17 / 20
1
進んでから
しおりを挟む
「……あ、れ?」
ふと重い瞼を開けて、瑠璃色の瞳を擦りながらニルは起き上がる。
見知らぬ天井と部屋。
その隅に置かれたベッドの上で俗に言う、女の子座りでキョトンとする。
「ゆめ……?」
さっきまで薄暗い独房にいたはずなのにと
ニルはぼーっとし
自分の格好を見て一気に眠気が吹き飛んだ。
白いワンピースは所々が火に炙られたように焦げ
ベージュのカーディガンに至っては殆どボロボロだった。
瞬時に理解する。
自分の身体の『内側』にいる女性が、『外側』に出て交代していた、と。
「……ミスティ?」
返事は聴こえない。
おそらく眠っているのだろう。
魂だけなのに寝たり起きたり出来るなんてどうかと思う。
自分は入れ替わるだけで気絶と同じ状態になるというのに。
しかし、わざわざ入れ替わるだけのことをしたというのなら
また戦ったのだろう、とニルは不安に駆られた。
「夢じゃ……ない?」
青ざめた顔で、急いで部屋を出る。
誰一人としていなかった。
ニルは、その孤独感に堪らなく嫌悪した。
「ミリノ?……ザッシュ?」
一番いて欲しいひと。
「…………ナギ……君……?」
返事は、ない。
自分一人を置いて、世界中の人間が消えたように思えた。
「は、はは」
疲れたように、悲しげに、ニルは笑った。
「もう、嘘だったのかな……?」
どうしようもなく、怖いと感じた。
不意に目頭から熱く込み上げてくる。
「みんな……みんな、はじめから無かったのかな?」
呪文のように繰り返してた
「……みーんな……なかったの?」
ただ、涙しかこぼれなかった。
その場に崩れ落ちるニル。
床を見つめ、蒼い綺麗な眼から涙を流した。
静かに。静かに泣いた。
「………………………」
ニルは黙って立ち上がり、虚無感に囚われてトボトボと歩き出す。
両足を引きずるようにして、ニルはドアノブに手を掛ける。
もう、ここにはいたくなかった。
どこでもいい、どこか違うところへ行きたかった。
扉を開け、差し込む光に朝だと気付いて、眼を細めた。
「ん、遅かったな」
その先に―――――――希望はあった。
「ふっ……ぐっ………えぅっ」
ニルの涙と共に出る嗚咽に、ジープの上から黒髪のサマナーは呆れて笑った。
「ったく。何泣いてんだよ、チビすけ」
「ない、て……ないもん!ふっ……うぅ……ちびでも、ないもん……」
グズっと鼻を啜って、瑠璃色を中心に真っ赤になった眼で精一杯にサマナーを睨んだ。
「ばか!ナギ君、の……ばかぁ!」
朝日の逆光を浴びて、サマナーは今度は笑わなかった。
「……悪い」
「いーけないんだ~いけないんだ~♪」
サマナーをはやしたてる、紅い長髪のレンジャー。
それに、どこぞの方言の技師もニヤニヤと便乗する。
「ナギ~。女の子泣かしたらあかんでぇ?」
頭のなかで何かが音をたてて亀裂を生む。
「うっせぇ!!テメェら、ほっとんど無傷のくせに何、友達のささやかなひやかし発言気取ってんだ!!!」
叫ぶサマナーに技師も涙目になる。というか、半泣きしだす始末。
とても二十歳とは思えない。
「な、何ゆーてんねん!!ワイかて肋骨にヒビ入っとんのやで!?」
「いいじゃねーか、そんだけでっ!
