上 下
23 / 45

第23話 上京宣言

しおりを挟む
 試合終了。

 結果は、一七対一七の引き分け。草野球らしいスコアになったね。草野球でも稀だと思うけど、まぁ細かいことは気にしない。

 俺はピッチャーをしていない。昨日の今日でピッチャーはやめておこうと思っていた。バッティングができただけでも、俺は恵まれているさ。

「……」

 試合終了後のベンチ。グラウンド整備も終えて、皆が帰り支度をしている中、俺はダイヤモンドで一番高い場所を眺めてしまったいた。

 なんだかんだ言っても、やっぱりピッチャーをしたかったな。

 いつかまた、マウンドで投げられる日は来るのだろうか。

「なぁに黄昏てるの?」

 からかうような口調で楓花が隣に座って来る。

「野球できて良かったと思ってな。ありがとう。今日は俺のわがままに付き合ってくれて」

「からかいに対してまじで返されると困るんですけど」

 そう言って楓花は視線を伏せた後に、ポツリと言ってくれる。

「肩、治って良かったね」

「本当に良かったよ」

「でも、一生治らないって言っていたよね? どうして急に治ったの?」

「それは……」

 楓花にはシンデレラ効果のことを話しても良いよな。

 今、真剣な話をしているところへ確証のないオカルトじみた話をしても良いものか悩むが、そもそもシンデレラ効果を教えてくれたのは楓花だ。

 それに、俺の名前を書いてくれたのも楓花なんだ。

「医者達はたぬきに化かされたとか、魔法だとか本気で言っていた。だからさ、俺はシンデレラ効果が原因だと思うんだよ」

「シンデレラ効果?」

「ああ。ほら、前に楓花が俺の名前が書かれていて、ムカついたから書いたって言ってくれたろ」

「それで世津くんの肩が治ったの?」

 キョトンとする彼女へ、「多分」と答える。

「じゃあ、あたしは世津くんの命の恩人だ」

 ドヤッと胸を張る楓花へ少しばかりの緊張が解ける。

 いきなり、なんちゅう話をしているんだと怒られると思ったが、流石は楓花。ノリの良いことで。

「そうなるな」

「だったら世津くんはあたしの言うことなんでも聞いてくれなくちゃ」

「なんなりと」

「また、野球愛好会に来てね」

「……それだけ?」

「ふふっ。世津くん如きにはそれくらいが丁度良いお願いなのだよ」

「随分と下に見られたものよの」

 笑いながら彼女へ答える。

「大丈夫。命の恩人でも、そうじゃなくても、愛好会には顔を出すよ」

「約束だから」

「ああ」

「それじゃ、約束もしてくれたことだし、そろそろ解散としますか」

 そう言って立ち上がり、楓花はチラリと日夏を見た。

「今日は世津くんも、日夏さんも来てくれてありがとう。おかげでちゃんとした試合ができたよ」

「ちゃんとした試合、ね」

 スコアを見ながら苦笑いを浮かべると、楓花は嬉しそうに笑っていた。

「ちゃんとした試合だよ。先輩達も楽しそうだったし、これ以上ないくらいのちゃんとした試合」

 普段、体育館裏でこそこそ練習しているから、こういうグラウンドで試合ができるだけで嬉しいのだろう。

「また明日ね、世津くん。日夏さんをちゃんと送ってあげて」

「ちゃんと送る、ね……」

 どっちかと言うと送られる側だと思うんだけどな。







「秋葉さんとシンデレラ効果のことについて話していたわね」

 河川敷から出て、バス停付近で日夏とタクシーを待つ。

 帰りはどうするのだろうかと思っていると、「さ、行くわよ」と当たり前のように一緒に帰る流れになっていた。

「楓花は俺の名前を書いてくれたからな。伝えておこうと思って」

「秋葉さんはそれを信じていた?」

「さぁな。ノリよく答えてくれたけど、信じているかどうかは微妙だな」

「そうよね。普通は信じないわ」

「やっぱ日夏も信じてない派?」

「わかんないわよ。頭の中ごちゃごちゃで、四ツ木くんのこともあるし、もしかしたら私もって思っちゃうのが本音……」

 だから──。

 日夏はくるりと振り返り、先程まで野球をしていたグラウンドを見た。

「もう難しいことを考えるのはやめたわ。私、東京に行く」

「え、東京?」

 いきなりの上京宣言に驚いてしまっている俺に、日夏が説明してくれた。

「東京に行くって言っても、事務所に話をしに行くだけよ。もう一度歌わせてください。ってね」

「それって……」

「なにが起ころうとも嫌いになることはない、大好きなものをしている四ツ木くんの姿を見て、私も経験できて……。うん。大好きなものはなにが起ころうとも嫌いになることはないのよ。もっと単純に考えれば良かったのよね。私は歌が好き。みんなに私の歌が届いて欲しい。そして、四ツ木くんみたいな人を救いたい。だから、私は東京に行く」

 それは日夏にとって大きな前進と思える。

 以前まで歌をやめようと思っていた時と比べると歴史的一歩だ。

 だが、このまま東京に行ってしまえば、出雲琴に戻ってしまったら、こうやって何気ない会話をすることもできなくなってしまう。

「嬉しいよ。応援してる」

 でも、それ以上に出雲琴の歌が聞ける喜びの方が勝っていた。

「東京に行くんだから、付き合いなさいよね」

「ん?」

「昨日、神戸に行く時の電車で言ってたじゃない。『次のデートはもっと遠くへ行く電車デートで決まりだな』って」

「いや、言ったけどさ……」

「だから、付き合いなさいよ。東京デート」

「まじ?」

「おおまじ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

男子高校生の休み時間

こへへい
青春
休み時間は10分。僅かな時間であっても、授業という試練の間隙に繰り広げられる会話は、他愛もなければ生産性もない。ただの無価値な会話である。小耳に挟む程度がちょうどいい、どうでもいいお話です。

黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・  黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に  儚くも露と消えていく』 ある朝、 目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。 小学校六年生に戻った俺を取り巻く 懐かしい顔ぶれ。 優しい先生。 いじめっ子のグループ。 クラスで一番美しい少女。 そして。 密かに想い続けていた初恋の少女。 この世界は嘘と欺瞞に満ちている。 愛を語るには幼過ぎる少女達と 愛を語るには汚れ過ぎた大人。 少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、 大人は平然と他人を騙す。 ある時、 俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。 そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。 夕日に少女の涙が落ちる時、 俺は彼女達の笑顔と 失われた真実を 取り戻すことができるのだろうか。

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

TEN-ent
青春
女子高生5人が 多くの苦難やイジメを受けながらも ガールズバンドで成功していく物語 登場人物 ハナ 主人公 レイナ ハナの親友 エリ ハナの妹 しーちゃん 留学生 ミユ 同級生 マキ あるグループの曲にリスペクトを込め作成

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

愛するものと出会えたなら

白い恋人
青春
昔、ある事件により、人を信じる・愛することをやめてしまった主人公、白恋 優一(はくれん ゆういち)。 そんなある日、転校してきた天真爛漫な少女、双葉 ひかり(ふたば ひかり)と出会う。そんなグイグイ迫ってくるひかりを拒絶するつもりの優一だったが………。 優一はこれから人と深く関わり合えるのか、ひかりにいったいどんな過去があったのか、これからどうなってしまうのか………。

処理中です...