オーセンスハート

大吟醸

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愛してほしかった 後編

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うってかわり辺りを静寂が支配していた。

「大丈夫か?えぇっと……」

言葉を濁すカンナギに少女は顔をしかめる。
息を整えているところを見ると痛みは和らいだようだがまだ本調子ではなさそうだ。

「単にニルの身体ではマナの連続的な使用に耐えられないだけじゃ・・・それに我が名はミストル―――」

数秒硬直して

「ミスティでよい」

「やっぱニルが言ってた〝ミスティ〟ってのは……」

「ええぃ!!我の身はこの際よかろう。お主こそどうなのじゃ、あんな無茶をしおってからに」

カンナギは自分の身体を見る。
そうなのだ。
実際のところは獄炎に脚を焼かれ、首骨折と爆死を体験して頭痛は止まず
右手はもうズタズタだ。
端からみれば、立ってること自体が不思議な状態だ。
ミリノが見たら卒倒するであろう光景だが

「そうは言っても、実のところ痛みはもう麻痺ってて感じてねぇんだわ」

とぼけた顔のカンナギに、ミスティはため息を吐くしかなかった。

カンナギは振り返る。
すぐそこには、壁に背もたれて座るサイモンと
その腕に包帯を巻いているメアがいる。

この中ではカンナギに次いで重症のはずのメアは
メアの身を案じて安静にするようにと命令するサイモンを振り切り
無理矢理サイモンの手当てをしていた。
『自分でしたいと思ったことをしているから』と言うメアに
それ以上拒むことはもうサイモンには出来なかった。

ミスティはもう喋れることを見計らってサイモンの前に躍り出る。

「闘う気が起きぬならば訊いてもよかろう。話せるか?」

「……もとより負けた人間ダ、知っている情報で済むなら何でも話そウ」

うむ、とミスティは頷く。

「じゃが、おそらくお主も大体の事は知っておるはずじゃ」

「〝オーセンスハート〟について……だナ?」

「明察、いたみいる」

「おーせんすはーと…?」

聞いたことのない単語にカンナギは怪訝な顔をする。メアも同様であった。

「そうじゃ。我とニルが探しておる、とある宝珠のことじゃ」

「聞いたことがない」

「それもそうじゃて。歴史の表には決して出ない禁断の秘宝なのじゃから。
知っておるほうが少ない」

「そうカ。カンナギ君は知らないのだナ……」

サイモンが疲れたように言葉を繋げる。

「この世界に存在するオーセンスハートの欠片。
それの〝適合者〟になった者達が集うことで全能の力を手に入れることが出来ると伝説になっている
ひどくマイナーな話サ」

「そんなもんがこの世にあんのか…」

「認めざるを得ん。その証拠に、我にもニルにも―――――――」

ミスティは真っ直ぐとカンナギの心臓の辺りを指差す。

「お主にも核石が宿っておるからの」

カンナギはさっき一瞬感じた脈動を思い出す。

「俺にも……」

「とは言っても、我のように核石が何の資質を持っておるかわからんのぅ」

「資質?」

「先刻、我の『十天神器』を見たであろう?
あれは『十天神器スピネル』の〝歩く魔境都市〟リエライ」

「あのスタッフか」

「うむ。お主の核石は覚醒めただけで、よく分からぬ。
ニルに至っては覚醒めてすらおらん」

「どんなモンなんだ?その、おーせんす…はーとってのは」

その質問に、サイモンが答えた。

「そこにあってそこには無イ。在るようで無いような存在」

「それって―――」

同じような矛盾の存在の単語を思い出したカンナギは視線を少女へと向ける。
ミスティはこくりと頷いた。

「『実体のない実体』…そう、核石じゃよ」

「だが、〝オーセンスハート〟の欠片の場合はそれ一つだけで、核石では出来ないような〝事象の否定〟を起こス」

「最悪の場合、事象を否定するだけでは留まらんこともある」

「どんなことが起きるって言うんだ?」

カンナギは首を傾げた。

「種々様々じゃよ。政治崩壊ブレインコンフィス精神虐殺ソウルイーター
隕石多重墜落スターフォール大規模核爆発オーバードライブ地殻大変動アースシェイク
疫病支配ウィルスコード永久凍土アイスタイム自然停滞エタナカーム―――」

「時間や史歴すら狂わせる事も可能と聞ク。……どちらにしても、人間の手に余る禁断の領域ダ」

「そんな強大なものが…」

あまりの事実にカンナギは少し身震いしごくりと息を吞んだ。

「だがその分、手にいれた者の願いを叶える至高の宝珠でもある」

ミスティはそう呟く。

「我は欠片を集め、このニルの身体から出て行ってやらねばならぬ……
もとはニルの器に我が魂となって入り込んだのじゃからな。
この身体で生前のようにスキルを多用すれば、先刻の闘いのようにニルに負担をかけてしまう」