こちとら両脚ミディアムにされて、首の骨折&爆死の体験ツアーご招待♪の上に
『当分、右手使うな』なんて医者に言われたんだぞ!?利き腕封じられたら飯作れねぇだろが!!」
「そんなん、無茶したお前が悪いんやんか!!料理かてまた当番にすれば―――――――」
同時に運転席を見やる二人。
「悪い、はよ治るとええな、右手」
「あぁ。一刻も早く復帰しなければ」
「な"っ……!ちょっとアンタ達、なんでそこでアタシを見るのよ!?」
「んだぁ!?自覚無いのも大概にしろや、この悪魔の料理の天才がぁ!!!」
「なぁぁぁぁんですってぇ!!?」
「つーか、なにやったら緑色のチャーハンが出来んだっ。何を混ぜたか訊いたら『えへへぇ』じゃねぇ!!!」
「あはは……はは」
何気ない喧嘩
何気ない光景
いま
確かに、ここにあるんだ。
そう思えて、ニルは笑った。
涙の枯れた眼で、笑った。
「な~に笑ってんだ、行くぞ。早く乗れ、ニル」
「え……どこに?」
「すぐ近くの郊外近辺でな。次の依頼だ、すぐ出発しないと間に合いそうもない」
「あの科学者んトコからいくつか動力石かっぱらってきたから、アリシア5号の初発進よ!」
「すごい心配だけどな」
「だまらっしゃい!!!」
「ここに毛布あるさかい準備は出来てんで~♪」
サマナーはニッと笑いながら少女のほうへリンゴを投げた。
「さあ、行こうぜ?」
その一言が
嬉しかった。
「うんっ♪」
そうしてニルが乗り込んで、黒いジープは古めかしい機械音と共に、進みだす。
必然。
それは当たり前の世界。
出逢いも、争いも、苦痛も、悲哀も、
偶然じゃない世界。
シビアな現実。
出逢いも、争いも、苦痛も、悲哀も、
当たり前だけど―――――――、
大切な想い出。
乗り越える為に、今は進む。
ひたすら進む。
「どうして?」と訊かれたら
きっと笑って答えられるだろう。
「進んでから考えるから」と―――――――。
とりあえず、見上げた空は快晴。
澄んだ空気がおいしくて、
ニルは嬉しそうに『えへへ♪』と笑った。
第一部
Fin
ふと重い瞼を開けて、瑠璃色の瞳を擦りながらニルは起き上がる。
見知らぬ天井と部屋。
その隅に置かれたベッドの上で俗に言う、女の子座りでキョトンとする。
「ゆめ……?」
さっきまで薄暗い独房にいたはずなのにと
ニルはぼーっとし
自分の格好を見て一気に眠気が吹き飛んだ。
白いワンピースは所々が火に炙られたように焦げ
ベージュのカーディガンに至っては殆どボロボロだった。
瞬時に理解する。
自分の身体の『内側』にいる女性が、『外側』に出て交代していた、と。
「……ミスティ?」
返事は聴こえない。
おそらく眠っているのだろう。
魂だけなのに寝たり起きたり出来るなんてどうかと思う。
自分は入れ替わるだけで気絶と同じ状態になるというのに。
しかし、わざわざ入れ替わるだけのことをしたというのなら
また戦ったのだろう、とニルは不安に駆られた。
「夢じゃ……ない?」
青ざめた顔で、急いで部屋を出る。
誰一人としていなかった。
ニルは、その孤独感に堪らなく嫌悪した。
「ミリノ?……ザッシュ?」
一番いて欲しいひと。
「…………ナギ……君……?」
返事は、ない。
自分一人を置いて、世界中の人間が消えたように思えた。
「は、はは」
疲れたように、悲しげに、ニルは笑った。
「もう、嘘だったのかな……?」
どうしようもなく、怖いと感じた。
不意に目頭から熱く込み上げてくる。
「みんな……みんな、はじめから無かったのかな?」
呪文のように繰り返してた
「……みーんな……なかったの?」
ただ、涙しかこぼれなかった。
その場に崩れ落ちるニル。
床を見つめ、蒼い綺麗な眼から涙を流した。
