサギのヌタロー】が気に入ってるなら昨日の封筒返した方が良いか?」

 良いながら中身を見ずに鞄の中にしまったままの封筒を取り出す。

「それは別に良い。それとそれはポチ袋」
「細かいねぇ。どっちでも良いだろー」

 笑いながら中身を確認すると諭吉さんが1枚出てきた。
 ――ふと疑問に思う。
 昨日の財布の中身はいくら入っていたか把握してなかったが、これってもらいすぎじゃない?
 もしかしてあのブラジャーってそんなに高かった?

 そんな疑問を抱きながら財布の中に2枚のレシートが入っていたのでそれを確認する。

 1枚は本屋のレシート。もう1枚はランジェリーショップのレシートだ。

 ランジェリーショップのレシートを確認すると4890円と表記されている。

「いや、アヤノ。これ渡しすぎじゃない?」
「本の分も入っている」
「そうだとしても渡しすぎだと思うけど」
「ならそれはリョータローの仕事分をプラスアルファということで」
「あれは俺の中で労働時間じゃないんだけどな」
「じゃあ何?」
「何って言われると――」

 なんだろうね? 頭を掻いて少し考えるとアヤノが言ってくる。

「デート?」
「で、デート?」

 そう言われて少しドキっとする。
 男女がショッピングモールで買い物――十分にデートだね。
 でも、内容はデートか? と問われると――そんな感じじゃない気もするな。

「と、ともかく。もらい過ぎだわ。一旦返すよ」
「その必要はない。貰っておくべき」
「いやいや返すって」
「それはもうリョータローのもの」
「アヤノ頑固だな」
「リョータローの方が頑固」

 お互い一歩も引かない。
 
 しかし1万円を躊躇なく渡すなんて流石お嬢様。普通の高校生なら返すと言われたら返してもらうと思うがね。

 だが、これじゃあラチがあかないな。

「分かった。こうしよう」
「何?」
「ちょっと――待っててな」

 俺は返してもらいたてのスマホを操作して、アドレス帳から【母さん】と書かれた電話番号をタップして、耳に当てる。

 5コールくらいして『もしもし?』と母さんの声が聞こえてきた。

『あ、母さん。風邪は大丈夫?』
『うん。もう元気よ。心配してくれたの? ありがとう』
『良かった。パートは? 行った?』
『ううん。まだ病み上がりだし、人様の家に菌撒き散らしても悪いからお休みさせてもらったの。何かあった?』
『いや、母さんってパートの時、夕飯も作ってあげてるんだよね?』
『そうよ。だから今日はパート先にご飯作れないからちょっと心配で。パート先の――って涼太郎もう綾乃ちゃんには会ったよね?』
『あ、ああ。ビックリしたよ。言ってくれても良かったのに』
『あはは。2人共お年頃だし、あんまり言わない方が良いのかなってね。そうそう。それで、綾乃ちゃんって手作りの料理が好きみたいだから、作ってあげられなくて心配してたのよ』
『そっか。それなら良いや』
『何が?』
『聞きたかったのは母さんの容体もだけど、パート行って晩御飯作ってるのかなー? って』
『んー? そんな事が聞きたかったの?』
『そうだよ。あ、そうそう、俺、今日は晩御飯要らないから。食べてくるよ』
『あら? そう? ――ん? もしかして――』
『ありがとう母さん! それじゃ身体大事にしてね』

 俺は少し強引に切る。

 あの感じ……。どうやら母さんのラブ探知機がサッチした様だ。
 俺が女子と少しでも仲良くするとすぐにサッチするやっかいな探知機だ。
 ――帰ったら色々と聞かれそうだな……。

「――アヤノ。今日は晩御飯ないみたいだな」
「知っている。リョータローのお母さんが来れないのは朝聞いていたから」
「じゃあ晩御飯食べに行こう」
「え?」
「手作りの料理が好きなのは昨日で分かったけど、結局今日は晩御飯を出前なりコンビニなりで済ませないといけないなら一緒に食べよう。それでもらい過ぎた分はチャラって事で」

 俺の自己満足でもあるが、中々のアイディアだと思われる。
 アヤノは少しだけ考えていた。
 何を考えているのか表情では分からない。
 そんなに外のご飯が嫌なのだろうか。

 数秒後に考えがまとまったのか、アヤノはコクリと頷いた。

「それじゃ行くか」
「うん」

 アヤノと一緒に俺は教室を出たのであった。
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