「それって……」

無言で頷き、

「結果、ニルの本来の寿命を縮めてしまう」

「…………!!」

「そうならない為にも欠片を集めねばならん」

「欠片は全部で五ツ……それでも求めるのかネ?」

意思の強さの伺える灼熱の瞳で、ミスティは頷く。

「それでも我は、ニルを救うと誓った」

ミスティはカンナギを振り返る。

「お主はどうするのじゃ?」

「え?」

「どの道、五人の適合者が出来てしまえば、残りの五人は出る幕を降ろされるのじゃ。
お主は放っておいても安全……ではある。」

じゃが、と続ける。

「求む者には容赦ない奪い合いが待っておる。それでも、ニルと…我と、共なる戦いに関わるか?」

カンナギは黙った。
だが、出てくる答えは、既に決まっていた。

「……俺も手伝わせてもらうぜ」

ミスティは眼を眇めた。

「俺にはやらなきゃなんねぇことがあるんだ。それの情報を得る為にこんなチャンスは無い。だから―――」

間を空けて、ミスティの吸い込まれそうな紅い眼を正面から見据える。

「手を貸す」

「良いのか?。下手をすればお主を裏切るやも知れんぞ?」

ふっ、とカンナギは軽く吹き出すように笑った。

「どうかな。裏切る人間が助けるとは思えないぜ?」

ミスティは押し黙る。

「そん時は、そん時だ。気を許した俺が悪い」

はっきりと言い放ったカンナギに、ミスティは高笑いをした。

「あっはっはっはっはっはっはっはっ!!!
面白いなお主は!!よかろう、協定を結ぼうではないか」

そう言って手を差し出す。

こっちのボロボロな右手を危惧してか、左手で握手を求める。

「あぁ。……俺はカンナギだ」

小さなその手に、手を合わせた。

「〝オーセンスハート〟についてはワタシにも未知数ダ。教えられるのは全くと言っていいほど皆無ダ」

「いや、それでも良い。我としては、これ以上ニルに危害を加えるのは赦せんかっただけじゃ」

「…………もうワタシは懲り懲りダ」

「待て」

静止したのはカンナギだった。

「俺もアンタに訊きたいことが二つある」

「なんだネ。答えられる範囲なら答えよウ」

「アンタ、いくらなんでも俺たちのアジトを探し当てるのが早過ぎる気がした……誰かから情報を買ったな?」

サイモンは頷いた。

「勘が鋭いナ…その通り。君達の情報についてはミライカナイ君から聞いタ」

カンナギは驚きに眼を瞠った。

「〝黒喰の一閃〟だって!?」

「そうダ。彼から情報を買っただけダ」

「厄介な奴を敵にまわしそうだな……」

「デ?もう一つは何だネ」

その問いに、一瞬でカンナギの眼が冷たくなった。
サイモンも見覚えのあるあの『殺してやりたい』と訴える眼にぞっとした。

「ある人間を探している」

「……特徴ハ?」

「背格好は俺より小さい、160センチ前後」

ひどく冷たい口調で淡々と続ける。
さっきとはうって変わって異様だった。

「黒の装束服に、闇色の大きめのマントを羽織っている」

ピクリ、とサイモンは反応を示した。

ある人物が浮かび上がる。

「色白で銀髪を首まで伸ばし―――――――」

そこで一度言葉を切り

「双眸には、月明かりのように輝く白銀の瞳」

サイモンの顔がみるみる内に驚愕の色に染まった。

「名を『ギンガン』という…………その様子なら知ってるみたいだな」

一瞬、言葉を失う。
ゆっくりとサイモンは口を開く。

「馬鹿な……何故、君が彼女の事をを知っている?」

「俺の目的は、あの女に逢って、あの女を―――――――」

「この手で、殺すことだ」

驚愕のままだったサイモンは我に返る。

「なッ!!無謀ダ!!彼女の二つ名を知らないわけではないのだロウ!?」

フン、と鼻で笑った。だがその表情にはまだ殺意がこびり付いていた。

「関係ないな。俺は、あの女だけは殺さなきゃなんねぇんだ」

迷いの無いその言葉に、ミスティもサイモンもメアも黙るしかなかった。

「彼女については何も知らなイ」

ポツリとサイモンが呟く。

「だが、心当たりはある」

「なんだ!?」

少し焦ったようにカンナギは見下ろす。

「ミライカナイ君ダ」

「……!!」

「おそらく彼なら、何らかの情報を持っているかも知れないガ……彼の性格は知っているだろウ?」

「……想像はつく」

疲れたようにカンナギの顔から殺意は弱まる。

「だが、それでも俺はあの女に復讐しなければならないんだ」

残った殺意で虚空を睨んだ。

「必ず殺してやる…〝神話殺し〟ギンガンめ……!」

その時、後ろから声が掛かった。

「ナギ!!遅ぅなった!!生きてるか!?」

「よかったぁ……ニルも無事ね」

声からして、ミリノとザッシュであろう。
だが、カンナギとミスティは振り返れなかった。

「あ…やべ……血が、足んね……」
「我も、もう、限…界……じゃ……」

その場で二人揃ってどさりと倒れこむ。
限界を超えた為に、二人とも耐えられなかった。

「ナギっ!?」

最後に聴こえたのは駆け寄るミリノとザッシュの気配だった。
そして、カンナギもミスティも、まどろみに負けて重い瞼を閉じた。

激動の護衛依頼は、静かに幕を降ろした。
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