静かに。静かに泣いた。
「………………………」
ニルは黙って立ち上がり、虚無感に囚われてトボトボと歩き出す。
両足を引きずるようにして、ニルはドアノブに手を掛ける。
もう、ここにはいたくなかった。
どこでもいい、どこか違うところへ行きたかった。
扉を開け、差し込む光に朝だと気付いて、眼を細めた。
「ん、遅かったな」
その先に―――――――希望はあった。
「ふっ……ぐっ………えぅっ」
ニルの涙と共に出る嗚咽に、ジープの上から黒髪のサマナーは呆れて笑った。
「ったく。何泣いてんだよ、チビすけ」
「ない、て……ないもん!ふっ……うぅ……ちびでも、ないもん……」
グズっと鼻を啜って、瑠璃色を中心に真っ赤になった眼で精一杯にサマナーを睨んだ。
「ばか!ナギ君、の……ばかぁ!」
朝日の逆光を浴びて、サマナーは今度は笑わなかった。
「……悪い」
「いーけないんだ~いけないんだ~♪」
サマナーをはやしたてる、紅い長髪のレンジャー。
それに、どこぞの方言の技師もニヤニヤと便乗する。
「ナギ~。女の子泣かしたらあかんでぇ?」
頭のなかで何かが音をたてて亀裂を生む。
「うっせぇ!!テメェら、ほっとんど無傷のくせに何、友達のささやかなひやかし発言気取ってんだ!!!」
叫ぶサマナーに技師も涙目になる。というか、半泣きしだす始末。
とても二十歳とは思えない。
「な、何ゆーてんねん!!ワイかて肋骨にヒビ入っとんのやで!?」
「いいじゃねーか、そんだけでっ!
こちとら両脚ミディアムにされて、首の骨折&爆死の体験ツアーご招待♪の上に
『当分、右手使うな』なんて医者に言われたんだぞ!?利き腕封じられたら飯作れねぇだろが!!」
「そんなん、無茶したお前が悪いんやんか!!料理かてまた当番にすれば―――――――」
同時に運転席を見やる二人。
「悪い、はよ治るとええな、右手」
「あぁ。一刻も早く復帰しなければ」
「な"っ……!ちょっとアンタ達、なんでそこでアタシを見るのよ!?」
「んだぁ!?自覚無いのも大概にしろや、この悪魔の料理の天才がぁ!!!」
「なぁぁぁぁんですってぇ!!?」
「つーか、なにやったら緑色のチャーハンが出来んだっ。何を混ぜたか訊いたら『えへへぇ』じゃねぇ!!!」
「あはは……はは」
何気ない喧嘩
何気ない光景
いま
確かに、ここにあるんだ。
そう思えて、ニルは笑った。
涙の枯れた眼で、笑った。
「な~に笑ってんだ、行くぞ。早く乗れ、ニル」
「え……どこに?」
「すぐ近くの郊外近辺でな。次の依頼だ、すぐ出発しないと間に合いそうもない」
「あの科学者んトコからいくつか動力石かっぱらってきたから、アリシア5号の初発進よ!」
「すごい心配だけどな」
「だまらっしゃい!!!」
「ここに毛布あるさかい準備は出来てんで~♪」
サマナーはニッと笑いながら少女のほうへリンゴを投げた。
「さあ、行こうぜ?」
その一言が
嬉しかった。
「うんっ♪」
そうしてニルが乗り込んで、黒いジープは古めかしい機械音と共に、進みだす。
必然。
それは当たり前の世界。
出逢いも、争いも、苦痛も、悲哀も、
偶然じゃない世界。
シビアな現実。
出逢いも、争いも、苦痛も、悲哀も、
当たり前だけど―――――――、
大切な想い出。
乗り越える為に、今は進む。
ひたすら進む。
「どうして?」と訊かれたら
きっと笑って答えられるだろう。
「進んでから考えるから」と―――――――。
とりあえず、見上げた空は快晴。
澄んだ空気がおいしくて、
ニルは嬉しそうに『えへへ♪』と笑った。
第一部
Fin
10
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる