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第23話 上京宣言
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試合終了。
結果は、一七対一七の引き分け。草野球らしいスコアになったね。草野球でも稀だと思うけど、まぁ細かいことは気にしない。
俺はピッチャーをしていない。昨日の今日でピッチャーはやめておこうと思っていた。バッティングができただけでも、俺は恵まれているさ。
「……」
試合終了後のベンチ。グラウンド整備も終えて、皆が帰り支度をしている中、俺はダイヤモンドで一番高い場所を眺めてしまったいた。
なんだかんだ言っても、やっぱりピッチャーをしたかったな。
いつかまた、マウンドで投げられる日は来るのだろうか。
「なぁに黄昏てるの?」
からかうような口調で楓花が隣に座って来る。
「野球できて良かったと思ってな。ありがとう。今日は俺のわがままに付き合ってくれて」
「からかいに対してまじで返されると困るんですけど」
そう言って楓花は視線を伏せた後に、ポツリと言ってくれる。
「肩、治って良かったね」
「本当に良かったよ」
「でも、一生治らないって言っていたよね? どうして急に治ったの?」
「それは……」
楓花にはシンデレラ効果のことを話しても良いよな。
今、真剣な話をしているところへ確証のないオカルトじみた話をしても良いものか悩むが、そもそもシンデレラ効果を教えてくれたのは楓花だ。
それに、俺の名前を書いてくれたのも楓花なんだ。
「医者達はたぬきに化かされたとか、魔法だとか本気で言っていた。だからさ、俺はシンデレラ効果が原因だと思うんだよ」
「シンデレラ効果?」
「ああ。ほら、前に楓花が俺の名前が書かれていて、ムカついたから書いたって言ってくれたろ」
「それで世津くんの肩が治ったの?」
キョトンとする彼女へ、「多分」と答える。
「じゃあ、あたしは世津くんの命の恩人だ」
ドヤッと胸を張る楓花へ少しばかりの緊張が解ける。
いきなり、なんちゅう話をしているんだと怒られると思ったが、流石は楓花。ノリの良いことで。
「そうなるな」
「だったら世津くんはあたしの言うことなんでも聞いてくれなくちゃ」
「なんなりと」
「また、野球愛好会に来てね」
「……それだけ?」
「ふふっ。世津くん如きにはそれくらいが丁度良いお願いなのだよ」
「随分と下に見られたものよの」
笑いながら彼女へ答える。
「大丈夫。命の恩人でも、そうじゃなくても、愛好会には顔を出すよ」
「約束だから」
「ああ」
「それじゃ、約束もしてくれたことだし、そろそろ解散としますか」
そう言って立ち上がり、楓花はチラリと日夏を見た。
「今日は世津くんも、日夏さんも来てくれてありがとう。おかげでちゃんとした試合ができたよ」
「ちゃんとした試合、ね」
スコアを見ながら苦笑いを浮かべると、楓花は嬉しそうに笑っていた。
「ちゃんとした試合だよ。先輩達も楽しそうだったし、これ以上ないくらいのちゃんとした試合」
普段、体育館裏でこそこそ練習しているから、こういうグラウンドで試合ができるだけで嬉しいのだろう。
「また明日ね、世津くん。日夏さんをちゃんと送ってあげて」
「ちゃんと送る、ね……」
どっちかと言うと送られる側だと思うんだけどな。
♢
「秋葉さんとシンデレラ効果のことについて話していたわね」
河川敷から出て、バス停付近で日夏とタクシーを待つ。
帰りはどうするのだろうかと思っていると、「さ、行くわよ」と当たり前のように一緒に帰る流れになっていた。
「楓花は俺の名前を書いてくれたからな。伝えておこうと思って」
「秋葉さんはそれを信じていた?」
「さぁな。ノリよく答えてくれたけど、信じているかどうかは微妙だな」
「そうよね。普通は信じないわ」
「やっぱ日夏も信じてない派?」
「わかんないわよ。頭の中ごちゃごちゃで、四ツ木くんのこともあるし、もしかしたら私もって思っちゃうのが本音……」
だから──。
日夏はくるりと振り返り、先程まで野球をしていたグラウンドを見た。
「もう難しいことを考えるのはやめたわ。私、東京に行く」
「え、東京?」
いきなりの上京宣言に驚いてしまっている俺に、日夏が説明してくれた。
「東京に行くって言っても、事務所に話をしに行くだけよ。もう一度歌わせてください。ってね」
「それって……」
「なにが起ころうとも嫌いになることはない、大好きなものをしている四ツ木くんの姿を見て、私も経験できて……。うん。大好きなものはなにが起ころうとも嫌いになることはないのよ。もっと単純に考えれば良かったのよね。私は歌が好き。みんなに私の歌が届いて欲しい。そして、四ツ木くんみたいな人を救いたい。だから、私は東京に行く」
それは日夏にとって大きな前進と思える。
以前まで歌をやめようと思っていた時と比べると歴史的一歩だ。
だが、このまま東京に行ってしまえば、出雲琴に戻ってしまったら、こうやって何気ない会話をすることもできなくなってしまう。
「嬉しいよ。応援してる」
でも、それ以上に出雲琴の歌が聞ける喜びの方が勝っていた。
「東京に行くんだから、付き合いなさいよね」
「ん?」
「昨日、神戸に行く時の電車で言ってたじゃない。『次のデートはもっと遠くへ行く電車デートで決まりだな』って」
「いや、言ったけどさ……」
