オーセンスハート

大吟醸

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流星王 中編

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親父さんがチキン南蛮をテーブルに持ってくることで
やっと解放されたザッシュは
死ぬかと思ったといいながらタルタルソースを口回りにつけ
一口、また一口と放り込んでいた。

「ねぇ、ミリノ。流星王って?」

「よくぞ聞いてくれました!」

びしっとニルを指さしたミリノの目は爛々と輝いている。

「アタシがレンジャーになった切っ掛けなんだよね…………」

テーブルに両肘を乗せ、顔前で指を組み、語りだした。
長くなりそうだなと思ったカンナギは先に行ってるぞと
借りている部屋へと消えて行った。

腐れ縁のように見える三人だが
生まれも出自も実はバラバラ。

5年程前だっただろうか
たまたま旅先で同じ討伐依頼を受け
一週間ほど日中夜を共に過ごし、語らい、食らい
目的という目的がなかった三人は
ならば三人で協力しないか?となったのが始まりだったりする。



ミリノはルディロス生まれではなかった。
機械仕掛けの小さな国、アウレリオ
領海内で採れる特殊な鉱石を用いて独自の発展を成しえたそこで生まれた。

全てが機械仕掛け。
街中では鳴りやまぬ稼働音
機械熱によりじっとりと暖められた風が運ぶ油の匂い
見上げれば分厚い蒸気でつくられた黒い空。
日光は蒸気によって遮られ、鉱石で造られたガスランプ塔が人々を照らす。

街の外れにある孤児院。
当時そこにミリノは居た。
孤児の人数も多く、国からの補助金等もないボロボロの孤児院。
最年長に当たるミリノはお世話の優先度が低く
追い出されないだけマシという状態だった。

ある日小遣い稼ぎが目的で
鉱石採掘の工船へと乗りそこで目にした初めての光景。
……青い。延々と広がる青い空。波の音。鼻をくすぐる潮の匂い。
齢11にして初めて青い空を見た。
感動した、なんて言葉では言い表せられない。
知らなかった。世界ってこんなに色があるんだって。

甲板で動けずにいると、嬢ちゃんは初めてなのか?って
油、埃で顔全体が薄汚れた立派な髭を持つ背の低いタンクトップのおじちゃんに声をかけられた。
当時のアタシと同じ程の背丈だったから、今のニルくらいと右手で表してみた。

その時におじちゃんに聞いた
この国以外の大雑把な話。
おじちゃんも本で読んだだけだと言っていた事も覚えている。

それが11歳の少女の心に火をつけた。
物心ついたときにはもう両親は居なかった少女はその日から街中を走り回った。
街を、国を出る方法を探した。
そんなこと考えちゃだめだって数えられない程大人達に言われた。
中には危険思想を持つ子だと言う大人も居た。
それでも少女の頭の中では船で実際に見た光景と
おじちゃんに聞いた話でいっぱいだった。

国を出るには出国許可証が必要で
発行するのに大人が5年間無休で発掘に出ても届かない額がかかる。
そして機密事項を漏らさないようにと記憶を消す事に同意すること。
この二点が
船を降りてから走り回ってひと月で得た情報だった。

初めて一日働いて受け取ったお金は
埃、油まみれになってしまった身体の汚れを落とすためのシャワー
働いて、お腹がすいて食べた、一番安い栄養摂取だけが目的の棒状の固形物。
それだけで1/3に減ってしまった。
寝る場所だけは、孤児院があったからまだよかった。

国を出る。
少女はその日からそれだけを目標に毎日毎日工船に乗った。
シャワーを浴びる回数を減らし、食事を取る回数を減らし……

少女は働いた。
世界を知りたい。
この国以外の。

同じ孤児院の子にはここでも充分生きていけるって
おじちゃんから聞いた話をしてあげても
ふーんと流されるだけの毎日。
少女以外にとっては興味のない話だった。

働きづくめの毎日。
初めての光景から半年がたった。
その日も船に乗り、鉱石を選り分け、機械に油を入れる
そんな日常を終え、孤児院に続くガスランプ塔の下をトボトボと歩いていた。

周りには同じ工船で働いていた作業員が思い思いのお店に入り
一人夕飯に舌鼓を打つ者や
なみなみと注がれた安い葡萄酒を煽る者。
ガヤガヤとお店は賑わい、給仕達は走り回る。
じっとりとした変わらない風に多様な料理の匂いが乗ってきた。

足が止まる。

我慢して、食べずに5日間。
孤児院の水道水だけで過ごしていた。
そんな少女にこの匂いは堪らなかった。
道の真ん中で、ぼーっと立つ少女。
これで何か…食べようかな…とポケットの中の小銭をひとつかみしたときに
声をかけられた。

見慣れない蒼い甲冑の集団の中の少年。
見た感じは当時のミリノと同じ程。
レンジャー隊の1人だって声をかけてくれた。

「そう、その人が今〝流星王〟って呼ばれている人でね!
後になってわかったんだけど蒼い甲冑の人達は帝国のお役人集団で。
出国許可証を買っても……記憶を消されて工船に戻されるだけで……
実は国からは出られなかったんだって」

アタシはその人たちに国外に連れ出してもらったんだと
弱々しい笑顔をニルに向けた。

「だから会って……お礼を言いたいんだ」

最後の一言は寝てしまっていたニルには届かず
いつのまにか灯りを減らされた静かな食堂に少しだけ響いた。
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