オーセンスハート

大吟醸

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いらないモノ 中編

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「―――――――の」
「ん………」
「―――――――リノッ…起きて、ミリノ!!」
「え………?」

自分の名を呼び続ける声。
聞き覚えのある少女の声に意識を取り戻していく。

(ニ、ル……?なんでそんなに慌ててんだろ?)

なんで、という疑問にまどろみは瞬間的に消え失せた。

うす暗い部屋。
上半身を起こして辺りを一通り見渡してみる。
牢屋、と表現するには広い10メートル四方の鉄造りの質素な密室。
一面の壁はコンクリートではなく機械じみた空間にミリノは蒼白する。

「そうだ。アタシ達、あのへんな子に襲われて…」
「ミリノ、よかった。なかなか起きないから心配したよ」

安堵に息を漏らすニル。

「ニル、ここは?」
「分からない。ボクもついさっき起きたから」

そう言うニルは襲われた時と同じく、白いワンピースにベージュのカーディガンの寝間着姿だ。

「だいじょうぶ?」

自分と違って、あの黒服の少女に妙な鎖で気絶させられたミリノを心配で眉をひそめたニル。

「ん、ちょっち頭痛いけど大丈夫―――――――」

ぷしゅうと空気が抜けるような音が響く。
見渡した時に気づいた。
窓もない殺風景なこの部屋には扉は一つしかなかった。

「…………」

そこにいたのは群青のツインテールの無表情。
二人を拉致した張本人だった。

「アンタはっ!!」

当然、激昂したのはミリノ。
だが、両手がそれ以上前へと進まない。

手首を締める枷。
枷から伸びる頑丈な鎖が、少女の立っている出口と反対の壁に繋がっていた。
あくまで『動きを封じる』のではなくて『独房から出さない』ための手枷。
よく見るとニルの手にも同様に枷がついている。
届かない怒りをせめて元凶へと睨んでみせた。

「……気が付かれていたんですね、まだ痛みますか?」

「え…?」

二人にしてみれば少女の無表情だった顔が初めてくずれた瞬間だった。
ひどく困ったように様子をみて、物腰の丁寧な口調で訊いて来る。

歳はニルと同じか1,2歳上ぐらい。
ピンと張られた背筋でまっすぐ見てくるメアに、ミリノが躊躇った。

「ミリノ落ち着いて、暴れたら余計辛いよ」

ニルに諭されるも戸惑いが隠せないミリノにメアは近づく。

なにかと二人は警戒したが、よく見ればメアの手には果物の入った籠があった。

「あ、あの、あれからもう半日が経っているので、お腹を空かしているんじゃないかって思いまして。
こんなもので良ければ、どうぞ食べて下さい」

弱さのない凛とした声で籠の中を見せる。
しかし相手が敵であることをミリノは忘れない。

「な、なに言ってんのよ!!
ひとのことラチっといてそんなもの、受け取れる……わけ…」

視界に入った『あるもの』によってミリノ強気の発言が徐々に、徐々に、弱まってゆく。
隣りにいるニルはすでにその誘惑に負けていた。
視線の先は―――――――

「……………………リンゴ」

キラめく乙女の視線が、籠の中のそれ一点に集中する。
たじろくメア。

「えっと…じゃあ、林檎お食べになりますか?」

無言でガクガクと縦に振る。
それはもう首が取れるんじゃないかって程に。

「わ、分かりましたから!そんなに慌てなくてもあげますよっ」

籠の中からリンゴを取り出して渡す。
受け取ったニルは小リスのようにガジガジと噛み付く。
本来なら微笑ましい光景だが、場合が場合だ。
メアは敵だ。
ミリノは小気味よい音を立てているニルを置いといてメアを睨む。

