オーセンスハート

大吟醸

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まだ見ぬ手掛かり 前編

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商業都市、マレン。
首都ルディロスから西へ西へ。
首都からだいぶ離れたところにあるが
交易大国ルディロスの名に恥じぬ
栄える都市のひとつ。

煌びやかな装飾を施された石彫りの噴水がある中央通りから
二つ三つ離れた裏通りの漆喰造りの白い宿屋。
そこを一時拠点とし彼らは居た。

砂漠に囲まれた灼熱の都イダーそして首都ルディロスのアジト
これら二つの活動拠点は〝凶知への欲望〟また〝黒喰の一閃〟へと露見されたため
情報収集や資金繰りをしながら拠点を点々と移し今に至る。

サイモンとはあの後少しばかりのやりとりをしたが首都を離れる話まではしなかった。
情報はどこから漏れるかわからないからだ。
相手は二つ名持ち〝黒喰の一閃〟…
警戒しすぎにデメリットなどないと考えた。

「でも、アタシたちの探してるものって、ほんっと全然情報無いのね…」

宿屋の食堂でテーブル上につっぷし
果物をつんつんとしながら紅髪のレンジャーはぼやいた。

「ほうらね、ひょくもへんへ―――」
「ニル。ぜんっぜんわかんねぇから。とりあえずリンゴ置けよ」

レンジャーの対面にはリンゴを頬張るお馴染みのソーサレスの少女、ニルと
『はじめてでもできるお手軽クッキング④』と書かれた本を読むカンナギが座る。

「存在自体マイナーもマイナー、俺も正直よく知ったものじゃないしな……
ニル、ミスティとはまだ会話できないのか?」

「う~~~ん、いつも唐突なんだよね。あっちも言ってた。
お互いが呼びかけてても届くときと届かないときがあるんだって」

お手上げだな、と頭を搔きながら深い溜息を吐いた。
万事屋として活動してきた彼らは情報収集能力にも長けていると自負していた。
だが全然当たりが出ないのだ。

〝十天神器の核石〟

自分たちですらその名前を聞いたのはほんのつい最近だ。
どの様な物なのかはっきりと説明できる物でもない。

カンナギが持つ核石も覚醒めたと言われてはいるが
自身には何も変化等感じる事はなかった。
これが『在るようで無いような存在』と言われる理由なのだろうか?

頼りになるのはニルの中にいるもう一人の女性。
ミスティこと〝大魔導士〟ミストルティンだけ。

そんなミスティからの助言は
〝オーセンスハート〟という単語だけは軽々しく口に出さないこと。
そして覚醒めた核石通しは惹かれあい、出会えばわかるということだけだった。

「難しい話してるみてーだな、にいちゃん。
とりあえず、ほら。頼まれた注文、できたからよ。一時休憩ってことにしときな」

恰幅のいい無精ひげを生やした宿屋の親父さんが
頼んでいた昼食を三人分、テーブルへとおいてくれた。

温められた鉄板。
じゅうじゅうと音を立てるハンバーグの上には
マッシュルーム入りの濃厚なデミグラスと
ちょうどいい半熟状態の目玉焼き。
鶏ではない。
……鶉だ。鶉の卵の目玉焼き。
1つ2つ…目玉が3つある。
添えられた人参のグラッセは宝石の様につやつやしており甘いバターの香りが鼻孔を擽る
ソテーされたアスパラガスと一緒に鉄板の上で良い色合いを演じていた。

三人とも匂いに支配された空間では食欲に抗えず
待ってました!とばかりにがっついた。

マレンに着いてからすぐさま散策をしたのだが
自分たちにとってこの都市は色々と都合が良かった。

マレンが商業都市として発展してきた理由のひとつが名産である織物だ。
その原料の糸がマレンの近くにある深い森
そこを縄張りとするグリードスクィッドと呼ばれる蜘蛛の糸だ。

歳を重ねれば重ねるほど蜘蛛の糸は光沢、ハリ、伸縮性が増され
高級品の原料としてやりとりされる。

歳を重ねたグリードスクィッドはその分凶暴性が増し採取難易度も跳ね上がるのだが
15年生きたグリードスクィッドの糸で編まれたカーディガンは
ルディロス王女へと献上され、採取した冒険者は莫大な富を手に入れたという過去もある。

富を手にしたいと人は集まり
人が集まれば自ずと発展というものはついてくる。
冒険者は森へ、職人は加工所を、商人は店を……
そうしてここは商業都市と呼ばれるようになった。


カンナギもミリノも、今この場にいないザッシュも
少なからず腕には自信があった。
森へ出向き、蜘蛛の命はなるべく狩らず、巣の採取を優先とする。

正直に言う。
三人で万事屋を始め、なんとか軌道には乗せてきたが
今が一番金回りがいい。

寝食ともに困らないのだ。
特に食事。
今、口にしているこの肉汁半端ないハンバーグも
森に三日間潜めば口に出来る。

ここの宿屋での初めての食事で
もう悪魔の料理ブラックブックを口にしなくていいんだ、と
泣きながら人一倍食べたザッシュが印象深い。

そう頭に浮かんだ存在の声が背後から届いた。
煙草を咥えながら、ただいま!と親父に右手を挙げた。

「なんや?今日もハンバーグにしたんか?」

「あぁ。ここのハンバーグは至高だ。これだけで一週間はイケる」

「ワイはアレや。チキン南蛮。あの甘酸っぱいタレと濃厚なタルタル…サクッとした衣…
ん~~~~、我慢できん!親父さん、今日もチキン南蛮や!あ、あとエールも!」

あいよ!といい笑顔を作り
ミリノの隣に座ったザッシュの前にエールを置いてから親父さんはキッチンへと向かった。

キッチンへと消えた背中をしっかりと目で確認してから
カンナギはザッシュに声を掛けた。

「で?何か収穫は?」

「……あかん。蜘蛛の巣とるんもなかなか一人じゃキツぅてな。
でも、ひとつだけ情報がある。当たりなんか外れなんかは行ってみんとわからんけども」

「情報?」

「せや。近くに恐らく二つ名持ちがおる。
話きいた戦い方の感じやとちょーっとややこしい、会いとうはない。
ま、本人かどうかは会ってみんと―――」

「で?誰なのよ?」

人参のグラッセにぷすっとフォークを指しながら
早く言いなさいとミリノが催促をした。

「…………〝流星王〟」

「はああああああ?!」

ザッシュがその名前を口にすると
グラッセを指したフォークを鉄板へ落とし掴みかかった。

「どこ!?どこにいるのよ!!!」

「だから、ほ、本人かどうかは、まだわからんて」

いきなりガタッと立ち上がり掴みかかったミリノに
びっくりしたニルは
隣で額を押さえるカンナギに聞いてみた。

「りゅうせいおう……?」

「……嫌な予感しかしねぇな」

裏通りの昼下がり。
漆喰造りの宿屋から
ぎゃああああと男の悲鳴が5分は続いたという。
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