「だから、付き合いなさいよ。東京デート」
「まじ?」
「おおまじ」
結果は、一七対一七の引き分け。草野球らしいスコアになったね。草野球でも稀だと思うけど、まぁ細かいことは気にしない。
俺はピッチャーをしていない。昨日の今日でピッチャーはやめておこうと思っていた。バッティングができただけでも、俺は恵まれているさ。
「……」
試合終了後のベンチ。グラウンド整備も終えて、皆が帰り支度をしている中、俺はダイヤモンドで一番高い場所を眺めてしまったいた。
なんだかんだ言っても、やっぱりピッチャーをしたかったな。
いつかまた、マウンドで投げられる日は来るのだろうか。
「なぁに黄昏てるの?」
からかうような口調で楓花が隣に座って来る。
「野球できて良かったと思ってな。ありがとう。今日は俺のわがままに付き合ってくれて」
「からかいに対してまじで返されると困るんですけど」
そう言って楓花は視線を伏せた後に、ポツリと言ってくれる。
「肩、治って良かったね」
「本当に良かったよ」
「でも、一生治らないって言っていたよね? どうして急に治ったの?」
「それは……」
楓花にはシンデレラ効果のことを話しても良いよな。
今、真剣な話をしているところへ確証のないオカルトじみた話をしても良いものか悩むが、そもそもシンデレラ効果を教えてくれたのは楓花だ。
それに、俺の名前を書いてくれたのも楓花なんだ。
「医者達はたぬきに化かされたとか、魔法だとか本気で言っていた。だからさ、俺はシンデレラ効果が原因だと思うんだよ」
「シンデレラ効果?」
「ああ。ほら、前に楓花が俺の名前が書かれていて、ムカついたから書いたって言ってくれたろ」
「それで世津くんの肩が治ったの?」
キョトンとする彼女へ、「多分」と答える。
「じゃあ、あたしは世津くんの命の恩人だ」
ドヤッと胸を張る楓花へ少しばかりの緊張が解ける。
いきなり、なんちゅう話をしているんだと怒られると思ったが、流石は楓花。ノリの良いことで。
「そうなるな」
「だったら世津くんはあたしの言うことなんでも聞いてくれなくちゃ」
「なんなりと」
「また、野球愛好会に来てね」
「……それだけ?」
「ふふっ。世津くん如きにはそれくらいが丁度良いお願いなのだよ」
「随分と下に見られたものよの」
笑いながら彼女へ答える。
「大丈夫。命の恩人でも、そうじゃなくても、愛好会には顔を出すよ」
「約束だから」
「ああ」
「それじゃ、約束もしてくれたことだし、そろそろ解散としますか」
そう言って立ち上がり、楓花はチラリと日夏を見た。
「今日は世津くんも、日夏さんも来てくれてありがとう。おかげでちゃんとした試合ができたよ」
「ちゃんとした試合、ね」
スコアを見ながら苦笑いを浮かべると、楓花は嬉しそうに笑っていた。
「ちゃんとした試合だよ。先輩達も楽しそうだったし、これ以上ないくらいのちゃんとした試合」
普段、体育館裏でこそこそ練習しているから、こういうグラウンドで試合ができるだけで嬉しいのだろう。
「また明日ね、世津くん。日夏さんをちゃんと送ってあげて」
「ちゃんと送る、ね……」
どっちかと言うと送られる側だと思うんだけどな。
♢
「秋葉さんとシンデレラ効果のことについて話していたわね」
河川敷から出て、バス停付近で日夏とタクシーを待つ。
帰りはどうするのだろうかと思っていると、「さ、行くわよ」と当たり前のように一緒に帰る流れになっていた。
「楓花は俺の名前を書いてくれたからな。伝えておこうと思って」
「秋葉さんはそれを信じていた?」
「さぁな。ノリよく答えてくれたけど、信じているかどうかは微妙だな」
「そうよね。普通は信じないわ」
「やっぱ日夏も信じてない派?」
「わかんないわよ。頭の中ごちゃごちゃで、四ツ木くんのこともあるし、もしかしたら私もって思っちゃうのが本音……」
だから──。
日夏はくるりと振り返り、先程まで野球をしていたグラウンドを見た。
「もう難しいことを考えるのはやめたわ。私、東京に行く」
「え、東京?」
いきなりの上京宣言に驚いてしまっている俺に、日夏が説明してくれた。
「東京に行くって言っても、事務所に話をしに行くだけよ。もう一度歌わせてください。ってね」
「それって……」
「なにが起ころうとも嫌いになることはない、大好きなものをしている四ツ木くんの姿を見て、私も経験できて……。うん。大好きなものはなにが起ころうとも嫌いになることはないのよ。もっと単純に考えれば良かったのよね。私は歌が好き。みんなに私の歌が届いて欲しい。そして、四ツ木くんみたいな人を救いたい。だから、私は東京に行く」
それは日夏にとって大きな前進と思える。
以前まで歌をやめようと思っていた時と比べると歴史的一歩だ。
だが、このまま東京に行ってしまえば、出雲琴に戻ってしまったら、こうやって何気ない会話をすることもできなくなってしまう。
「嬉しいよ。応援してる」
でも、それ以上に出雲琴の歌が聞ける喜びの方が勝っていた。
「東京に行くんだから、付き合いなさいよね」
「ん?」
「昨日、神戸に行く時の電車で言ってたじゃない。『次のデートはもっと遠くへ行く電車デートで決まりだな』って」
「いや、言ったけどさ……」
「だから、付き合いなさいよ。東京デート」
「まじ?」
「おおまじ」
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