上 下
43 / 45

第43話 シンデレラ効果をぶっ壊せ!

しおりを挟む
 誰もいない校舎内。

 いや、正確に言えば教師連中や朝練をしている部活生がいるだろう。

 誰かがいるのに誰もいないという感覚。これこそが八雲が経験していた世界なのかもしれない。

「こんな世界、嫌だよな」

 俺は気持ち足早に屋上への階段を上がって行く。

 相変わらず埃っぽくて鼻がむずむずするが、今は感情が昂っているからか、くしゃみをする余裕すらない。

 いつもは施錠されているドアに手をかける。くるりとドアノブを回す。

 カチャリ。

「やっぱり、ここか」

 ドアを開けると相変わらず校内が負圧になっており、強い風がこちらに向かって吹いてくる。その風の中には歌声が混じっていた。

 ♪~♪~♪♪~。

 その歌声は間違いなく俺の大好きな歌手である出雲琴の……いや、俺の大好きな人である日夏八雲の歌声であった。

「八雲……八雲っ!」

 俺は彼女の下へと駆け寄った。

「八雲……」

 彼女の前に立つが彼女は背を向けたまま歌い続ける。

「八雲。俺は……」

 彼女の名前を呼んでも彼女は歌うことをやめない。振り返ってくれない。

「俺は八雲のことが好きだっ!」

 どうして良いかわからず、もうシンプルな言葉を相手に放つしかなかった。

「今まで色んなところに行ったよな。今度はさ、歌手とファンとじゃなくてさ、クラスメイトとじゃなくてさ……」

 スゥと息を吸ってから欲望を吐き出す。

「恋人として行きたい!!」

 歌は止まらない。

「手を繋いでデートしたい!」

 歌は止まらない。

「今度はヘタレないから夜を共にしたい! 抱きしめて! キスだってしたい!」

 歌は止まらない。

「俺は……八雲が好きだああああああ!」

 ごちゃごちゃ言うのをやめて、再度シンプルな言葉を放った時、歌が止まった。

 くるりと振り返った時、いちごパンツがおはようをしてくれる。

「私のライブを邪魔するなんて、出雲琴信者としてどうなのかしら?」

「俺は日夏八雲信者だからな」

「……ばか」

「あ、いや、もちろん、出雲琴も好きだぞ。ファンを止めたわけじゃない」

「そういう意味じゃないわよ、ばか」

 彼女の瞳から涙が流れていた。

 流れた波は床に、ぽとぽとと落ちる。

「うそつき……」

 弱々しく放つと不安が爆発したような顔で俺を睨む。

「忘れないって言ったのに……」

「ごめん」

「私、怖かった……。怖かったんだよ? 周りの人が、両親が、私を忘れて……。でも、世津だけは……。世津だけが私の味方で、凄く嬉しかった……のに」

「ごめん」

「それなのに、世津も私を忘れて……私、怖かった……。世津に忘れられるのが一番、嫌だった……」

「ごめん」

 震える八雲を抱きしめる。

「離して……」

「離さない」

「離してよ……」

「もう絶対に離さない」

「……じゃあ、証明してよ。私を二度と忘れない証明をしてよ」

 そう言われて、俺は無意識に彼女の唇を奪ってしまう。

「んっ……」

 ファーストキス。

 ただ唇を付けただけの子供のようなキス。

 だけど、俺に取っては勇気を振り絞った彼女への証明。

「ぁ……」

 唇を離して、真っ直ぐに相手を見つめる。

 キスをした後に相手の顔を見るなんて恥ずかしい。八雲もそうなのか、顔が真っ赤になっている。

 だけど、ここで顔を逸らすわけにはいかない。

「これが証明じゃだめか?」

「私のファーストキス……」

「俺もだよ」

「ばか。世津のばか」

「嫌だったか?」

「嫌じゃないに決まってるでしょ。ばか世津」

「ばかばかって傷つくなぁ」

「私にそう言われて嬉しいでしょ」

「そりゃ、まぁ、好きな人だからな」

「……本当に私のこと好きなの?」

「うそ」

「え……」

「大好き」

「……世津の分際でムカつく」

「俺如きがロマンチックな告白するのはムカつく?」

「ムカつくわよ。世津の分際で、ギュッと抱きしめてくれて、キスしてくれて、こんなに理想的な告白なんてないわよ」

 怒っているのか、喜んでいるのか、それとも両方なのか。

 八雲は感情がめちゃくちゃになった顔で見つめてくる。

「これだけは言わせてもらうわね」

「なに?」

「私の方が世津のこと大好きなんだから」

 そう言った後に俺の唇を奪ってくる。

 セカンドキスはファーストキスよりも甘くとろけるような時間が流れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

【完結】碧よりも蒼く

多田莉都
青春
中学二年のときに、陸上競技の男子100m走で全国制覇を成し遂げたことのある深田碧斗は、高校になってからは何の実績もなかった。実績どころか、陸上部にすら所属していなかった。碧斗が走ることを辞めてしまったのにはある理由があった。 それは中学三年の大会で出会ったある才能の前に、碧斗は走ることを諦めてしまったからだった。中学を卒業し、祖父母の住む他県の高校を受験し、故郷の富山を離れた碧斗は無気力な日々を過ごす。 ある日、地元で深田碧斗が陸上の大会に出ていたということを知り、「何のことだ」と陸上雑誌を調べたところ、ある高校の深田碧斗が富山の大会に出場していた記録をみつけだした。 これは一体、どういうことなんだ? 碧斗は一路、富山へと帰り、事実を確かめることにした。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

処理中です...