オーセンスハート

大吟醸

文字の大きさ
上 下
17 / 21
1

進んでから

しおりを挟む
「……あ、れ?」

ふと重い瞼を開けて、瑠璃色の瞳を擦りながらニルは起き上がる。
見知らぬ天井と部屋。
その隅に置かれたベッドの上で俗に言う、女の子座りでキョトンとする。

「ゆめ……?」

さっきまで薄暗い独房にいたはずなのにと
ニルはぼーっとし
自分の格好を見て一気に眠気が吹き飛んだ。
白いワンピースは所々が火に炙られたように焦げ
ベージュのカーディガンに至っては殆どボロボロだった。

瞬時に理解する。
自分の身体の『内側』にいる女性が、『外側』に出て交代していた、と。

「……ミスティ?」

返事は聴こえない。
おそらく眠っているのだろう。
魂だけなのに寝たり起きたり出来るなんてどうかと思う。
自分は入れ替わるだけで気絶と同じ状態になるというのに。
しかし、わざわざ入れ替わるだけのことをしたというのなら
また戦ったのだろう、とニルは不安に駆られた。

「夢じゃ……ない?」

青ざめた顔で、急いで部屋を出る。

誰一人としていなかった。

ニルは、その孤独感に堪らなく嫌悪した。

「ミリノ?……ザッシュ?」

一番いて欲しいひと。

「…………ナギ……君……?」

返事は、ない。

自分一人を置いて、世界中の人間が消えたように思えた。

「は、はは」

疲れたように、悲しげに、ニルは笑った。

「もう、嘘だったのかな……?」

どうしようもなく、怖いと感じた。

不意に目頭から熱く込み上げてくる。

「みんな……みんな、はじめから無かったのかな?」

呪文のように繰り返してた

「……みーんな……なかったの?」

ただ、涙しかこぼれなかった。

その場に崩れ落ちるニル。

床を見つめ、蒼い綺麗な眼から涙を流した。

静かに。静かに泣いた。

「………………………」

ニルは黙って立ち上がり、虚無感に囚われてトボトボと歩き出す。

両足を引きずるようにして、ニルはドアノブに手を掛ける。

もう、ここにはいたくなかった。

どこでもいい、どこか違うところへ行きたかった。

扉を開け、差し込む光に朝だと気付いて、眼を細めた。





「ん、遅かったな」





その先に―――――――希望はあった。




「ふっ……ぐっ………えぅっ」

ニルの涙と共に出る嗚咽に、ジープの上から黒髪のサマナーは呆れて笑った。

「ったく。何泣いてんだよ、チビすけ」

「ない、て……ないもん!ふっ……うぅ……ちびでも、ないもん……」

グズっと鼻を啜って、瑠璃色を中心に真っ赤になった眼で精一杯にサマナーを睨んだ。

「ばか!ナギ君、の……ばかぁ!」

朝日の逆光を浴びて、サマナーは今度は笑わなかった。

「……悪い」

「いーけないんだ~いけないんだ~♪」

サマナーをはやしたてる、紅い長髪のレンジャー。
それに、どこぞの方言の技師もニヤニヤと便乗する。

「ナギ~。女の子泣かしたらあかんでぇ?」

頭のなかで何かが音をたてて亀裂を生む。

「うっせぇ!!テメェら、ほっとんど無傷のくせに何、友達のささやかなひやかし発言気取ってんだ!!!」

叫ぶサマナーに技師も涙目になる。というか、半泣きしだす始末。
とても二十歳とは思えない。

「な、何ゆーてんねん!!ワイかて肋骨にヒビ入っとんのやで!?」

「いいじゃねーか、そんだけでっ!
こちとら両脚ミディアムにされて、首の骨折&爆死の体験ツアーご招待♪の上に
『当分、右手使うな』なんて医者に言われたんだぞ!?利き腕封じられたら飯作れねぇだろが!!」

「そんなん、無茶したお前が悪いんやんか!!料理かてまた当番にすれば―――――――」

同時に運転席を見やる二人。

「悪い、はよ治るとええな、右手」
「あぁ。一刻も早く復帰しなければ」

「な"っ……!ちょっとアンタ達、なんでそこでアタシを見るのよ!?」

「んだぁ!?自覚無いのも大概にしろや、この悪魔の料理ブラックブックの天才がぁ!!!」

「なぁぁぁぁんですってぇ!!?」

「つーか、なにやったら緑色のチャーハンが出来んだっ。何を混ぜたか訊いたら『えへへぇ』じゃねぇ!!!」

「あはは……はは」

何気ない喧嘩

何気ない光景

いま

確かに、ここにあるんだ。

そう思えて、ニルは笑った。

涙の枯れた眼で、笑った。

「な~に笑ってんだ、行くぞ。早く乗れ、ニル」

「え……どこに?」


「すぐ近くの郊外近辺でな。次の依頼だ、すぐ出発しないと間に合いそうもない」

「あの科学者んトコからいくつか動力石かっぱらってきたから、アリシア5号の初発進よ!」

「すごい心配だけどな」

「だまらっしゃい!!!」

「ここに毛布あるさかい準備は出来てんで~♪」

サマナーはニッと笑いながら少女のほうへリンゴを投げた。

「さあ、行こうぜ?」





その一言が

嬉しかった。






「うんっ♪」

そうしてニルが乗り込んで、黒いジープは古めかしい機械音と共に、進みだす。



必然。

それは当たり前の世界。

出逢いも、争いも、苦痛も、悲哀も、

偶然じゃない世界。

シビアな現実。

出逢いも、争いも、苦痛も、悲哀も、

当たり前だけど―――――――、

大切な想い出。

乗り越える為に、今は進む。

ひたすら進む。

「どうして?」と訊かれたら

きっと笑って答えられるだろう。



「進んでから考えるから」と―――――――。



とりあえず、見上げた空は快晴。

澄んだ空気がおいしくて、

ニルは嬉しそうに『えへへ♪』と笑った。





第一部

Fin


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

みんなからバカにされたユニークスキル『宝箱作製』 ~極めたらとんでもない事になりました~

黒色の猫
ファンタジー
 両親に先立たれた、ノーリは、冒険者になった。 冒険者ギルドで、スキルの中でも特に珍しいユニークスキル持ちでがあることが判明された。 最初は、ユニークスキル『宝箱作製』に期待していた周りの人たちも、使い方のわからない、その能力をみて次第に、ノーリを空箱とバカにするようになっていた。 それでも、ノーリは諦めず冒険者を続けるのだった… そんなノーリにひょんな事から宝箱作製の真の能力が判明して、ノーリの冒険者生活が変わっていくのだった。 小説家になろう様でも投稿しています。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

杜の国の王〜この子を守るためならなんだって〜

メロのん
ファンタジー
 最愛の母が死んだ。悲しみに明け暮れるウカノは、もう1度母に会いたいと奇跡を可能にする魔法を発動する。しかし魔法が発動したそこにいたのは母ではなく不思議な生き物であった。  幼少期より家の中で立場の悪かったウカノはこれをきっかけに、今まで国が何度も探索に失敗した未知の森へと進む。  そこは圧倒的強者たちによる弱肉強食が繰り広げられる魔境であった。そんな場所でなんとか生きていくウカノたち。  森の中で成長していき、そしてどのように生きていくのか。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

処理中です...