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第7話 無表情なお嬢様のお世話をすることになりました

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 波北の家に戻ると俺は早速キッチンに立ち明太子パスタ作りの準備に取り掛かる。

 彼女はというと、速攻で部屋に戻ったかと思うと、手に可愛らしい紙? の様な物を持ってきて、チラリとキッチンに立つ俺を見てきたが、すぐにソファーに座って今から晩御飯だと言うのに先程熱弁していたポテトチップスを食べながらテレビを見ていた。
 
 そんな時間からポテチ食ったら晩飯入らないぞー。

 なんて声をかけてもいらぬお節介だし、また無機質な返答が待っているだけだ。

 俺の最後の仕事である晩御飯は食べられようが、食べられまいが作れば終了だ。
 ――出来れば食べて欲しいけど。

 俺の小さな願望が届いたら良いな、なんて思いながら手際よく、鍋に湯を沸かしつつ明太子ソースを作り上げる。

 俺は明太子パスタが大好物で家でよく作ったりしている。特にヤリイカとほうれん草の明太クリームパスタが好きだ。
 これは家族に好評なのだが、所詮我が南方家は庶民である。
 はたしてお嬢様の波北家に通用するかどうか……。
 
 そんな少しの不安を抱きながら、ボールに入っている明太子ソースを菜箸でかき混ぜていると、リビングのドアが開いた。

「ただいまー」

 リビングに入ってきたのはスーツ姿の中年男性だ。
 中年男性と言っても、こういっちゃ失礼だが若作りして、見た目には何歳か分からない。それと、芸能人ならともかく、そこら辺の中年のオッサンを男前なんて思った事なんてないが、この人の顔立ちはまさしく男前であった。
 ただ、神というのは人間に全てを与える事はないのだな……。身長が低い。160センチ位である……。
 ま、まぁ? この人から波北 綾乃が産まれたのなら納得である。

 そんな男前の中年男性と俺と目が合い、こちらをマジマジと見てくる。

 ちょっと気不味い空気。
 いや、そりゃそうだ。帰ってきたら知らないガキが自分の家のキッチンで料理してるし、何だったら見下ろして来ているんだからな。
 そんなの誰だって不審に思うだろう。

 母さん? この人にちゃんと説明はしてくれてるよね? 母さんの事だから忘れてた? それはそれで母さん風邪だから仕方ないね。うん。

 見つめ合う中でそんな事を考えていると彼の口からは予想外の言葉が聞こえてきた。

隆次郎りゅうじろう?」
「え?」

 俺の事を隆次郎と呼んできて一瞬パニックになる。
 それは俺の父さんの名前だ。

 俺の目が点になっていると中年男性はフレンドリーに笑いかけてくれる。

「いや! すまない。あはは。君は――涼太郎くんだね。あっはっは!」

 この人からあの娘が本当に産まれたの? と錯覚するくらいに陽気に笑ってみせる。

 ――いや、そもそもなぜ俺の名前を知っている? 父さんの名前を言っていたから、もしかして父さんの知り合いか?

「しっかし昔の隆次郎にそっくりだ。びっくりしたよ。今日はどうしたんだい? というか娘と仲良かったんだね」
「あ、えっと……。母さんは風邪ひいたので代わりに僕が……。聞いてませんでした?」

 ポンと手を叩いて納得する仕草を見せる。

「あー。そうだそうだ。そういえば聞いているな。それでご飯作ってくれているのか。でも、作り置きで良かったぞ? わざわざこんな時間までいなくても良かったのに」

 それなら冷蔵庫に食料置いといて下さいや。なんて言えるはずもなく、苦笑いをしてしまう。

「ふむ。パスタか。パスタは好きだな。もうすぐ出来る?」
「そうですね……。10分後くらいに出来ます」
「それじゃあ先に風呂に入るか。綾乃。先にもらうぞ」

 父親の言葉にノールックで頷く波北。
 それを見て父親は「それじゃあお先」と言って脱衣所へ向かって行った――。



「――いや、美味いな! これ!」

 波北の父親が風呂から上がり親子がダイニングテーブルに座ってパスタを食べている。
 どうやら口に合ったみたいで一安心である。

 父親に「一緒に食べないのかい?」と聞かれたが生憎2人分しか作ってないので、俺の分はない。
 その事を言うと少し残念そうな顔をしてくれたところを見ると、この人はどうやら良い人と判定しても良いみたいだな。

 人様のキッチンを使わせてもらったので、俺は調理の後片付けをしながら2人の様子を伺う。

 先程良い人認定した父親が一方的に話をして、無表情な娘の方は特に何も言わずに黙々とパスタを食べている。めちゃくちゃ食べるスピード遅いが。
 そんなに黙々と食べているって事は美味しいって受け捉えて良いのだよな? 波北?

「――しかし、パスタなんて家にあったかな?」
「あ、さっき買いに行ったんです。波北とそこのショッピングモールで」
「綾乃と? 2人で?」
「は、はい」

 あ、やべ……。年頃の娘を持つ父親に「アンタんとこの娘と出掛けたわ」何て言うと怒られるに決まってるのにいらん事言うた……。

 怒られると思ったが「そうか、そうか」としみじみと頷きながらパスタを食べている。

 ほっ……。
 
 何を思ったのか分からないが、どうやら怒ってはないらしい。

「ん? 綾乃。ほうれん草食べてるのか?」

 父親の問いに口を開かず首を動かす娘。

「ふむ……。そうか……。掃除も恵くん並。綾乃とも……。そして料理も……。そういえば恵くんが言っていたな……涼太郎くんは成績も……」

 彼の呟きは途切れ途切れで聞こえてきたが、内容は良く分からない。

 父親がパスタを食べ終えて俺を見る。

「涼太郎くん。まだ少し時間は大丈夫かい?」
「はい。大丈夫ですよ」
「少し話があるんだ。なぁに学生の君からしたら稼ぎの良いバイトの話さ」
「良いバイト?」

 いきなりの言葉に首を傾げてしまう。

「こちらに来てくれ。綾乃の隣に座って欲しい」
「分かりました」

 一体どんな話をされるのだろうか――。



♦︎



「――お世話のバイトね……」

 最上階を降りて、オートロックを出ると涼しい風が吹いていた。
 そんな中で先程の話を思い返す。

 引き受けたものの、世話と言うのはどこからどの範囲が仕事になるのか分からないな。
 まぁそこはアヤノがノルマを設けると言っていたが――。

「就業規則とかはないし、そこら辺は臨機応変にいこう」なんて言っていたが、それは何処ぞのブラック企業が良く使う言葉だぞ……。
 母さん曰くホワイトと言っていたから大丈夫だとは思うけど……。

 しかし、何でわざわざ俺なんかにそんなバイトを? 俺みたいな学生じゃなくても金に困ってなさそうだし他にいくらでもいると思うが……。
 あー……でも、確か執事や召使いを公に雇うのは出来ないはずだ。労働基準法的に。
 だから使いやすい学生の俺が選ばれた? いや、それだけじゃない気もするが――。

 ――ま、何か理由はあるのだろうな……。
 
 ともかく、なんだか今日は変に疲れた。さっさと帰って飯食って風呂入って寝よう。

 うーん……とノビをしていると「リョータロー」と後ろから声をかけられると部屋着姿のアヤノの姿があった。
 その手に何か持っている。

「アヤノ? どうした?」
「これ」

 アヤノは持っていた物を渡してくる。
 何かのカードみたいだが……。

「駐車場と駐輪場のカード。お父さんが渡し忘れたから」
「あー! 駐輪場!」

 すっかり忘れてた。そうだよ。今既に22時くらいだから――7時間は駐輪している。って事は2100円? あっぶね。財布の中身ほぼ空だったから帰れない所だった。
 
 こんなカードを渡してくると言う事はアヤノのお父さんは病院関係の人。
 あのマンションに住んでいる事から医者だろうな。
 医者ってやっぱり稼ぎ良いんだな。

「あと、これ」

 更にアヤノは持っていた物を渡してくる。
 これは……。さっきアヤノが部屋から持ってきた紙――封筒だったみたいだ。
 可愛らしいウサギのキャラクターが描かれたの水色の封筒だ。

「これは?」
「借りたお金」
「あ、ああ……」

 ブラジャー代ね。ちゃんと返してくれるのか。財布やブラジャーを忘れるくらいに抜けている天然お嬢様だがそこら辺はしっかりしてるみたいだな。
 ブラジャー代がいくらか分からないが、これは助かるな。

「それと、明日の事言い忘れてた。明日起こしに来て」
「ふぇ?」

 なんとも間抜けな声が出た。
 コイツは今何て言った? 起こしに来い?

「父が言っていたでしょ? 学校以外での世話が勤務時間。そしてノルマは私の指示だって」
「言ってたけど……。それって放課後って意味じゃないの?」
「朝弱いから起こして」
「まじで言っている?」

 コクリと頷かれる。

「朝起こすのがこれからずっと最初のノルマだから」
「うそやん?」
「ホント」

 このお嬢様はマジで言ってらっしゃる。

「電話とかじゃ……」
「私電話じゃ起きれないから。もし遅刻したら給料なし」

 コイツは鬼か? 美少女の皮を被った鬼なのか?

「――あと、これから必要だと思うから」

 言いながらアヤノはスマホを渡してくる。

「私の番号登録しといて」
「あ、ああ……」

 言われるままに彼女のスマホと俺のスマホにそれぞれの連絡先を登録して彼女に戻す。
 スマホを渡して、画面を確認するアヤノはなんとなく嬉しそうに見えた。

「それじゃあまた明日。部屋は勝手に入って良い」
「まじ……なんだな……」

 最後にドッキリのプラカードを持った父親でも登場しないかと少し期待するが、そんな事なくアヤノはマンションへ戻ろうとした。
 しかし、振り返り無表情で言ってくる。

「今日リョータローがいてくれて色々助かった。ありがとう」

 そう言い残して今度こそマンション内へ入って行く。

「ありがとう……か……」

 なんだ……。無表情で無機質でロボットみたいな奴だと思っていたが、ちゃんとお礼言えるんだな。
 あんな美少女にお礼を言われたら――俺も男だからやる気は多少上がりますわな。
 朝早くから行くのは億劫だがやりますか。

 こうして俺は無表情なお嬢様のお世話をすることになりました。
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