「なんでこんな食料くれたりするの……?」

無表情とは違う、伏せた視線。
戦っていたときとは打って変わって女の子だな、とミリノは思う。

「悪い、とは思っているんです。でも私はパパには逆らえないんです」
「パパ……?」
コクリ、と頷く。
「私にとってパパはすべてだから」

思い詰めた表情で続ける。

「私は……造られた生き物だから」

ミリノと同時に、リンゴから口を離し、ニルも驚愕する。

「それってアンタ人間じゃ―――――――」
「そうダ。メアはワタシの娘、〝本当のメア〟の遺伝子細胞で造った、所謂クローンダ。人間じゃなイ」

後ろから聴こえた男にしては高めの声に、メアはビクンッと怯えた。
振り向こうとした。
出来る限りの感情の無い顔で。

「パパ、これは―――――――」

振り返ったメアの顔に握った拳で殴りつけた。

「なっ!?」

二人は絶句した。
見知らぬ白衣の科学者は眼鏡に隠れた顔の中に笑顔の無い『ある感情』を見せる。
嫌悪。
その存在自体が許せない、と。
無防備だった顔を殴られたメアは耐えられず、床に倒れこむ。

ミリノはメアが一瞬口にした言葉を聞き逃さなかった。
パパ。
この男が?。
もしそうなら、自分の娘を殴るこの男が・・・?
殴った自分自身がそんな平然とした親が・・・?
ミリノは葛藤した。

「ちょっとっ!!アンタなにしてんの!?自分がなにしてんのか分かってんの!?」

枷が、前へ進むことを許さない。
鎖が幾度も幾度も鈍い音を立てる。


科学者はおかしなモノを見るような目でしかめる。

「『なにしてる』だト?『これ』の何がおかしいのダ?」

白々しいことこの上無い。
感情をまるで感じないトーンと冷めた視線。

「自分の娘じゃないのっ!?いきなり手ぇ上げるなんてどうかしてるわ!!」

科学者はそこで嘲笑った。
狂気の笑みにニルもミリノもゾッとした。

「違うナ。娘『だったモノ』ダ。
目的のために造られた自立した目的を生み出さない生き物。
死に対する恐怖を持たない、〝初めから絶望している〟生きた兵器ダ」

そういうことじゃなくって、と叫ぶ。

「なんで殴ったかって訊いてんのよ!!」
「ワタシの所有物ダ。意にそぐわない行動などなくていいし、感情などいらないモノだ」

再度絶句して、メアを見る。
当のメアは黙って俯いたまま、殴られた左頬を押さえている。

「意にそぐわない、ですって……?」
「『〝実験材料〟が死なないように食わせろ』とは言ったが、『ぺちゃくちゃ喋っていい』などとは言っていナイ」

床にばら撒かれた果物の入っている籠を指で示す科学者に、ミリノはこれ以上何も言えなくなった。
今度はニルが重々しく口を開く。

「じっけん……?」
「そうダ。君達の身体に眠る核石を研究したくてネ」

ミリノがすかさず抗議する。

「ちょっと待ちなさいよ、アタシ核石なんて持ってないわよ!?」

その一言に科学者は顔をしかめた。

「…?おかしいナ。情報では見つかったのは、〝ポセイドン〟と〝スピネル〟の核石を持つ『女ふたり』と聞いたんだがナ」
「………!?」

三人に見えないようにニルは眉をひそめた。

「まぁいイ。どの道持っているかどうかは〝実験〟すればいいだけダ」
「じ、実験…!?」
「生憎〝実験〟にはまだ準備があってネ、それまでここで余生でも過ごせばイイ」

いまだ俯いているメアの腹部を容赦なく蹴りつける。

「あぐぅっ・・!!」
「〝ふたり〟でナ……。さっさと『それ』を片付けて予備研究室に戻れ」

歪めた顔を無表情へと戻し、ゆっくりと立ち上がりながら答えた。
何事もなかったかのように凛とした声で。

「……はい」

「……ちょっと、待ちなさいよ」

弱く、だが、しっかりと尋ねるように呼び止めたミリノに科学者は振り返る足を止める。
ミリノは自分の身の安否よりも大事なことを忘れるところだった。

「カンナギとザッシュは……?」

そうだ、とニルもはっとする。

「カンナギとザッシュ?誰だそれハ……いや、待て。どこかで聞いたナ…」

一呼吸置いてから

「そうダ、あの青年が仲間のことをザッシュと呼んでいたナ。彼がカンナギか、それなりに強かっタ」

「どうしたの!?ふたりはまだ生きているの!?」

敵が教えてくれるとは思っていないがそれでも訊かずにはいられない。
だが、科学者は最悪の事実を素直に告げた。


「あぁ、彼等なら死んだヨ。ワタシが殺しタ」
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