オーセンスハート

大吟醸

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いらないモノ 前編

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月が昇り、外を歩く人間は皆無に等しい深夜。
アジトから出来るだけ遠ざけたいが為に、カンナギとザッシュは自分達からベランダを越える。
対峙するは科学者風体の華奢な男。
〝凶知への欲望〟の二つ名を持つその狂人は、あまりにも人間の出来ていない笑いをしながら立っていた。

「殺す…やって、どないする?」
「そんなん当たり前だろ」

ザッシュの問いかけにカンナギは呆れた顔で、一呼吸置いてから、

「徹底的に叩きのめす」「徹底的にしばき倒す」

ふたり同時に言った。

狂人はさも普通といった感じで別の笑いに変える。

「ほオ。あくまで大人しく殺されてはくれんようだナ。仕様がないナ」

そう言って、狂人は右手を音もなく挙げる。

「っ!!?」

警戒した二人を狂人は嘲笑った。
カンナギにはそのにやけ方が『掛かった』と言いたげに見えた。
パチン。

ゴッ―――――――!!!!

「………はっ?」

間抜けな声をあげたのはザッシュだった。
狂人の手から指の鳴る音がして
同時にザッシュが〝突き上げられた〟からだ。

隣りにいたカンナギが、〝モンスターが地面から現れた〟と理解した時には
ザッシュは人間の3倍はあるんじゃないかと思う程のでかい黒い図体に体当たりをされ、吹き飛んでいた。

「……ザッシュ!!?」
数メートルは飛ばされ、地面を転げまわるザッシュに一瞬気を取られたカンナギに
すぐさまモンスターは襲い掛かる。

ゴウル。
まるで首のない恐竜を思わせる『それ』は首の代わりに巨大な口を開いて上から被さる。
ズン、と重い音と共に静かになる闇の世界。

狂人はため息まじりに肩を竦める。

「やれやレ。一瞬だったカ……興覚めダ。
せっかく『造った』というのに、これでは成果が今ひとつ―――――――」

そこまで言って狂人は、はっと気付く。

ゴウルの口を剣で押さえる赤い姿の精霊。
全長1メートル程度の小さな身体で、それでも自分の主人を護る為に強靭な力を発揮する。

「……レッドエレメンタルとの同時行使を発令。刻印式簡易召喚・ブルーエレメンタル」

続けてカンナギは、右人差し指で素早く印を組み、ポツリと呟く。
本来はそのスキルにあてがわれた〝術式〟と呼ばれる、一種の呪文を唱えなければ召喚できない。
だが、カンナギは違った。
指先にマナの力を込め、印の方陣作成によってキャスティングタイムをすっとばす特殊な高等技術。
これができるのはある職業の上級者のみ。

「これは驚いタ。君はサマナーだったのカ……」

目で見て感嘆する狂人よりさきにカンナギはゴウルを一瞥する。

「ブルーッ!!」

周囲の空気を振動させるような音をたてて現れたブルーエレメンタルは
カンナギの一言で吹雪に近い、氷の魔法をゴウルに放つ。

横からもろにそれを受けたゴウルが体勢を崩すと同時に
レッドエレメンタルが身の丈ほどある大剣を縦に一閃。
一刀両断されたゴウルは断末魔すら吼えずに地に倒れ伏した。


「ザッシュっ!大丈夫か!?」
「イツツ……なんとか」

倒れていたザッシュはその問いかけに対し
立ち上がりながら細身の両手剣を引き抜く。

「戦えるか?」

ザッシュは口腔に溜まった血を吐き出して

「アホ抜かせ。こない一撃でやられるワイちゃうやろ」
「そうだな」

カンナギは笑っていられる場合ではなかった。
半ば怒りの表情でサイモンを睨みつける。

「テメェ、いまなんて言った。『造った』…だって?」

狂人は嘲笑う。顔に張られた狂気を崩さず。

「いかにモ。そのゴウルはワタシが〝改造〟を施したのだヨ」
「改造やて!?」

「ククック、そのゴウルだけではナイ。まだまだワタシのコレクションはあるゾ、見るかネ?」
「はっ、趣味の悪いコレクターもいたもんだ」

「(どないする。ほんまに不特定多数やったら戦術変わるで?。ふたりでできるんかいな)」

ザッシュはカンナギだけに聴こえるように話す。

「(どうかな。襲撃してきたのが実際一人だ。
雑魚も不特定すぎて分からない、長引かせるとかえって危険だ。ここは一気にいくぞ)」
「(よっしゃ、せやったらワイが―――――――)」

その時、狂人は言った。
カンナギに向かってではなく。
ザッシュに向かってではなく。
二人の〝その先〟を見て言った。
唐突に、そして狂った笑みすらない声で。


「メア。この二人を殺セ」


え…………?

