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1 ここはゲームの世界

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その夜は満月だった。月明かりが差し込むベッドの上で勇者がすやすや眠っている。
長いまつげに形のいい唇、さらさらの黒髪イケメンだ。

俺は一歩一歩ゆっくりと彼に近づく。
そして彼の上に跨るようにして乗り上がる。

ゴクリと息を呑み、俺は勢いよく短剣を振り上げた。

狙うは彼の首。





その時だった。

勇者はゆっくりと瞼を開いた。
真っ赤な瞳と目が合う。



そしてにやりと妖艶なほほえみを浮かべた。

「あ…」


俺は恐怖で体を強張らせる。
彼は俺の頬に手を伸ばすと


「そんなに驚かなくても大丈夫だよ 僕に何か用?」


平然とそう言ったんだ…。










遡ること数日前。
俺たち勇者パーティは魔王城を目指し冒険する途中、この記憶の泉に寄り道することにした。

そこは森の中にぽつんと佇む美しい泉だ。そこまで大きくはない。しかし、光をキラキラ反射し虹色に輝いた水面が神秘的な雰囲気を醸し出している。多分一度来たら死ぬまで忘れないだろう。


俺?俺はただの一般人、名前はルフだ。魔法も才能もない普通の一般人。茶色のくせっ毛に茶色の瞳外見にこれといった特徴はない。

そんな普通の俺がなぜ勇者パーティに同行しているのかというと勇者様のお世話役だからだ。そういうバイト。現在18歳で高給につられて応募したらまさかこんな仕事だったなんて…。

まぁでもお世話係といっても特に難しいことはないし、勇者様はとてもお強いので今のところ危険な目にあったこともない。案外いいバイトなのかもしれない。そう思っていた。5分前までは。


この記憶の泉は、自分が忘れている大切なことを1つ思い出せるというものらしい。

パーティメンバー、回復師、魔法師に続いて俺も一口、泉の水を手ですくい飲んでみた。特に美味しくもない普通の水だった。
大抵は幼少期の友達とか亡くなった人の声とか思い出すんだ。でも俺の場合は前世だった。

そう、ここはRPGゲームの世界なんだ…。

前世俺は大学生でこのゲームにドハマリしていた。このゲームは有名な会社が出したものだが、発売してからネット上で賛否両論あった。

批判されるのも無理はない。なんたってこのゲーム、実は勇者は魔王なのだ。
厳密には、魔王が勇者になりすまして冒険をしている。この事実はパーティメンバーはおろかプレイヤーだって知らないことだ。そして魔王城での最終決戦のとき、皆その事実に驚愕するんだ。

ええ、俺が今まで操作してきたのは魔王だったの?
ええ、勇者様が魔王なの?って。

大体のプレイヤーは主人公に強い武器とかスキルとか持ち物とか振り分けるから強くすればするほど最終的に苦労する仕組みになっている。

まぁ、最後は捕まっていた本物の勇者が伝説の剣を片手にパーティに飛び入り参加し、魔王を倒すってストーリーになっている。



俺はちらりと横を見た。そこには綺麗に切りそろえられた黒髪マッシュに、深紅の瞳、スラリとした高身長の美男子が泉を眺めている。

彼はthe勇者というような男臭さは微塵もなく、バチバチのピアスに黒い指輪、長く尖った黒いネイルのイケイケ勇者である。
なんか偏見だけど原宿にいそうだ…。

彼から溢れるカリスマ性というか掴みどころのない感じとかは魔王だったからなのか…。今まで疑問すら抱かなかった。

彼は泉に落としていた視線をこちらに向けた。長いまつげの下から深紅の瞳が俺を捉える。背筋がゾクリとした。


やばい。俺は…。知りすぎてしまったようだ。もしもバレたら消される。勘のいいやつは消される。確実に…。
中性的な顔立ちをしているが、勇者はとても強いんだ。



その夜俺は宿屋で悩んでいた。これからどうするか。フカフカのベッドの上であぐらをかく。

このままなにも無かったかのように旅を続けていいのだろうか。いづれ本物の勇者が助けに来てくれるんだよな…?