小声で打ち合わせしていたふたりは同時にそう心の中で惚けた。
背後にいる何か。
だが、それが何を意味するか理解するのに時間が掛かった。
先に気付いたのはカンナギ。

『アジトから出てきた』ひとりの少女。
ミリノでもニルでもない、深い青……群青色の髪をツインテールにした黒服の少女は
発する声こそ無感情だがニルのように凛としていた。
「はい……」

一瞬だった。

反応ではなく、ほぼ反射でしゃがんだカンナギは無事だが
突っ立ったままのザッシュはそうはいかなかった。

ジャラジャラと金属の擦れる雑な音をたてて二本の鎖がザッシュの腹部を両腕ごと縛る。

「なっ!?ぐっがぁ……!!」

動きを封じられたザッシュの背後で少女は小さく呟いた。

「…………ごめんなさい」

そう呟いて、鎖の端を掴む両手を一気に引いた。
鎖に肉が打ち付けられた生々しい打音と共に、少女の腕力だけでは在り得ないほどの力で締め上げられる。
メキメキメキという鈍い音とザッシュのたまらずに息を吐く声。
物の数秒だった。

「ザッ―――――――!!」

鎖から開放されたザッシュは地に倒れる。

「ザッシュ!!」
「グッ…が……はっ」

もはや起き上がれないザッシュに、少女は一瞥すらくれずにカンナギを見つめる。

「っ!!」

危険を察知して数歩退いて距離を取ろうとしたカンナギは硬直した。

「ニル!?ミリノ!!?」

少女の背後に現れた二体のモンスターは各々が気絶しているニルとミリノを肩に担いでいた。

「くそぉ……!!」

後ろから再び狂った笑い声が木霊する。

「クックックッ。言っただろウ?。〝まだまだコレクションはある〟ト」

小馬鹿にした口調を睨み返す。
ふと、寡黙な少女の両腕に眼がとまった。
青白く不気味に発光するソレ。
肘から手首にかけて何かの刺青のように紋様が施されている。

「……肉体に直接押印できない刻印を無理矢理刻むと、身体に弊害が起こる」

ポツリと口を開くカンナギに、狂人と少女は少なからず驚く。
ちらりと少女の腕を見てながら

「『それ』はそのタイプの印だ。空間歪曲による物質収容能力……まず普通の人間には刻めない印のはずだ」

言葉の意図を察した狂人は冷ややかに表情を曇らせる。

「テメェ……そのチビも『造った』な?」

確信をつかれた狂人は疲れたようなをため息漏らす。

「……その通りダ。だが」

パチンと再び指を鳴らした。

「君はそんなこと気にしなくていいのだヨ」

ドゴ!!という鈍い音が腹の辺りで鳴り響く。
少女の後ろに控えていたモンスターがいつのまにか近くまで寄っていた。

「ぐ…っ!!」

人質をとられている二人に待ち受けるものはもはや苛虐でしかない。
狂人は少女に告げる。

「もういい、さっさと〝研究室〟の独房にでも連れて行ケ」
「……はい」

命令された少女はモンスター二体と共にその場をあとにしようとする。

「ま、待て―――――――」

おもむろに首を掴まれて軽々と持ち上げられる。

「サヨウナラだ。最期くらいは綺麗に〝喰って〟やレ」

続いて踵を返す狂人に憎悪とも表現できるほどの眼光でカンナギは睨んだ。
敵のいなくなった夜。
腕すら上がらないカンナギは目の前で口を開けるモンスターに
どうすることも出来ない苛立ちに叫ぶしかなかった。

「くそぉぉぉおおおおおおおおお―――――――!!!」

満月の下。
静けさが戻った空間に木霊する。



「どうダ。殺したカ?」

サイモンはメアと共にポータルの準備をしていた。
さすがに深夜とはいえ街中で移動するわけにいかない。
こっちはモンスターを引き連れているのだから。

戻ってきたモンスターは主の問いに、
首を―――――――縦に振った。

「そうカ…」

安堵も落胆もない確認の込められた返答。
数秒。

「ククっ」
そして、哂った。
二人の気絶した少女を手中に納め、サイモンは狂気と歓喜の笑い声を抑えられないように嘲笑う。

「クク…………クククククククっ…ハハッハっ……ハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

嘲りと、更なる知識への渇望に震えるように狂い笑うサイモンに、
無表情のメアが黙って見続ける。
狂笑はただただ満月の浮く夜空へと響いた。
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