でも気になることが何点かある。まず、魔王が持っている剣についてだ。あれは確実に勇者が使うはずだった伝説の剣。
本来ならプレイヤーは魔王城へつくまでその剣は得られないはずなんだ。

本物の勇者が解放されて初めて、天から授かるものだから。それをなんでこいつは持っているのか。

2つ目は俺の存在だ。勇者パーティにこんなモブみたいなやついなかったはずだ。
一体どうなっているのか。


まぁ、考えても仕方ない。俺は外の空気を吸おうと窓を開けた。すると窓の外、庭の木のところに人影が見えた。

「ん?こんな夜に誰だ?」
目を凝らして見てみると…。それは








それは勇者、いや魔王タイガだった。

タイガは勇者の剣を片手に木の後ろで何かと会話をしていた。よく見るとタイガの足元には魔物のような生き物が跪いている。
魔物は涙ながらに何かを訴えているようだ。
しかし魔物を見つめる彼の目はとても冷たい。

すると彼はいきなり勇者の剣をふるい、魔物を真っ二つに切り裂き消し飛ばした。

「うわっ…っ!」
思わず声が出てしまう。
一瞬彼がこちらを見た気がして慌てて窓の下に隠れた。
そうだよな…。ゆ、勇者様はとても強い。
今まで冒険してきたが彼が一番魔物を殺している。
時には友好的に接してくれる魔物も命乞いしてきた魔物もいた。しかし勇者はそんな彼らを無慈悲に切り捨ててきた。

回復師や魔法師はそんなクールなところがかっこいいの♡とか言ってたが冗談じゃない。

今までは正義の名目のもと許されてきたがあいつは魔王なんだ。
つまり同族を容赦なく殺してきたということ。怖すぎる…。
さっきの魔物だってなにか対話していたっぽいのに…。彼に感情はあるのだろうか。悪魔だ。いや、魔王だった。




昨日の夜のことがショックすぎてあまり眠れなかった。翌朝、俺はこの村を探索してみることにした。ここは昨日訪れた記憶の泉からそう遠くない小さな村だ。

せっかく憧れのゲームの世界に入ったのだから見て回るのも悪くないだろう。
俺は早朝から宿を出ると村を歩き回った。
すげー。装備品を取り扱っている店から道具屋までゲームと全く同じ配置だ。

歩いているだけでも楽しい。辺を見回しながら散歩を楽しむ。その時だった。村の奥に小さな小屋を見つけた。
至って普通のぼろぼろの小屋だ。似たような建物ならこの辺にいくらでもある。
しかし俺はその小屋から目が離せなかった。

引き寄せられるようにボロ屋まで歩いた。何故か既視感がある。
ふと、入口の扉の横に墓石を見つけた。
そこには死者の名前が刻んである。


名前は セード と書いてあった。

「セード…」
あれ?セードってどこかで…。
セード…って…。本物の勇者の名前じゃん!

そう、最後に飛び入り参加してくる本物の勇者の名前だ。
いや?まさかな…。
ゲームの内容を思い出せ。
確か、本物の勇者がまだ勇者の力に目覚める前15歳のときに魔王にさらわれるんだよな。それで魔王城へ封印される。
魔王は勇者になりすまし冒険をするんだ。

「あのすみません」
俺はランニングしているおじちゃんに声をかけた。
「この、セードって15歳ぐらいの赤髪の少年でしたか?」
「ああ、そうだよ なんだい兄ちゃん知り合いなのかい? セードは先月亡くなっちまったのさ…」

「…な、亡くなったって本当なんですか?」

「そうだよ 先月の頭ぐらいかな 自宅のベッドで腹を鋭利なもので一突きにされてたんだよ…誰がこんな残酷なことしたんだか…まだ犯人は捕まってなくて皆怯えながら生活してるよ もしかしたら魔物の仕業かもしれねぇ」

…先月の頭といえば確か勇者の生まれ変わりがいるらしいって王都で噂になっていた頃だ。タイガが自分こそが勇者の生まれ変わりだって勇者の剣を掲げながら公表して大騒ぎになってたよな。

タイガが勇者から剣を奪い殺した…?
いやいや、原作なら魔王城へ封印だよな。でも、こうして勇者の墓がある。よく考えてみればここは勇者の故郷の村だった。
そしてこのボロ屋は勇者の家だ。

ってことは勇者は助けに来ない…?
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